29話
「聖女? 本物の? は?」
オリビアの声が聞こえ、私は自分の両手を見つめそれから顔をあげると言った。
「えぇ。だから、皆のことを正常に戻すことが出来た」
「嘘よ! 嘘嘘! だって、だってそれなら自分の顔の傷だって治せるはずでしょう!」
その言葉に、私は首を横に振る。
「今なら分かるけれど、私の言葉はそのように治癒に特化したものではないわ。能力自体はまだまだ自分でもよくわからないけれど、でも、貴方の能力を打ち消し、正常な状態に戻す力はあるみたいね」
「なんで……そんな、嘘よ……だって、私が……聖女だって……」
瞳にいっぱいの涙をためながら、オリビアがそう叫ぶ。
そんな様子にレイス様が呟いた。
「聖女とは、清らかな心を持っているものだろう。姉を妬み顔を焼くようなそんな人間が聖女なわけがない」
私がレイス様へと視線を向けると、レイス様は肩をすくめて見せる。
「だって……それは、お姉様が邪魔だから……だから……ねぇローゼウス様! で、でも、聖女じゃなくても、私を、私を愛しているでしょう?」
救いを求めるようにオリビアがローゼウス殿下へと視線を向ける。
だがしかし、ローゼウス殿下は視線を合わせることなくうつむいたまま泣き続けており、そして、嗚咽をこぼしながら言った。
「私は……弱い、弱い人間だ。だから……オリビア嬢を……オリビア嬢の方が、楽だった。ミラ嬢の瞳はあまりに澄んでいて……それが、憎かった」
愛しているとは答えないローゼウス殿下に、オリビアは顔をひきつらせた。
「待って、ねぇ、待ってよ。わ、私、私が聖女でないとはいっても……でも、でも! 私は騙したくてしたわけじゃない! だから、私に罪はないわよね!」
周囲を見回しながら、自分を正当化するためにオリビアは声を上げ続ける。
「だって私、聖女だって言われたから! 洗脳の能力が自分にあるなんて知らなかったから! それに皆も賛同してくれた! だから、だからだからだから! 私は……悪く、ないわよね? 罪になんて、問われないわよね?」
縋るような瞳のオリビアと視線が合った。
「お、お姉様。私のこと……守ってくれるわよね?」
その言葉に、私は真っすぐに視線を返す。
「たしかに、貴方は自分の能力を知らなかったのかもしれない。でも、うすうす気づいていたのではない? 自分には特別な力があるかもしれないって。だけれど貴方はそれを私的に使うことにした。だから、誰にも相談しなかったのでしょう」
「違うわ! し、知らなかったわ。だから」
オリビアの言葉に、レイス様が厳しい口調で言った。
「知らなかったとしても、姉を罪人に仕立て上げ、顔を焼いたことは消えないぞ」
「あ……」
オリビアはその言葉にガタガタと震え始める。
そして顔を上げて言った。
「まさか、私の顔……焼かないわよね?」
その言葉を聞いて、オリビアは自分のことしか考えない人なのだなと改めて思った。
今も、相手がどう思うかではなく、自分がどうなるかを考えている。
私はその言葉に、静かに答えた。
「それは、私が決めることではないわ」
何故かそれに安堵したような表情をオリビアが浮かべた時、国王陛下が告げた。
「聖女を騙った女を牢へと連れていけ。目を布で覆い、洗脳できぬようにしろ」
「え? ちょ、ちょっと待って! 国王陛下! 私は知らなかったのです!」
「知らなかったで、王国を危機に陥れ私を操った罪が消えるとでも? 連れていけ!」
騎士達はオリビアを押さえつけると、その瞳に布を巻きつけていく。
オリビアと共にローゼウス殿下も国王陛下の命令によって連れていかれる。
私達はそれを見送りながら、小さく息をつき、騎士達は剣を鞘に納めたのであった。
レイス様を見上げ、私は慌てて言った。
「急いで治療をしないと」
「あぁ。では、一度部屋に下がらせてもらおうか」
「えぇ」
私達はその後一度部屋へと戻ることとなる。
国王陛下は今回の事件を一旦、内々で収めたのであった。
部屋へと戻った私は、それから疲れがどっと出たのか倒れるようにして意識を失ってしまった。
ずっと、ここ最近気を張っていたからだろう。
次に目を覚ますとウサギ姿のレイス様が私の枕元で寝息を立てていた。
「あら? まだ……人の姿に戻っていないのね」
ふわふわの体を撫でると、レイス様の瞳が開き、耳がピクリと動いた。
「おはよう」
そう告げると同時に、レイス様は部屋に置いていた薬の所へと向かうとそれを飲み、人の姿に戻ると言った。
「目が覚めたのか!? 大丈夫か? あれから、丸一日眠っていたのだぞ」
そう告げられて、私はそんなに眠っていたのかと思いながら体を起き上がらせるとゆっくりと背伸びをする。
「ふわぁぁぁ。だからね。なんだか体が強張っているわ」
「大丈夫か? 体調悪い所は?」
「ないわ。それよりもレイス様の怪我は? 大丈夫?」
「怪我? あぁ、あれくらいはかすり傷だ。大丈夫」
いや、かすり傷なわけがないと思いレイス様の腕をつかみ傷を確かめようとすると、レイス様は顔を赤らめて慌てて言った。
「だ、大丈夫だ!」
「傷を確認させて。様子次第では薬を調合するわ」
「わ、分かった! 見せるから! だから、だから無防備に私に触れないでくれ」
「触れ……だって……え、嫌?」
私がパッと手を放してそう尋ねると、レイス様は慌てたような声で言った。
「いや、そうではなくて……嫌なのではなくて……」
「なら、いいじゃない」
「いや、好きな女性に触れられたら、男としては……どうにもこうにも」
そう告げられて、私はパッとレイス様と距離を取る。
すると、レイス様が眉間にしわを寄せて、しょぼんと肩を落とす。
「それは……それで、へこむぞ」
「あ、えっと、いや、その……違うのよ」
「違うとは?」
こちらをじとっとした目で見つめられて、私は視線をすっと逸らす。
そんな私を逃がさないように、レイス様は視線を合わせてくる。
「私は、君を、女性として口説いている」
「そ、そんなにはっきり言わないで」
「君は言わないとしらばっくれそうだからな」
話をはぐらかしたくて視線をまたそらそうとした時、部屋をノックする音が響いた。
レイス様は小さく息をつくと、扉の方へと歩いていき、それから少し扉を開けると外の人と会話をし、それから扉を閉め戻ってくると言った。
「ミラ嬢が目覚めていないかの確認だった。目覚めたことを伝えたから、恐らくルーダ王国国王が謁見を求めて来ることだろう」
「あぁ……あの、私が眠っている間、何かあった?」
「オリビア嬢とローゼウス殿は現在牢に入れられて、刑が決定するのを待っている状況だそうだ。また、オリビア嬢の洗脳について、どこまで侵食しているか、そうしたことが調べられているようだが……今回の一件、ルーダ王国はかなり危かったなと私は思っている」
その言葉に、私はうなうき返す。
その後、私はレイス様と共に部屋を移動して国王陛下と謁見する機会を得た。
国王陛下の執務室に案内され、部屋へと入ると部屋の中には神官や宰相がたくさんの資料を抱えて話をしていた。
国王陛下の表情には疲労がにじんでいるが、私を見てほっとした様子で口を開いた。
「一時話は取りやめだ。ミラ嬢が来た」
私達は簡単に挨拶を済ませ、国王陛下に促されてソファへと腰を下ろす。
宰相様方はその場に残って会話を聞いているが、私は別段気にせずに、国王陛下に現状についての話を聞いていく。
「オリビア嬢については幽閉、ローゼウスについては……廃嫡が決められた」
その言葉に、私は心臓がドキリと跳ねる。
オリビアについては処刑でないだけましだろう。だが、ローゼウス殿下はどうしてかと思い顔をあげると、国王陛下は言葉を続ける。
「私が、期待を押し付け過ぎたのだ。故にローゼウスはあぁなってしまった。なに、直系でなくとも王族はいる。今後どのようにするかは改めて考える。さて、今日はミラ嬢について話をしたい」
ローゼウス殿下の件は、おそらく国王陛下も思い悩んでいるのだろう。
それ以上話を追求しないでほしいと言う雰囲気があった。
私としては、一度は結婚相手と考えた人であったけれど、もう過去のこと。
なので私が気にする必要もないかと割り切る。
「私についてとはどのようなことでしょうか」
そう尋ねると、国王陛下は口を開いた。
「ミラ嬢の両親もおそらくはオリビア嬢に操られていたのだろう。どうだ、元のように家族の元へと帰っては」
聖女だと私が判明したことで、国王陛下は私を国につなぎ留めたいのだろう。
だけれど私の心はすでに決まっている。
「申し訳ございませんが、私はもう、ただのミラです。ですから、この王国に残るつもりはございません」
はっきりとそう告げると、国王陛下が困ったような表情を浮かべる。
「いやいや、君は公爵家のご令嬢だろう」
私は笑顔を浮かべて、はっきりと述べた。
「二年前、貴族令嬢のミラは死にました」
「ん? なにを」
「顔を焼かれて、死んだのです。そう思っていただけたらと思います」
じっと国王陛下を見つめてそう告げると、国王陛下はしばらくしてから視線を逸らすと難しそうに大きくため息をついた。
「貴族令嬢がそのようなわがままをいうものではない」
聖女と分かったからこそ、私を王国へと縛り付けるつもりなのだろうか、そう思った時であった。
「ルーダ王国の王よ。ミラ嬢は、私の恩人だ」
レイス様はそう笑顔で言うと、私の肩をグイっと抱き寄せた。
「今回の一件で、私は命を落としかけた。ふむ。ルーダ王国はアレクリード王国を敵に回したいと、そういうことか?」
「なっ!? い、いや、そのようなことでは……」
ルーダ王国よりも国土が広く、豊かなアレクリード王国。
その王子であるレイス様はにやりと悪い笑顔を浮かべると告げた。
「ミラ嬢を縛り付ける権利は、ルーダ王国にはない」
はっきりとそう言った途端に、国王陛下は黙りそれから縋るような視線を私に向ける。
その様子を見つめながら、レイス様に肩を優しくトントンと叩かれ、私はうなずくとはっきりと告げた。
「私は、ただのミラです。ルーダ王国に留まるつもりはありません」
「み……ミラ嬢……」
「お世話になりました。では、さようなら。お元気で」
「ま、待ちなさい。父上や母上とは? そ、それにオリビア嬢やローゼウスのことも気になるのではないか?」
その言葉に私は首を横の振った。
「いいえ。関係ありませんわ。私には父も母もいません。それに、オリビアやローゼウス殿下のことは国の判断にお任せいたします。では、失礼いたします」
「ミラ嬢!」
国王陛下は私を呼ぶけれど、レイス様が私を守るように一緒に立ちあがってくれる。
「では、私も失礼する。長い間滞在させてもらい感謝する。あぁ……今回の一件に関して不問にするかわりに、ミラ嬢には今後一切かかわらないでくれ。それを破ると言うのであればそれ相応の措置を取る」
「れ……レイス殿……」
私達は国王陛下の執務室を出ると、しばらく歩き、そして私は歩みを止めると、笑い声をこぼした。
「あはは! 国王陛下に、あんな恐れ多いことを、言ってしまったわ」
その言葉にレイス様は微笑む。
「大丈夫。もしもの時には私が全力で守るからな」
「まぁ!」
くすくすと笑った後、私はレイス様をじっと見て言った。
「でも……レイス様だって、私の元を去るでしょう?」
一国の王子だ。
私と一緒にずっといられるわけがないことは分かっている。
聞きたくない。
けれど、そろそろ自分の立場をはっきりさせておかなければならないと思い、私はそう言ったのであった。
いよいよ次回で最終回です!(*´▽`*)






