18話
計画は順調だったはずだった。
これまでずっと私の邪魔をしてきたお姉様を追放することもできたし、婚約者となった私の王子様ローゼウス殿下は私の言うことを何でも聞いてくれていた。
完璧だった。
ただ問題は、国民にあった。
お姉様が追放されたのではないかという噂が広まり始めたのである。
『あの心優しいミラ様が追放された? それは本当か』
『あぁ。国は隠し通せると思っているようで、ミラ様を死去したと発表したが、全て出まかせだ! ミラ様が王国を追われる姿を見た者や、追放される時に、手助けをした者達がいるらしい』
『どういうことだ!?』
『なんでも……顔を焼かれていたらしいぞ……事情があると察し気づいた者が、安全な次の馬車まで引き継いだらしい。それから出来るだけ遠くにと皆が信用ある者にミラ様を託していったらしい』
『……それで、ミラ様は?』
『どうにか、安全な隣国まで送り届けたと聞いた』
『よかった。無事なのだな?』
『あぁ。無事らしい。だが、ルーダ王国はどうなっているのだ。というか……ここだけの話、聖女というのも怪しいらしいぞ』
『なんだって!? どういうことだ?』
『インチキなのではないかという噂が出回っているのだ』
『……それって……』
そうした噂はあっという間に王国に広がっていく。そしてこれまでお姉様の行ってきた功績に感謝していた国民達の中で、沸々と王家に対する不信感が募っていく。
それは少しずつ少しずつ、波紋を広げていった。
お姉様のことなんて忘れて私に心酔すればいいものを、人々に愛されるべき聖女の私は現在冷たくあしらわれ、どこへ視察に向かおうとしても、門前払いされるか誰も近寄って来ない。
平民が生きようが死のうが、好かれようが嫌われようが関係ないと思っていた。だけれど国王陛下は焦りを見せた。
国王陛下が視察のために数日間王城を離れたすきに、お姉様とローゼウス殿下との婚約破棄は決定し、そして追放処分となった。
国に帰って来た国王陛下はローゼウス殿下と私を叱責し、家臣にも何故止められなかったのだと罵声を浴びせた。
私は国王陛下と二人きりで話しさえできればうまくいくと思ったのだけれど、私の元婚約者であるヴィクター様が事ある毎に邪魔をしてくる。
おそらく、私と結婚したかったのにできなかったことを恨んでいるのだろう。
男の嫉妬とは醜いものだが、このヴィクターという男はいつも私の思うようにうまく動いてくれないから嫌気が差していたのだ。
私のことを愛していた彼だったけれど、私はもっともっと素敵な人と結婚したかったのだ。だから可哀そうだけれど仕方がない。
「はぁ……それにしてもどうしようかしら」
現在、国王陛下はお姉様の行方を捜しているらしい。
もし見つけたとして、一体どうするつもりなのだろうか。
その時、部屋がノックされ酷く咳をしながらローゼウス殿下が入ってくると青白い顔に隈を作りながら私の元へとやってきて、跪いた。
「あぁ。愛しいオリビア。どうか私に元気をおくれ」
「えぇ。もちろんよ。私の瞳を見て」
「あぁ……」
彼の両頬に手を当てて、じっと見つめる。
「私のことを愛する貴方はとても素敵。強くて勇敢で病気などに決して負けないわ」
そう呟きながら瞳を見つめていくと、先ほどまで咳き込んで元気がなかったのが嘘のように顔色はよくなり、瞳にも力がみなぎる。
「あぁ! ありがとう愛しい人よ。聖女の君がいてくれれば私は元気でいられる!」
「えぇ。貴方は強くて逞しく、王子の鑑よ」
「ありがとう……あと、罪人ミラだが、父上が行方を捜しているのは知っているな。私の方でも手を回し、先に捜索隊を出している。だから、心配いらない」
「お姉様を先に見つけたらどうするのですか?」
「何、ちゃんと自分の罪を自白させて、国王陛下の前へと突き出すだけだ」
「なるほど……」
「あぁ! では、仕事が残っているので行ってくる」
「いってらっしゃいませ」
なんて素敵な王子様かしらと、私は小さく息をこぼす。
お姉様が王子様の婚約者になった時には、うらやましくて仕方がなかった。だから、いつかお姉様から王子様を奪い私がこの国の王妃になるのだと夢見ていた。
それが叶ったのだ。
それなのに、国王陛下は私の邪魔ばかりする。
「はぁ……どうにかして国王陛下と二人きりになれないかしら」
まずは話をして私のことをわかってもらいたい。私のことがわかればきっと国王陛下だって私のことを信用してくれるのに。
そう思いながらため息をつく。
「あーあ。もし国王陛下が私とローゼウス殿下とのことを許してくれなかったら、レイス様と結婚するのもありかなーと思ってたのに、レイス様どこへ行ったのかしら。ローゼウス殿下よりも大柄で男らしくて、素敵な人だったのに」
最初にレイス様と出会った時のことを思い出す。
今まではルーダ王国の王子様が一番素敵な私の結婚相手だと思っていた。だけれど、アレクリード王国の王子であるレイス様を見て驚きと同時に胸が高鳴った。
王子なのにも関わらず鍛え上げられた体。あの逞しい腕で抱きしめられたならばどれほどに心地よいだろうか。
居ても立っても居られず、レイス様ともっとお近づきになりたい。
そう思っていたのだけれど、レイス様の行方が分からなくなってしまったのである。
「どこへ行ってしまったのかしら……現在捜索されているみたいだけれど。はぁぁ。私の事を連れ去ってほしかったのにぃ。そしたら、今こんなに悩まなくてすんだのにな」
その時、部屋がノックされて私は姿勢を正すと、眼鏡をかけたヴィクター様が王妃教育の為の教師を伴って現れた。
分厚い眼鏡をその教師もかけており、私は眉間にしわを寄せた。
「あら、入室の許可は出していないわよ」
「失礼いたしました。ですが、ローゼウス殿下のご婚約者たるオリビア様の王妃教育が中々進行していないと聞きまして、国王陛下より私が世話係をするように命じられたのです」
「え? 元、婚約者の貴方が?」
「はい。では新しい教師のイナード様です。この方はあらゆる分野に精通している方なので学びを深められるかと思います」
「初めまして。聖女様。よろしくお願いいたします」
「えぇ。よろしくね」
そういい、私は最初はしっかりと目を見て挨拶をしなければなと思い立ち上がると、イナード様の前へ行き、その瞳を見つめたのだけれど、眼鏡に何やら色がついているのか、視線が合わない。
「少し目がわるいもので、見苦しくて申し訳ありません。ですが、別段授業に差し障りはありませんので」
「え? えぇ……分かったわ」
授業面倒くさいなと思いながら、王妃になるためには仕方がないかと私はそれから授業を受けたのだけれど、実家の教師よりも厳しく、勉強の量も多く、私は一日にして嫌になった
「ねぇ、イナード様……その、私は聖女ですし、そんなに勉強しなくてもいいのではないかしら?」
両手でイナード様の手を取り、その瞳を覗き込んでお願いをしようとしたのだけれど、イナード様はさっと私から離れると頭を下げた。
「この国の国母となるならば、頑張らなければなりません。では、本日はこれにて失礼いたします」
「え……えぇ」
ずっと私達を見守っていたヴィクター様も同じように頭を下げて、部屋から出ていった。
私はこれからずっとあんな勉強をしなければならないのかと思うと嫌気が差してくる。
「はぁ……やっぱりレイス様にしようかしら。素敵な殿方に攫われるなんて、きゃっ。素敵! はぁ。でも肝心なレイス様がいないのよねぇ。どこへ行ったのかしらぁ」
机の上に積み上げられた教科書を、私はちらりと見てため息をつくと侍女を呼んでそれらを片付けてもらった。
それから美味しそうなデザートを机の上に並べ、紅茶を飲みながらそれらを楽しんだ。
「まぁ、どうにかなるわよね」
これまでも、私の思い通りにならなかったことはない。だから、今も私は別段焦っていない。
お姉様がもしも見つかっても、あの顔では人前には出られないだろう。
「あぁそうだ。もしも見つかって帰ってきたら、私の代わりに仕事をさせましょう。それならいいわ」
そう思いつけばあとは心が楽になる。
最初から思いつけばよかったと、私はそう思い菓子に手を伸ばしたのであった。
たまにはおしゃれにランチしたーい(´∀`*)ウフフ
えぇ。えぇ。願望だけ広がりますよ。






