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イレーネ ブーレル砦まで駆ける

 



 水辺から森に入り昨日まだ野営地につかないのかと思っていた細道を一人で駆けていく。木の根も張り出してきているのであまりスピードは出さず、ルイーザが足を取られないように調整するように努めた。


 森を背に開けた草原が見えてくると、足をゆるめ、懐からネイトと復唱しあった簡易の地図を出す。

 太陽の位置を見て、地図上の森、川の位置とブーレル砦の位置を確認する。


「こちらを走る、この先にブーレル砦がある」


 草原に道はない。信じて走るために口に出した。


 ブルルッ


 短い返事に、イレーネは微笑んでルイーザの首を叩く。


「そう、ルイーザと一緒にね。ここからは走るよ! がんばろうね!」


 短く掛け声をかけて走り出す。目標物のない真っ平な地平線の先をみすえて走るのは勇気がいる事だった。天がすっきりと晴れていてくれているのが唯一の救いで、視界が見渡せられる事にイレーネは感謝して前を見据える。


(もう少し、もう少ししたら右手に丘が見えてくるはず……)


 感覚として出発してから一時間弱は走っている。丘が見えてからは川があり、ルイーザに水を飲ませる事もできるし、自分の辿る道も確認できる。


 どこまでも続く草原は旅路の連れがいれば確認し合いながら揺るがなく進む事ができるが、一人で走るのは正しいか正しくないかも判断できず、ただひたすらにこの方向を信じて駆けるしかなかった。


 だんだんと不安な気持ちがせりあがり、一旦馬足をゆるめて方角を確認しようかと思い始めたとき、右手に緩やかな傾斜が現れた。


「あ……! よかった……!」


 思わずもれた声にルイーザが耳を片方だけ傾けてこちらを気にしてくれる。


「ルイーザ、大丈夫。そのまま走ろう。もう少し走れば川が見えるよ。そこでお水のもうね!」


 安心させる為にいつも声で話しかけると、耳がぴんと立ってまた走りに集中し始めた。

 イレーネもルイーザの負担にならぬよう、身体を前へ傾け、ルイーザと一体になって走れるよう努めた。


 やがて右から左へ流れる川が見えて、イレーネは川辺まで寄せてルイーザに水が飲めるようにしてあげる。


 首を撫でながら、イレーネも水筒の水を飲む。朝晩は冷えていたが、日差しが強く思いの外、汗をかいていた。冷えた水が美味しい。


 ライが出がけに渡してくれた一口に切られた干し肉を口に入れてゆっくりとかむ。


 テレサがそれをみて「また甘やかして!」と言っていたから本来はこんな小さくは切らないのだろう。

 ライが言葉をかける前にネイトが来て「まぁまぁ、イレさんはお口が小さいですから」なんて言いながらテレサの目をネイトに向けさせていたのにはびっくりした。


 テレサが「こんなの、小さい子どもでもかぶりつくわよっ」とネイトに噛みついていて、なぜかネイトが「まぁまぁ、ライさまのやることですら。じゃあ私の干し肉でも食べますー?」なんて言いながらその場を離れてさせていく。


 いつの間に仲良くなったの? とライに聞くと、面白そうに片眉を上げながら、さあな、と言っていたのでライも預かり知らなかったのだろう。


 噛んでいてあごが疲れてしまうほどのこの干し肉の塩味が、誰もいない草原の孤独の中でイレーネを生かしてくれる。


「待っていて。必ず、助けを呼んでくるから」


 草を食み、水を飲んで英気を養ったルイーザの背にのり、イレーネは一度だけ振り返って告げる。


 浅瀬の川を渡り、後はまた道なき道を走り抜ける。

 もう迷わずに、イレーネはルイーザの脚を信じて全速力で駆けていった。




 ****




 イレーネとルイーザ、お互いに息が上がり始めた頃、ブーレル砦が立っている山肌と森が見えてきた。ルイーザにあと少し、と声をかけて森の道へ入っていく。


 舗装された道の走りやすさに感謝しつつ駆け上がっていくと、砦の門番がイレーネを見て慌てて門扉を開けてくれた。


「ありがとう!」

「いえ! そのまま中庭までどうぞ!」


 見張り台からイレーネが一直線に駆け戻ってくるのが見えていたのだろう。中庭にはバルドルがいて、ルイーザから降りたイレーネに駆け寄ってくれた。


「イレさん、おつかれさまです。何かありましたか」


 息が上がっているイレーネの代わりにルイーザの手綱を馬番に任せ、すぐに言葉が出ないイレーネを壁にあるベンチへといざなう。


 イレーネを座らせ、荷物から水筒を取り出して蓋まで開けてくれたので感謝し、ひとまず水を喉に流し込んだ。


「ごほっ……ごめんなさ……報告しなきゃ……なのに……!」

「いいえ、ここまで走って来てくださってありがとうございます。お一人、ですよね。ライ様も無茶をさせる」


 息を整えたイレーネはライからの伝令を時系列にまとめて伝える。隊を二手に分けた、という報告時にバルドルの眉に皺が寄った。


「援軍を出したい所ですが、この砦には一個隊しかいません。二手の一手が破られた場合を考えて砦の防衛に割かねばなりません」

「そんなっ! ライは援軍の進軍を要請しました!」

「ええ、ですからルクスガルドまで求めなくてはならないという事です」


 ひゅっ、とイレーネは息を呑んで立ち上がった。

 背筋がざわめく。間に合わない、と。


「すぐに早馬を出します、イレさんはこちらで休息を……」

「私が行きます!」

「無茶を。貴女は半日駆けていらしているのですよ?」

「ルイーザの脚なら間に合います! ここからルクスガルドまでは平坦な道が続きます、ルイーザなら一日で戻れる!」

「それはあなた方が万全な状態の時の話です。疲労した状態では」

「いけます、後方支援から伝令というお役目を想定して長距離の調教をしてきたのです。二時間の休息を頂けたらまた走れます。ルイーザも、私も」


 ライから遠征の話があった後、師匠であるカイルは伝令の調教としてイレーネにルイーザを半日走らせて二時間休憩させ、さらに半日走らせるという課題を課した。厳しい訓練の為、休息を必要としたので六日の準備期間の間にわずか二回しかできなかったが、ルイーザもイレーネも長距離を走る感覚を掴んでいる。


 バルドルはイレーネの顔を見ながら思案をする。

 駆けつけた時には息が上がっていたイレーネだが、今はもう整っている。それに、戦渦から離すという意味では前線の要になるブーレル砦に居るよりかはルクスガルドまで下がった方が安全であった。


「……休息後となると夕方に出発。夜通し駆ける事になります」

「夜駆けも練習しました。大丈夫です」

(一度だけだけど、あの時はネイトが並走してくれていたけれど)


 きゅっと口を結んで頷くイレーネに、バルドルは「承知しました」と頷き立ち上がった。厩番にルイーザの世話と休息時間を伝え、イレーネをエスコートして中庭から程近い小さな小部屋へ案内をする。


「ではこちらの部屋で休息を取ってください。軽食とお茶を運びますね。とにかく横になって身体を休めてください。私はルクスガルドの者に状況がわかるよう手紙を認めてきます」

「ありがとうございます」


 ベッドとサイドテーブルしかない小部屋はまさに休息だけの為の部屋だった。おそらくイレーネのような伝令を休める事を想定していたのだろう。それは、この砦が戦いを想定した場所なのだと肌で感じる。


 旅装のマントを外した所でバルドル自ら湯気の出た野菜スープとパン、ナッツ類を皿にのせてポットに入れたお茶と共に届けてくれた。


「では二時間後にお声かけさせて頂きます。私が出ましたら部屋に鍵をかけてお休みください」

「ありがとう、頂きます」


 巨躯に似合わず、疲れた身体に染みるような気遣いをしてくれるバルドルに感謝をこめて微笑えむと、バルドルは「うう、眩しい!」と両手で顔を覆った。


「バルドルさん?」

「いやいや、とうとう天使のお迎えが来たかと思いました。役得役得。では後ほど」


 大きな身体を風のように滑らせてドアから出ていった。あっけに取られてぽかんとしていたイレーネだったが「イレさん、鍵をかけて下さいね」と外から声をかけられて慌てて鍵をかける。


 以前、部屋に鍵をかけそびれてライに怒られた事を思い出しながら身体を横にするために髪を解いた。


 あの出来事がもうずっと昔に感じる。

 イレーネの解いた髪を結んでくれる人は今、組紐を手首につけたまま剣を振るっているかもしれない。


「必ず、間に合わせてみせる。それまで、待っていて」


 そっと呟き、軽食を素早く食べ始めた。熱いお茶を一杯飲んで身体を横たえる。眠れなくてもいい。目を瞑って身体を休めるだけでも休息になる。そう教えられた師匠の言葉を信じて、イレーネは静かに目を瞑った。
















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― 新着の感想 ―
イレちゃん、たったひとりでよく頑張りました。 でも、更なる頑張りが必要なようですね。 道中が心配ですが、きっとやり遂げられる! ライさんもみんなもイレちゃん自身もそう信じているのがわかります^ ^ バ…
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