2話
家に帰った私は、去年編んだひざ掛けをとり、それでふんわりとウサギを包み込む。
それから椅子に座って、ウサギは膝の上に乗せ頭を撫でながら尋ねた。
「お腹はすいていない?」
「いや……この森は新鮮な草がたくさんあるから大丈夫だ」
「そう……」
ここしばらく草しか食べていないのだろうか。
いや、ウサギだからそれでいいのかもしれないけれど。
私は不憫になり声をかける。
「昨日採って来た果物あるけれど食べる? ウサギって果物は食べれるわよね」
そう呟くと、ウサギは体を起き上がらせて尻尾がぴょこぴょこと動く。あまりに可愛らしい仕草に、私は久しぶりに感情が動く。
「すぐ準備するわ」
「あ……いや、そんな」
「遠慮しないで」
私はウサギを抱きかかえたまま立ち上がると、家の奥にある、食糧庫へと果物を取りに行く。
「これは……すごいな」
「そう?」
食糧庫の中には、瓶詰の保存食や干し肉、乾燥させた果物、森で採取した薬草などを保管してある。
他にも戸棚には熱さましの薬や、傷薬など自家製の薬も保管してある。
私は戸棚から昨日採って来た新鮮な果物を取ると、それをキッチンへと持っていきナイフでウサギが食べやすいように小さく切る。
それを木の皿に入れ、私はウサギが食べやすいようにと床にひざ掛けを敷きその上にウサギを下ろし木の皿を前へと出した。
机の上に置こうかと思ったのだけれど、もし落ちたらと想像してしまいやめた。
「……この綺麗なひざ掛け……床に敷いてもいいのか?」
そう尋ねられ、私は気遣いの出来るウサギなのだなと思いながらうなずいた。
「綺麗と言ってくれてありがとう。初めて作ったひざ掛けなの。ふふふ。そう言ってもらえて嬉しいわ。遠慮しないで。私、ウサギ好きなの」
「そのように大事なものを……やはり……」
遠慮しようとする、ウサギの可愛らしい姿に私は少しばかりうっとりとしながら言葉を返した。
「なら、お礼に頭を撫でさせて。取引ってことでどうかしら」
今後こんな風にウサギを触れる機会などないかもしれない。
なら今回思う存分触らせてもらいたい。
私の中にずっと秘めていた叶わない小さな生き物を撫でまわしたいという感情がふつふつと蘇ってくる。
そう言えば、幼い頃も動物が好きで両親におねだりをしたことがあったなと思い出す。
あの頃は、公爵令嬢たるものそのようにはしたないことをするものではないと叱られた。
可愛い物を愛でることも近寄ることも許されず、私はそんな自分の想いに蓋をしていたことをウサギを見つめながら思い出したのだ。
「いくらでも撫でてくれ。ふっ。この体が役に立つとは思っても見なかった」
少し自慢げにウサギが言うものだから、そんな姿が可愛らしく思えた。
「さぁ、果物どうぞ。飲み物も横に用意するわね」
「かたじけない」
「いいえ。いいのよ」
ウサギの姿で良かった。
もし人間の姿であったなら、私はここまで親切には出来なかっただろうと思う。
飲み水を木の皿に入れ果物の横に置く。
するとウサギは手をプルプルとさせた後に、両手で顔をくしくしとし始め、その後に耳をくしくしお顔をくしくしと念入りにして、それからやっと果物を食べ始めた。
しゃくしゃくもぐもぐと果物を食べる姿を、私は椅子に座り頬杖を突きながら見守る。
一つ一つの動きが可愛らしくて、口をもぐもぐとさせる咀嚼の動きさえ見ていて癒される。
今後自分の生活に余裕が出来たなら、動物を飼ってみるのもいいかもしれない。
果物を食べ終わったウサギは、ぺろりと皿を舐め、水をちびちびと飲む。
「ありがとう。久しぶりの果物……涙が……出そうなほど……美味しかった」
声が震えている。
その様子を見つめながら、そうよねと心の中で共感する。
きっと草を食べるという事自体、最初は戸惑ったはずだ。だけれどそれを我慢して草を食べ、ウサギの姿で助けを求めて走り、そして命の危機にさらされながらここまでやってきたのだ。
大変じゃないはずがない。
私はウサギをひざ掛けでくるんで抱き上げると、その頭を優しく撫でる。
「よく……頑張ったわね」
「……はは。美しき女性に頭を撫でられながらそのように言ってもらえるとは……な」
ふわふわの頭を優しく撫でていると、ウサギの体が少し震えているのが分かった。
「大丈夫。もうここは危なくないわ。……でも、ここに来るまでに他に助けは求めなかったの?」
「……うまくいかなかった……」
ぽつりと返って来たその言葉に全てが集約されている。私はうなずき返した。
「大変だったのね……それで、私の元には呪いを解いてほしいから噂を聞きつけてやってきたというところかしら?」
しっかりと確認しておこうとそう尋ねると、ウサギはうなずいた。
「その通りだ。近くの町で、森に住む魔女の作る薬が良く効くと聞いた……魔女ならばこの呪いの解き方を知っているのではないかと思い訪ねてきたのだ。どうか、私を助けてほしい」
「そうね……話を聞いてみてからでもいいかしら? 私も、出来ないことは出来ないから」
「あぁ。それでかまわない……不審な私の話を聞いてくれるだけでありがたい。ありがとう」
そう呟くと、ウサギは自分のことについて語りだした。
私はそれに静かに耳を傾けた。
◇◇◇
アレクリード王国の第三王子であるウサギことレイス・アレクリードはルーダ王国の王子の婚約式に招待された為、外交の為に赴いていた。
婚約式後に、ローゼウス王子の婚約者となったオリビアからアレクリード王国のことを聞きたいとの手紙をもらったことで、今後の国同士の関わりも友好的なものにしたいとそれを受けた。
ただし、その日の夕食後から突如体に不調が出始めた。
一体何が起こっているのだろうかと思っていると、そこから発熱が続き、気がついたらウサギの体になっていたのだと言う。
なにが起こっているのか分からないまま、とにかく誰かに気付いてもらおうとしたのだけれど、最初の頃は発熱によってか喉がつぶれ、声が出なかった。
その為自分を人間だと証明することが難しいと判断した。
最初は部屋の中に身を潜めていたのだが、侍女に見つかってしまい、逃げ、その後しばらくの間王城の庭に隠れて過ごした。
声が回復してから門番に話しかけたのだけれど、呪いだ化け物だと言われ追い回されてしまった。
結局王城からも逃げることとなり、それからはどこへ行っても人間とは信じてもらえず、何もかもがうまくいかず、仕方ないので自国へと歩いて戻ろうと決意した。
ただその道は前途多難であった。
人間や他の動物にとって自分は弱者であり、常に命の危険があった。
森の中では殺気を出しながら走ることでどうにか他の獣たちは近寄らなくなったが、人間だけは違う。
追いかけられる恐怖をこの数週間で嫌というほど味わった。
そして、森に入る前に、町にて森に住む人間が魔女の話をしていたのを聞いた。
どこからか突然現れ、たまに姿を現すのだという魔女の話に、藁にも縋る思いで森の中を駆けて魔女を探し、やっとたどり着いたのだ。
◇◇◇
簡潔に話されたレイス様。
それから私の方を見ると呟いた。
「だけれど……魔女だと聞いていたのに天使のように可愛らしい人で驚いている」
「え?」
突然そう言われ、私は驚くと同時に笑い声をあげた。
「ふふっ。天使って……天使にはこんな傷はないわ」
「?」
首を傾げる姿が可愛くて私は頬をつんつんとしながら答えた。
「貴方からは話を聞いたから私も自己紹介をするわね。私はミラ。この森で薬を作って町で売って生計を立てているの。ほとんど自給自足だけれどね。一応、呪いや薬についての知識は持っている。そして貴方のかかっているその呪いについても知っているわ」
「なら、なら解けるのか!?」
「ええ。ちゃんと解呪の薬の作り方についても覚えている。私、一度読んだ本の内容は忘れない体質なの」
そう告げると、嬉しそうにレイス様は笑い、その頭を私はもう一度撫でた。
するとレイス様は真面目な顔で姿勢を正すと言った。
「……ミラ嬢、一応私は、今年で二十歳だ。つまり立派な大人の男なのだ……なので、そのように頭を撫でるのは……大丈夫だろうか?」
「大丈夫? どういう意味?」
「……いや、見知らぬ男の頭を撫でるなど、気色悪いとは思わないのかと……先ほども私が変態だったらという……話をしただろう?」
「現在貴方は可愛らしいウサギなので、問題ないわ」
私からしてみれば、元の姿を知らないわけであり、今の所知る必要もない。
なので、問題はない。
「……ふむ……そう、か」
「えぇ。でも王子様だとは思わなかったわ。呪われた王子様ってわけね。物語でも始まりそうね」
「……ウサギの王子様は、いかんだろう」
「そう? 可愛いじゃない。でも残念ね。人間の男には興味ないけれど、可愛いウサギなら大歓迎なのに。元の姿に戻る手伝いなんて……残念だわ」
肩をすくめてそう呟くとレイス様は顔を歪めて小さく息をつく。
「……私は戻りたい」
「ふふふ。分かっているわ」
私はそう告げると、戸棚から一枚の魔法の羊皮紙を取ってくるとそこに文字をさらさらと書いていく。
この魔法の羊皮紙に描くと、その契約はしっかりと結ばれることになり、破ることが不可能になるのである。
以前普通の紙に混ざって売られており、これは掘り出し物だなと思い買っておいてよかった。
それをじっと眺めながらレイス様は待つ。
どうやら私がしようとしたことをすぐに理解してくれたようだ。
「契約書よ。呪いが解けても私に危害は加えない。また、私の情報を他者に勝手に漏らさない。その代わり、貴方の呪いを解いてあげるわ」
その言葉にレイス様は驚いた表情で言う。
「いや、それだけでは足りんだろう! 私が元に戻った際には、貴女の願いをなんでも叶えよう!」
胸を張ってそう言われ、私はくすくすと笑ってしまう。
久しぶりに笑うので頬が痛い。
「なら、それも書いておくわ。二言はないかしら?」
「あぁ。もちろんだ」
私が恐ろしいことを願ったらどうするのかと思いながらも、そうする気もないのでいいかとうなずき文字を書き足していく。
私は自分の署名をし、そしてレイス様は可愛らしい手のスタンプを押した。
青白く羊皮紙は輝き、これで契約完了だ。
私はしばらくの間その手のスタンプを見つめた。
「……可愛い」
「……ミラ嬢は可愛いものが好きなのだな」
その言葉に私は素直にうなずく。色々あって大変だったけれど、心のままに自分の感情を表現できる今のほうが、幸せに感じる。
「えぇ。だから、ウサギのままでずっとここにいてくれてもいいのよ」
「ははは。いやいや、元の姿に戻りたい」
「残念」
私が結構本気でウサギのままずっとここにいたらいいのにと思ったことは内緒だ。
読んで下さりありがとうございます(●´ω`●)
間違えて連載始めてしまったので、伸びるか心配です…
ブクマと評価よろしくお願いします(*´ω`*)
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