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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ガブリエルの天秤

作者: enishi

「私は神に救われた、そして神に絶望する。」


一人の男性商人がいる。馬車の中に少年を乗せているようだ。

その少年は7~8歳の男の子とみられる。とても粗末な服を着ており

体も汚れて、やせ細っている。表情も暗い。

たくさんの荷物と一緒に馬車に乗っている


先頭には性格の悪そうなとても太った商人がいる。馬車の中の少年を見やる。


「やっと街についたか。このガキは高く売れるかな?」


どうやらこの子供は商人の息子ではないらしい

どこかよその国から来たようだ。


突然、馬車が脱輪した。

馬がいななく


男の子は、意を決したように馬車から飛び降りて、走ってその商人から

逃げ出した。

街の雑踏に消えていく


知らない街で行く当てなどあるはずがない


「お腹がすいた、寒いよ、足が痛いよ。」


街の脇道で倒れこむ少年





まどろむ意識の中、ぼんやりと目を開ける。

ベッドで目を覚ました青年。

窓から朝の日光が差し込んでいる。


「ああ、夢か・・、またあの夢を見ていたのか」


今まで何回この夢を見たことだろう

私は戦争孤児だった。隣国との大きな戦争があり、たくさんの孤児が出た。

そして行き場を失った私は悪い大人に捕まり街で売られようとしていた。

商人から逃げて、行き倒れたところをこの街の住民に助けられて、

シスターのもとへと運ばれた


「ランスレット!いつまで寝てるんだい!」


声の主は私の育ての親、シスターエリザ

初老で腰が曲がり始めている。口が悪い


「早く起きて子供たちの食事をさせなさい!ったく役立たずなんだから」


私はシスターエリザにランスレットと名付けられた。

今は成人して牧師としてシスターエリザの手伝いをしている

シスターの元にはほかにも行き場のない子供たちがともに生活している


私は起きて支度を整えると、5人の子供たちの世話を始める

子供たちはもう起きており、キャッキャッと遊びまわっている


「ほら、みんな席について。きちんとお祈りをするんだ」


シスターエリザに拾われてから早いものでもう10年以上がたつ。

この街の人たちは私にとてもよくしてくれた


「ランスレットさん、お腹すいたあ」


7歳の女の子、マーチが言う


「エリザと一緒に皆で神にお祈りしよう、さあ」


そういうとマーチを席に座らせる。ほかの子供たちも全員席に着いた


「みんな席に着きましたか?ではお祈りしましょう」


5人の子供たちとランスレット、エリザはテーブルを囲んで神に祈りをささげる。

大地からの恵みに感謝。食べ物を作ってくれた方たちに感謝。

すべての人に感謝をささげる


シスターエリザの教会では祈りの間がある。

祈りの間とは神を崇拝する人たちが感謝の祈りを捧げる場所のことである。


この日も祈りの間にはたくさんの街の住人達が来ていた

中でも特に熱心なのがカークという中年の男性と、エディンとポーラという

若い夫婦である。ポーラはおなかが大きくなってきており、どうやら出産が近いようだ。

みんな備え付けの椅子に座り、近くの人とおしゃべりに興じている。


祈りの間に行きランスレットは住人たちに挨拶をする


「ごきげんよう、ポーラさん。」

「あら、ランスレット牧師。ごきげんよう」


エディンとポーラは明るい表情で牧師に挨拶を交わす


「お体の具合はいかがですか?よく眠れましたか?」


ポーラはクスリと笑った。


「はい、体の調子はとてもいいです。お腹の子のためにも頑張らないと」


「それはよかったです」


そんな挨拶を祈りの間に来ている人たちと交わしていく


シスターエリザが壇上に立って話をしている

そのあとで参加者全員で、大いなる存在に感謝の祈りをささげる


祈りの時間が終わり、街の住人たちはそれぞれの用事のために帰っていく


「シスターエリザ、今日もありがとうございました。これよかったら皆で食べてください」


カークは自分の家の畑でできた沢山のジャガイモを袋に詰めて持ってきてくれた。じゃがいもはどれも大きくて美味しそうだ。


彼はとても優しくて、いつも熱心に神に祈りをささげている

もうここへは何十年と通っているそうだ

エリザをとても慕っている


「悪いねえ、うちは食べ盛りの子供が多いから助かるよ」


「ははは、私は妻と2人だけだからね、こんなには食べきれないんだよ」


カークは次にランスレットに声をかけた


「しかし牧師、聞いた話によると最近ゴブリンどもの動きが活発らしいんだよ

何かあったらと思うと怖いねえ」


自分のあごひげを触りながらカークは言った。


「この街には騎士団がいます。何も怖がることはありません。それに私たちには祈りをささげる神がいるじゃないですか。みんなで助け合えば怖いものなどありません」


「それもそうですな」


その日は穏やかに時間が流れていった


次の日、朝早く目が覚めた。

まだ頭がぼーっとしている。朝日が少し顔をのぞかせている

屋根の上で鳥たちがさえずっている


ベッドから起きて瓶からグラスへ水を注ぎ、飲んだ。冷たい水が体を通っていくのを感じた。


服を着替え、ランスレットは井戸へ水を汲みにいった。

井戸の近くには街の人が2人いた。なにやら深刻そうな顔で話している

顔見知りの男性と女性である


「おはようございます。二人とも早いですね」


牧師の姿を確認した2人はすぐに笑顔になり、朝の挨拶を返す


「ああ、おはよう。ランスレットさん」


「2人ともそんな深刻な表情をして、どうしたのですか」


男性のほうが頭を掻く。そして重々しく口を開いた。


「実は昨日の夜、カークの様子がおかしかったんだ。

顔が真っ青だったんだよ。話しかけても上の空だし、きっと何かあったに違いない。心配だよ」


昨日の朝の祈りの時間はそうは見えなかった。とても朗らかにしていたが。


その日の午後、ランスレットは書庫で書物の整理をしていた。

気を付けて常に掃除をしていても、どうしても埃っぽくなってしまう。

書庫に鍵はかけていないため、たまに子供たちが入って遊んだり、いたずらをしているようだ。


ふいに窓の外を歩く影を感じた。カークである。窓の外から彼の姿を見かけた

エリザのいる小屋へ行くようだ。

本当に、彼の信心深さには感心する。毎日のように祈りを捧げに来ている


しかし今朝の噂は本当だろうか?もしかしたら何か悩んでいて、エリザに相談に来たのかもしれない


でもエリザのところへ行くなら大丈夫であろう。そう思い書庫の整理を続ける。

子供たちは学校へ行っている。きちんと勉強をしているだろうか?

などと考える



「グアアアアアア!!」


突然の悲鳴があたりに響いた。

扉を開けたままの書庫にもその悲鳴は聞こえてきた


「!!」


驚いたランスレットは辺りを見回す。変わった様子はない


すぐに子供たちの部屋へかけていく。しかし子供たちは今は学校に行っており一人もいない状態である。


どこから聞こえたのだろう?


小屋の中から聞こえたのか?先ほどカークが入っていったのが見えたが?

あそこにはエリザがいたはず!


ランスレットは子供たちの部屋を出て、急いでその小屋へと走る

息せき切って駆け付けた。


小屋の扉は開け放たれていたままである。中を覗いてみる


カークが扉を背にした状態で立ちすくんでいる

息が荒いようだ


「カーク!どうしたんですか?悲鳴が聞こえましたが、

何があったのですか?」


そう呼び掛けてみた。すぐに反応はない

カークの体は小刻みに震えているように見えた。

その体を少しだけこちらへ向けてきた。


彼の両手には赤い血がべっとりとついている


振り返ってランスレットを見るカークの顔は醜くゆがんでいて・・・

笑っていた


そして、彼の足元にはエリザが荒い息で座り込んでいた。彼女の右肩には

一本のナイフが深々と刺さっている。大量に出血しているようである


突然のことに絶句するランスレット


「ハハハハハ、私はやったのだ!人間をなめるなよ!」


カークはそう叫んだ。何を言っているのかわからない。

錯乱しているように見える。

そしてカークはよろよろと小屋を出て行った


これは彼がやったことなのか?

ランスレットはエリザに駆け寄る。息はあるようだ。


これはなんだ?どういうことなのだ?

すぐには状況が呑み込めなかった

時間とともに大変なことが起きたと理解していく




カークはその後騎士団に捕らえられて、今は尋問を受けている


エリザはすぐに医者に運ばれて一命をとりとめた。



その夜、


眠れないランスレット。


なぜカークはあのようなことをしてしまったのだろう?

あんなに熱心に祈りを捧げるような人間だったのに

今朝、井戸の前で住人たちが彼の様子がおかしいと話していたことを思い出す

「きっと何かがあったのだ」、と


ランスレットの心に様々な思いが沸いた


シスターエリザや私が信じてきた大きな存在とは何だったのか?


夢、幻?そんなはずはない


私は神に救われたのだ。街で売られようとして、商人から逃げてきて

行き倒れたところをエリザに拾われた

多くの人達の善意に救われてきたのだ。


様々なことを学び、食事を与えられ、清潔な衣服を与えられ、

学識を授けられてきた


エリザの下でたくさんの人達を救ってきたつもりである


なのに、なぜこんなことが起こるのだろう


夜の祈りの間で膝をついて、ランスレットは神に問うた


何故、あなたはエリザを助けなかったのですか?


カークはどうしてしまったのですか


あなたはどこにいるのですか?


近くにいる?それとも雲の上のとても遠いところにいるのか?


何故、私の問いに答えてくれないのですか?


わからない、わからない、わからない・・・・・。



少しのお酒を飲み、疲れたランスレットは眠った



朝方、外が何やら騒がしい

その人々の話声で目を覚ましたランスレット


「ポーラさんが産気づいたそうだ。もうすぐ生まれるぞ」

「はやく産婆を連れて行くんだ」


そうかポーラは妊婦でもうすぐ赤子が生まれるのだ

今すぐに家に行っても何もできはしないだろう

少しだけ時間をおいてから

着の身着のまま、街の住人達とともにポーラの家へと向かう



ポーラのもとへ駆けつけるランスレット

産婆とエディン、そしてポーラの胸の中には生まれたばかりの

赤子がいた。


3人は牧師の姿を確認する


「ランスレット牧師、来てくれてありがとうございます。元気な男の子です!

ぜひ抱いてやってください」


夫のエディンは興奮気味に話している


母親となったばかりのポーラから赤子をそっと受け取り、

その胸に大切に抱くランスレット


赤子は腕の中ですやすやと穏やかに眠っている

とても小さくて柔らかく、そしてとても暖かかった


この子は父、エディンと母、ポーラのもとで成長していくことだろう


この子はこれからどんな人生を歩むのだろうか


どんな人たちと出会い、


そして何を思い、考え、泣いて、笑って


生きていくのだろうか


ランスレットはそんなことを思った


エリザの不幸な事件があった翌日に、ポーラの赤子が生まれるという奇跡


不幸と奇跡。プラスとマイナス。


幸せそうなポーラ夫婦。安心した顔の産婆。


昨日のカークのゆがんだ表情。


ランスレットの心を駆け巡る様々な感情たち。

彼の心の中を行きかう感情は決して感動だけではないだろう。

彼の頬には大粒の涙が流れた。




朝を迎えた街。


子供たちがポーラの家に赤子を見に来ていた


エリザは近くの病院で安静にしている。事件のことは子供達にはまだ話していない。

小屋で仕事中にけがをしただけだと伝えてある。

本当のことを伝えてしまうと、きっとショックを受けてしまうだろう。

もう少し時間がたって、受け入れられるようになってから話すつもりだ


初めて赤子を見た子供たち。興味津々である

5人とも赤子の寝ている小さなベッドを囲んでいる

それを見つめているポーラは聖母のような優しい表情である


「うわあ!小さいねえ~」


「かわいいなあ、ぷにぷにしてる」


「まるで天使みたいだね、ランスレット!」


子供たちはみんなすごくきれいで輝いた顔をしている

新しい命とはこんなにも周りの人たちを元気にする力があるのだ


マーチが言った


「この子いつになったら一緒に遊べるの?あたし、おままごとしたい」


ダニエルが言う


「男の子だから騎士遊びだろ!僕が剣術を教えるんだ」


子供たちは無邪気に話している。ポーラの家は笑顔で包まれていた


後日、事件の後に騎士団の尋問を受けていたカークが、このように話していたそうだ


「私は信じていた、とても深く信じていた、見えない力の存在を、

強く強く信じていた。しかし救いなどなかった。

裏切られた。この私を裏切ったのだ!だから復讐した、そういうことだ」


カークの妻が最近出没していたゴブリン族に襲われたらしい。

カークの留守中のことだった。

崇拝の対象から、このことがきっかけとなり憎しみの対象となったのだろう


他人の心はわからない。見ることができない。

知らないほうがいいことなのかもしれない

けれども私は信じたい、人間には輝くような美しい心があると信じたい

少しづつ修正をしています。以前は分かりにくい表現だったのでカークの凶行の理由などを追記しました。

最後まで読んでくれてありがとうございました。よろしければいいね!評価、感想などで応援よろしくお願いします!

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