13話
それから数日が立ち、私が肉球を狙っていると気づいたのか、黒猫は少し動けるようになると私と距離を取るようになった。
そして元気に動き回れるようになると、身を隠し、気が向いたら出てくるくらいになった。
そんな様子から、私は黒猫へと不満が募る。
「ちょっとずるいわ……触らせてもくれないのに……」
レイス様はあんなに触らせてくれたのに。
私は窓の外へと視線を向けると、小さくため息をついた。
「レイス様が帰ってくるまで、あと一週間くらいか……長いわね」
ずっと一緒にいたからこそ、離れるとすごく長く感じる。
少し前までは普通に一人で生きていたというのに、今ではレイス様がいなければ日々に張り合いがない……。
黒猫は最初は私も警戒していたけれど、あまりにもこちらに興味がないその様子に、日に日に警戒するのがばからしくなった。
何かしらを知っているようだが、今はただの黒猫だ。
「だめだめ。顔を上げて、気合を入れましょう」
私は外に出て野菜の世話をするかとエプロンを撒き、外へと出た。すると、狼の遠吠えが聞こえてきて、私は視線を森へと向けた。
「あら……この声」
「みー!(おい。狼だぞ。家に入れ)」
その声に、私はいつの間にかに足元にいた黒猫へと視線を向ける。
「あら、珍しく傍に来てくれたの?」
「……みぃ(はぁ。くそが……通じねぇな)」
基本的に見た目とは裏腹に口が悪い。
私は困った黒猫だなと思いながら小さく息をつく。
「大丈夫よ」
そう言い私は庭を歩いていくが、いつもはついてこない黒猫が付いてくる。
その時だった。
森の茂みの中からリュコスが姿を現すと、ブンブンとしっぽを振りながら私の方へと駆けてきた。
リュコスはレイス様が私の護衛にと置いて行ってくれたのだが、森の中を自由に走り回っている為、基本的には姿を見せない。
会うのも数週間ぶりだ。
両手を広げてリュコスをたくさん撫でさせてもらうかと思った時だった。
「シャー!(ぐずが! クソ!)」
「え?」
リュコスに向かって黒猫は飛びかかったのだ。
私は驚きながらも声を上げた。
「黒猫ちゃん!? リュコス! だめ! その子を傷つけたらいけないわ!」
リュコスは黒猫の突然襲い掛かられたことで驚き牙をむき出すが、私の声にパッと後ろへと飛びのき、黒猫から距離を取る
黒猫はというと、勢いよく飛び掛かったものの、自分がどれだけ飛ぶか分かっていたなかったのか、宙を舞い、そのまま地面にべしゃっと落ちた。
俊敏な猫が地面にそのまま落ちるとは思っておらず、私は驚きながら駆け寄った。
「まぁ! 大丈夫!?」
「みぃ……(猫ってあんなに飛ぶのかよ。なら本能発動してちゃんと着地しろよ……)」
私は黒猫をそっと抱き上げる。
「ごめんんなさい……私を守ろうとしてくれたのよね」
「みゃ(勘違いすんな……くそ、情けねぇ……)」
私はリュコスの方を見ると言った。
「リュコスも驚いたわよね。大丈夫?」
「くうぅぅぅーん」
私は傍に寄ってきたリュコスの頭を優しく撫でる。
黒猫はその様子を見て大きくため息をついた。
「みゃ……(くそ。飼っているのかよ。紛らわしいことすんじゃねぇよ)」
「ごめんなさい。驚いたわよね。この子はリュコスよ。リュコスごめんなさいね。今日はもう森へお帰り」
「くうぅぅーん」
リュコスは仕方がないと言う様子で、森の中へと帰って行った。
私は黒猫を撫でながら言った。
「大丈夫?」
「みゃ(こっち見んな)」
「助けようとしてくれて、ありがとう」
黒猫はそっぽを向く。
私はその姿を見て、やはり悪い子じゃないのだなとそう思った。
◇◇◇
「この悪魔め! 神はなぜこのような悪魔へと崇高な力をお与えになったのか!」
鞭を持つ男は神殿の神官服を身に纏っており、その首には精霊神を信仰するネックレスがかけられている。
何度も、何度も……乾いた鞭の音が響き渡る。
鞭で打たれたその青年の背中は真っ赤に赤くはれ、血がにじむ。
懺悔の間にて、両手を吊り上げられた状態で捕らえられている青年は、地面に唾を吐いた。
「っは……神はお前なんぞ不必要だと言っているのさ」
「ルーカス・サリヴァン。そなたの罪を悔い改めよ」
強く鞭で打たれた青年は小さくうめき声をあげたあとに、だらりと力なく項垂れる。
それを見て満足したのか、男は笑みを浮かべると言った。
「醜き黒髪の化け物のお前が、生きていられるだけ、マシだと思え……」
鞭を地面に投げ捨て、神官はルーカスを縛り上げていた縄を下ろす。
ルーカスの体は地面へと力なく転がった。
そんなルーカスの腹部を男は蹴り上げて、動かない様子を確かめてから立ち去って行った。
そして、足音が遠ざかっていったのを見計らってルーカスは顔をあげると、周囲を見回したあと、大きくため息をついて立ち上がると体をほぐすように動かした。
「はぁ。ここはクソ野郎ばかりだな」
肩ほどまでの髪の毛を掻き上げ、格子の付いた小窓から赤い月が昇っているのが見えた。
その瞬間、キラキラとした光がルーカスの周囲を明るくし、全身の怪我が一瞬で治癒されていく。
「……化け物か……勝手に言ってろ。黒髪だけで化け物だなんて馬鹿げている」
吐き捨てるようにそう呟くと、地面に落ちていた自分の神官服をルーカスは拾い上げてそれを着る。
そして月を見上げると、光が外へ外へとルーカスを促すように指し示すが、小さな小窓からルーカスが外へと出られるわけがない。
「どれだけ神託が降りようと……俺は外に出れねぇんだよ……」
髪の毛をガシガシと掻くと、ルーカスはその場に座り、祈りを捧げる。
『聖女の元へ行きなさい』
耳にタコが出来る程に、何度も何度も聞いた言葉。
もうすでに最初の神託が降りてから二年が経つ。
しかし、何度それをルーカスが神殿側に告げてもそれは認められず、嘘だと言われ、神殿内から逃げられないようにルーカスは動ける監視区域のみの生活となった。
神殿は、歴代最強の聖力を持つ能力者であるルーカスが、神殿から逃げることを危惧していた。
だからこそ、何度も何度も悔い改めよとルーカスに痛みを与え、それが正義だとして服従させようとしてきたのだ。
「……聖女様……か」
助けてほしいのは自分の方だ。
ルーカスは皮肉気に笑みを浮かべ月を見上げた。
「俺は、ここで一生を飼い殺される気はねぇ。それに俺を助けない神の言葉に従うつもりもねぇぞ。ハッ……どうせ、二年前に助けられなかったのだ。今、生きているかもわからねぇ」
二年前の神託の時、ルーカスはこの世の希望と絶望を同時に味わった。
全身を巡る、聖女への渇望、心酔、そして愛。だがそれと同時に、神殿に縛り付けられ外へ出ることが敵わず助けにも行けなかった事実が、ルーカスの心を蝕んだ。
「二年前……聖女の悲鳴が聞こえた……お前は聖女の元へというが、本当に聖女は生きているのか?」
神は気まぐれ。
大抵のことには答えてくれない。
「……くそが。ならせめて、ここから出る手助けをしてくれ……」
答えてくれるわけがない。そう思いながら呟いた時、遠くから猫の鳴き声が聞こえた。
野良猫が夜の散歩でもしているのだろうか。
「ははは。猫なら、その格子から抜け出せるだろうにな……」
そう呟いた瞬間、光が舞い、ルーカスの体を包み込んだ。
「なんだ……おい。これは……嘘だろ。待て、待て、待て」
次の瞬間、ルーカスの体は燃えるような痛みを感じ、悲鳴を上げたつもりだ。
人間の言葉で。
「みゃぁぁぁぁぁぁ」
ルーカスはハッと気づく。今の声の違和感と、自分の体が縮んでいることと。
それが、明らかに人間の体ではないことに。
「みゃ……(嘘だろ……クソ神がぁぁぁ)」
全身が黒い毛でおおわれている。
その手には可愛らしい肉球がついており、顔を触ればもふもふで、尻尾まで生えている。
「……みゃ(せめて、黒じゃない色にしてくれよ……)」
忌避され、怖がられる黒。
ただし、この神の気まぐれによって、ルーカスは神殿の外へと逃げ出すことに成功する。
猫の体がこんなにも柔軟であり身体能力が高いとルーカスは知らなかった。
最初の神託から二年。
猫の姿であろうと、外に出たルーカスにとって目指すのは聖女の元だ。
どれだけ悪態をつこうが、どれだけ否定しようが、自分の心が渇望しているのだ。
早く、早く見つけたい。
神が聖女の元へと促すことから生きていると信じたい。だが、二年前の悲鳴がルーカスの耳に張り付いていた。
絶望の声が、あの声が、ルーカスを急がせた。
そして、ルーカスはやっと見つけたのだ。
雨の中、部屋の中からこちらを見つめる美しいその姿を。
それと共に安堵した。
生きていた。生きていてくれた。
見知らぬ女性にこのような感情を自分が抱くなど、ルーカスは思ってもみなかった。
神の使徒である自分の宿命は、彼女を守ることだとルーカスには分かる。
だが見つけた瞬間に、緊張の糸が切れ、満身創痍であったルーカスは地面に倒れた。
まともな食事など何日も取れていない。
そうこうしている間に、聖女が自分を助けた。
その途端に、急に恥ずかしくて恥ずかしくて仕方のない気持ちが押し寄せてくる。
自分が守るべき聖女に助けられているという事実が、心をひねくれさせていった。
猫の鳴き声だと分からないことをいいことに、たくさん悪態をついた。
それからしばらく時を共にすることで、ルーカスの心はだいぶ落ち着いては来た。
そして、その日の晩、真っ赤な月が空へと昇る。
連載おまたせいたしました!
2巻が9月25日に発売となります!(●´ω`●)皆様どうぞよろしくお願いいたします!






