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イレーネ、アルタスに来ないかと誘われる

 



 ルイーザとルースは母馬は違うが父馬が同じの姉弟馬だ。ルイーザはルースより半年ほど早く産まれ、人が大好きで穏やかな性格。ルースはやんちゃな性格で人を選んでいるような馬なのだと、イレーネはなるべく率直にそれぞれの特徴を騎士に話す。


「でもルースは頭がとてもいいの。信頼している人の指示は聞くし、反応も速い」


 イレーネは騎士を馬場がよく見える場所へ案内した。厩舎から二頭の馬が出てくる。ルースにはジダンが、ルイーザにはネイトがついて、乗り手に指示を出している。


「調教師が乗るのではないのか?」

「そういう時もあるけれど、今日は騎士さまに馬足を見せるんじゃないかな。あの子たちはまだ若いし身体が作られてないから、できればまだ軽い乗り手の方がいい」

「君も乗るのか?」

「ええ、彼らに許してもらえる時にだけ」


 馬と調教師、どちらにも許してもらえないとここの馬には乗れないの、と微笑みながら話すイレーネに、騎士はあごに手をやる。


「自由に乗ることが出来ないんだな。厳重に管理されているという事か」

「屋……家の馬ではないから。騎士さま、乗ってみたい?」

「あの若馬たちは無理だな、小すぎる。可能ならばラース領の良馬を自分で走らせてみたかったが」

「騎士さまの身体に合う馬だとガイル辺りだと思うけれど……。あとでジダン……さんに声をかけてみる」

「ありがとう、レディ」

「レディはいらないってば」


 照れた顔でふいっと顔を横に向けるイレーネに、騎士は胸に手をあてた。


「ではイレと呼ばせて頂こう。私のことはライと」

「ライね! 短くて覚えやすい。素敵な名前ね」

「ありがとう、私も気に入っている」


 口元に笑みをたたえながらうなずくライに、イレーネも屈託なく笑った。


 親交を深めていると遠くから馬足が響いてくる。


「きたな」

「ええ、手前がルース、奥がルイーザよ」


 一周目を軽く流して二周目から駆け足で並走してくる。ルースの調子は良さそうだ、馬房でのストレスを発散させるように快調に走っている。ルイーザはそんなルースについて走っている。並走馬としての役割を分かっている走りだ。


「手前の馬は初速が速いな、だがまだ若い。奥の馬は賢そうだ、速さを保ってついていっている」

「騎士さま、見る目あるわね」

「お褒めにあずかり光栄だ」

「ルースは脚が速いけれどまだ持久力がないの。ルイーザはどんな速さでも並走できる器用さをもっているけれど……連れて行くなら両方お願いしたい。できれば、だけど」


 片眉を上げた水色の瞳がイレーネに無言で理由を尋ねてくる。イレーネはなんと言って説得しようか、と唇をかんだ。


 この、馬の気持ちを理解してくれそうな騎士に大好きな二頭をゆだねたい。


 その為には、二頭共にでなければならない理由も正直に伝えなければいけない。問題は、暴れん坊のルースではなく、ルイーザなのだと。


 三周目はさらにスピードを上げて走ってくるルースに、ルイーザは半馬身差でぴったりとつけている。付かず離れず伸び伸びと走っているルースを支えるように。


 でもこんな芸当ができるのは、ルースの時だけ。


「あの子、ルイーザがこんな風に並走するのはルースと一緒に走る時だけなの」

「……他の馬と走る時はどうなる?」

「ついていかない」

「というと?」

「なぜか自分のペースでゆっくり走るの。ムチを入れてもダメ、手綱で追ってもダメ、かえって嫌がって暴れたりして……それでも私が乗ればなんとか走ってくれるのだけど……」


 イレーネは柵に額をつけてうなだれる。こんな説明じゃダメだ。ライは従順なルイーザを欲しいと思っているだろう、でも大人しそうにみえてルイーザこそ従順ではない。


 ライはそうか、と口をつぐんで二頭をしばらく眺めていたが、俯いているイレーネの肩をぽんと叩いた。


「ルースもルイーザも今まで見てきた若馬の中で群を抜いて良い馬だ。二頭共に我が国に連れて行きたい」

「いいの?!」


 うなだれた頭をぴょこんと上げて緑眼をきらきらと輝かせているイレーネに、ライはにこりと笑う。


「ただ、乗り手を選ぶというならば二頭を慣らすに人間が必要だ。あの馬たちが慣れるまで、君も含めて何人かこちらに来てもらえないか?」

「え? わたし?!」

「ああ、ルイーザという馬が君の言うことしか聞かないのであれば、それが一番良いと思うのだが」


 ぱちぱちと瞬きをしているイレーネに、ライは二、三ヶ月でもいいのでアルタスに来てもらい、馬たちを預ける厩務員にそれぞれの好みなど教えて欲しいと願った。


「筆頭にも話をつける。貴女にはその場に居てほしい」

「え、ええ、それはもちろん」


 その後、ジダンに出してもらった大柄なガイルに乗ったライは、この馬も気に入ったといい、ガイルの並走馬である、芦毛のイシュも含めて四頭を引き取りたいと願い出た。


「若馬に関しては慣れるまでこちらのイレ厩務員をお貸し頂けるとありがたい。我が国には馬を丁寧に育てる文化がまだないので、指南役としてもう一人、二名ほどついてきてくれると助かる」


「……私の一存ではなんとも……領主さまはご存じの事でしょうか」

「いや、これから願い出ようと思っている」

「でしたら、まずはご一報を。この厩舎は領主様の管轄下にありますので」

「ああ、そうしよう」


 ライとジタンのやり取りを固唾をのんで聞いていたイレーネは、はっと自分の立場を思い出す。


 わたし、ついていけるのかな……デビュタントは半年後だから、遅くとも一ヶ月前には戻るとして、三ヶ月ぐらいなら……よし! おじいさまやお母さまに事情を説明しておかなきゃ!


「ジタンっ……さん! わたし、そろそろ帰るっ」

「イレ!」


 呼び止めたジタンは思慮深く、イレーネを見た。


「ルース、ルイーザの事もそうだが、貴女の事もお家の方に話さなければならない」

「うん、わかってる。長くかからないようにするから」

「はぁ……行く気なんだな」

「あの子達には、それが最善でしょ?」


 馬は生き物だから、こちらの思うようにならない事なんてたくさんある。


 その時は、その時の最善を尽くす。


 ジタンが常々言っている言葉だ。


「わかった。では私も尽力しよう」


 おそらく、領主が良いといった場合の人選を考えてくれるのだろう。ジダンの思慮深い目が頷くのをみて、イレーネはさっと騎士たちに向き合った。


「ライ、いつまでに返事をすればいい? 貴方達の帰る日はいつ?」

「今日を含めて六日の滞在期間だ。明日領主殿に会う予定をしている。厩務員の件はその時に願い出てみるつもりだ。否と言われても馬は連れていくから、こちらへ来るのは出発の前日だな」

「じゃあ、わたしもその日までに準備しておくわ!」


 身をひるがえして走り出そうとしたところで、ライに呼び止められた。


「イレ、手伝いではなく、仕事として行くことになる。いいのか?」

「わかってる。大丈夫、ちゃんと話してくるから。ダメだっていわれたら、こっそりついていくし」

「いや、ちゃんと了承を……」

「大丈夫だから! じゃあ五日後にねー!」


 手を大きく振って走り出していくイレーネの背中を見ながら、ジタンとネイトが大きなため息をついている。

 ライはくつくつと笑いながら、ジダンに話しかける。


「はねっかえりだな?」

「お連れするならばお覚悟を。突拍子もないことをされますのでどうぞ貴方さまの手綱でおさえてください」

「ああ、とても楽しみだ」


 豪胆な返しにジタンは片眉を上げた。

 年が離れているのは、イレーネにとって悪くないかもしれない、と頷くと諸手続きの為に騎士たちを母屋へとうながした。















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