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ぐずる黄昏 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うーん、もう黄昏どきかあ。早いねえ、冬の休みの日だと。

 起きるのが昼くらいでしょ。そっからご飯食べると、もう陽が落ちかけっしょ。窓から外眺めて「今日はなんだったんだろうなあ……」と気持ちまで一緒にたそがれて。

 ひなたぼっこもままならず、後は夜を友達に残り少ない一日ともがなと、手慰みへと逃げていく。


 これが……これが「休み」という名の概念なのか? バグってんでしょ、何か? 

 出ずっぱりに差し込まれて、何度も「ダマされているんじゃないか」と疑って、いざ得たものがこの時間で、ちょっとむなしくならないかい? 

 ほんのちょっぴり、長い夜が付け足されただけのような心地だよ。なんだかんだ、朝になると叩き起こされて、向かわされる学校生活って一日を有意義に使えていたんじゃないかな。

 でも、大勢の有意義を少数が支えてくれているという事実は、なかなか実感できる機会がない。めぐり合わせが悪いのか、意図的に隠されているのかは、はっきり分からないことも多いけどね。

 お互い、ちょうどいい退屈しのぎになるかもだし、僕の昔の話を聞いてみちゃくれないかい?

 


 あの日もまた、今日みたいに冬の近い日だった。

 たまたま学校に居残りの仕事を残していた僕が、それをこなしたときには、もう午後5時くらいになっていたと思う。

 校舎内には明かりがつき始めていたけれど、その日の外はまだ陽の傾きかける夕方の明るさだったんだ。


 ひと目で、妙だと感じたよ。

 普段ならもう30分前くらいから、外は街灯がつき始めるような暗さのはずなのに、季節外れの明るさだしね。

 たまたま、陽が長い日……なんていうのがあるのか? この日本の冬頃において?

 首を傾げながらも、そそくさ帰り支度を進める僕の耳に、遠くから聞き覚えのある音楽が届く。


 盆踊りとかで流れる歌だった。かの有名な炭坑節に似た歌詞とメロディなんだけど、ところどころアレンジが入っている、独自っちゃ独自といえるのか? というしろもの。

 普段ならテープやカセットに入れてあるヤツが流されるんだけど、いま聞こえてくるのは肉声のそれ。しかも、子供の声のように思えたんだ。

 響き具合からして、おそらく校舎内のどこかにいる。僕以外に残っているヤツがいるのもさることながら、なぜに音楽の課題曲でもないような歌の練習をしているのか。

 ひとりカラオケでもすればいいのに、わざわざこの学び舎をステージにするのも、また妙な話だ。


 興味本位で、僕は荷物を持ったまま歌声の源を探していく。

 いまいるのは三階。声は上のフロアから届いてきた。

 僕たちの学校だと、学年が上がるにつれて所属するフロアは下へ降りていく。いるとしたら、おそらく後輩。

 移動教室以外で別フロアに行くことはめったにないけど、僕は荷物持ちのまま、のしのしと段を上がる。


 声がより鮮明になったのはいいが、困ったことにたどった先は女子トイレ。

 歌はぼちぼち佳境へ入るが、何もこんなところで歌わなくてもいいのに、照れ症なのか?

 男ゆえ、中に入る度胸はないし、かといって真ん前とか近くに立っていたりすると、不審者コース一直線だ。出てきた歌の主と鉢合わせしたときとか、想像すると気まずい。


 完全下校時間にはまだ若干のゆとりがあるゆえか、都合よく、同じフロアの図書室が開いている。例のトイレの入り口もチラ見できる、ナイスポジションだ。

 そっと室内をのぞいてみて、図書委員もいない不用心な空間に、これまたいぶかしさを覚えないでもなかったが、長居する気もましてや良からぬことをする気もない。

 歌の主が誰なのかだけ知れれば、即座に撤収だ。歌の終わりと同時にトイレを出てくるなら、もう数十秒程度の居座り。


 にもかかわらず、つい近くの椅子へ腰を下ろすや、急に眠気が襲ってきた。

 昨日、ちょっとばかり寝るのは遅かったけれど、一時間目の授業で睡眠時間は補充したから、もうその不足分はチャラになっているはず。

 実際、以降の時間はここに至るまで、さしたる眠気もなく過ごしていた。居残りの仕事だって、それほどヘヴィなものじゃない。なのに、どうしてこうも疲れるか?


 考え出したときには、もう身体を折り曲げながら、ぐでっと長机に横たわっていたよ。

 ぐうう〜と、げっぷとお腹の虫のあいの子みたいな音が、長く長く僕の口のすき間から漏れ出ていく。


 ――よく食べた後とか、ときどきこんなことあるんだよなあ。でも今日は、それほど給食食べたっけなあ。


 のんきに考えながらも、いつの間にか目を閉じてしまう僕は、頭全体が何やらポカポカしてくるのを感じながら、まどろみ始めてしまっていた……。


「先輩!」と背中をどんと押されて、飛び起きたときにはもう外の明かりもすっかり消えて、闇が外を覆っていた。

 しかし妙だ。対する図書室内はいやに明るい。蛍光灯のひとつもつけていないというのに。

 いや……よく見ると、その明るさ具合もおかしい。

 僕の座っている席と、その近辺は備品の輪郭さえもまともに浮かばないまばゆさ。それが遠ざかるにつれてどんどん強さを失っていき、部屋の隅などは相応の暗さに包まれている。


 一体なにが、と背中を叩いてきた人を見やる。

 部活の後輩で、おそらく先ほどの歌の歌い手。それがこの至近距離で「まぶし」といわんばかりに手で持って顔のあたりを多い、のけぞらんとする格好を見せている。

 あらためて尋ねようとするより早く、後輩は手に持った手鏡を、すっと僕へ向けてきたんだ。百聞は一見にしかず、といわんばかりに黙ったままね。


 僕の顔は、なかった。

 厳密には制服の首より上の部分が、明るい色を放って、見えなくなっているんだ。

 のっぺらぼうが顔の部品が何にもないお盆状態なら、僕はそのお盆のふちさえ見えない、かくれんぼ状態だ。

 顔をちらちらと動かそうとして、「動かないでください!」と目の前の後輩から制止が入る。

 わけもすぐに知れた。僕が顔を動かすたび、図書室の棚や、そこにしまわれた本たちがじりじりと焼ける音とともに、煙らしきものを発し始めたからだ。


 熱を浴びせられている。

 理屈は分からないが、僕の身体がじかに接している服とか荷物は影響を受けず、そこからちょっとでも離れると、この被害を受けてしまうようだった。

 困惑する僕の前で、両腕をかかげて守りながら、また後輩は例の歌を歌い始める。

 ほんの一小節からでも、自分のまわりの明かりがゆらぐのを感じ取れたよ。進むにつれて、光は目に見えて弱まっていき、一番の終わり際にはすっかりあたりが暗さを取り戻していた。

 安堵の息をつきつつ、あらためて見せてもらった手鏡には、今度こそちゃんと僕の顔が映っていたんだよ。

 


 後輩いわく、この日の夕焼けの長さは、陽そのものがここにとどまり続けたいと、駄々をこねていたためらしいんだ。

 後輩の家の人を含めて、いくつかの家はそれのなだめ手の仕事を負っていて、本来は人知れずに対処して、大勢に違和感を抱かせないようにしているのだという。あの歌もその一環。

 でも、今日はやけにへそ曲がりで、全然帰ろうとしてくれなかった。

 そこへ僕が現れたことで、あまりにとどまりたがっていた「黄昏」そのものが、僕の頭に宿ってしまったのだという。


 今回は早めに会えたから良かったものの、放っておくと体全部が黄昏になってしまって、夜の訪れとともに消えていくよりなくなっちゃうんだってさ。


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