バツイチ夫が最近少し怪しい
私は夫と私が28歳の時に結婚した。夫は35歳でバツイチ。なんでも前の奥さんには慰謝料とられて離婚したとのことで会社で噂になっていた。
最初は興味もなく、逆に悪感情があったのだがたまたま仕事が一緒になると物憂げな表情をするものの、優しい態度にいい人なのかなと思い始めた。
そのうち一緒になった仕事も終わりみんなで打ち上げ。しかし一人でいる彼が気になって近付き話しかけ、自然に食事に誘う自分がいた。
その流れで付き合いだして同棲からの入籍。夫が前の結婚があるから式はするものの披露宴は嫌だと言うことで私は初婚ながらも親族だけの結婚式で了承した。
それを機に同じ会社だったので私は会社を退職しレジ打ちのパートタイマーになった。
月日が流れて子供も授かり、優しく頼り甲斐のある夫との幸せな毎日。そんな中、夫の様子がおかしくなった。
どこがといわれても困るが、クールなイメージだったのに陽気ではしゃぐ量が増量されたような……。
いやそんなものはごくわずかだし気のせいだろうと言われればそうなんだ。
でも、そう。なんかパソコンに向かう時間が多くなった。しかも画面を隠すというか、小さいノーパソなんだけど私が近付くと閉じてしまうような。そんな感じだった。
それを友人に言うと想像してた回答。
「浮気……じゃないの?」
「うーん、それはないっつーか……」
「だって慰謝料とられて離婚されたんでしょ?」
「でもほとんど家族と一緒にいるしなぁ……」
「時間なんていくらでもあるよ。通勤時や会社の休み時間に出会い系やって、外回り、退社して二時間程度に会うことだって──」
「会社は私の元会社だし、怪しかったら教えてくれる人も大勢いるんだけどそれもないし~」
「でもさ、浮気する人は同じこと繰り返すよ? そういうスリルに興奮してやめられないんだって」
「そうなんだ……」
「取り敢えず、お風呂入ってるときとか、寝てる間にスマホを覗くのよ」
「えー、そこまですんの?」
「やるの!」
「はい……」
友人に焚き付けられてから家に帰ると、夫は子供をおんぶして寝かし付けしながらスマホをしていた。
私にそれを見られると、あわてて子どもをベッドに下ろしていた。怪しい……。
友人に言われると何もかもが怪しく見えるのだ。今の慌てぶりもおかしいと感じ、疑いたくなった。
「ただいま。なんで慌ててんの?」
「お、おかえり。い、いやまた、ながらスマホしちゃって……。ゴメン」
ながらスマホを咎められると慌てたようだった。確かに前に叱ったことあったし。
「で? スマホはなんのご用事? ながらするほどの内容?」
「え? いや、それは……」
口ごもった。怪しい……。
「何よ。言いなよ」
「いやあ、ちょっと旅行でもと思って……」
「旅行? 誰と行くのよ!」
「誰って……家族とだよ。どうしたの? 何か気にさわることしたっけ? おかしいよ?」
「おかしくなんてない!」
いや明らかにおかしい。おかしいだろ私。旦那はいつもの旦那だ。サプライズで旅行まで計画してくれてたのに、嬉しい顔も出来ないなんて。
くー。浮気の『う』の字もないよな。これで浮気してたらノーベル男優賞。いやそんな賞ない。
スマホか……。やっぱスマホの確認をするべきか……。私は早速お風呂を沸かした。旦那は子どもとDVDを見て楽しんでいた。
。
「ちょっと。お風呂沸いたからお風呂入りなよ」
「だってテレビ見てる途中だよ?」
「いいから。後つまっちゃうから。子ども連れてくから上がっちゃダメだよ!?」
「な、な、な? のぼせないうちに早く来てね?」
「もちろん、もちろん」
旦那の後ろ姿を見送った後、スマホチェック! ロックは簡単なパターン認証。これは知ってる。サッサで解除オーケー。
さてマッチングアプリは~。……いやいや私、そもそもマッチングアプリのアイコンがどんなのか知らん……。
でも、音楽配信アプリとトークアプリとペイアプリぐらいしか入ってない。おい、人生楽しんどるか~?
まあ楽しめるか。しかしトークアプリ。こちらを確認させていただこう。
……うーん、全然怪しい人いない。知ってる人ばっかだし、会社の人、私、男友達ばっか。
しからばメールか? うーん。やはり変なのはないなぁ。
「おーい、まだぁ?」
うおっと! 風呂から旦那の声。まだ子どもの服も脱がしてない。
「おーい、シャンプーも無さそうだぞー」
「あー、じゃあ探して持ってくねー」
「いやいや、子どもは?」
「一度に二つのことは無理」
今のうちだ。ブラウザもチェックしておこう。怪しい検索履歴……はないか。ではダウンロードショップのほうは? うーん、ない。
「おーい、のぼせるよぉ……」
うむ、さすがに無理か。仕方ない。子どもの服を脱がせて、旦那の元へ。シャンプーはどうしたとか訳の分からないこと言ってたけど、こちらは忙しい。
スマホを元の場所に戻し、触った形跡をなくす。そしてバスタオルを持って子どものお迎えに。
子どもはキャッキャ、キャッキャと喜んでいる。この二人の愛の結晶にケチをつけたくないなぁ。旦那は誠実な人であって欲しいけど……。実際、慰謝料払って離婚の前科があるんだよなぁ……。
旦那は風呂から上がって、子どもとしばらく遊んでいた。子どもが眠そうになったので抱き抱えての寝かし付け。私は子どもが眠るまで静かにそれを見ていた。
やがて子どもも眠り、夫はベビーベッドに寝かし付けて戻ってきた。
「はー、やっと大人の時間だな」
「そうだね」
「パソコンやっていい?」
「いいよ」
夫はノーパソを抱えてソファーに背中を預ける。私もスマホをいじくっていたが、それは振り。実は夫の表情を見ていた。
最初はなんでもない顔をしてたけど、だんだんと表情が緩みだし、笑いをこらえるような顔になっていた。怪しい。
私はこれだと感じた。スマホではなく、ノーパソ。ここで待ち合わせの約束をして、時間が合えば浮気相手と会っているのでは?
私は身構え、ノートパソコンに狙いをつける。夫は気付いていない。
いまだ!!
私は夫からノートパソコンを奪ってこちらへと向ける。
「お、おい……!」
ビックリしているわね。このゲロにも等しい浮気野郎には相応の制裁を加えてやるわ!
ノーパソの表示画面はメールボックス。やはり。差出人は女の名前。やっぱり! 私は内容を見た。それはこういうメッセージだった。
『あなたと離れて、あなたのことばかり考えてます。また会えるときを楽しみにしてます』
私は夫を睨み付ける。夫は慌てていた。
「ちが! 違うんだよ」
でた。浮気野郎の常套句。ネットでこのテンプレを見たことがあるわ。私は声を荒げて問い質す。
「どういうこと? 誰? この女。ずっと裏切ってたの?」
夫は私の隣りに座って微笑んだ。
「違うよ。勘違いするような内容だったな、今回のは」
そして夫は話し出した。どうやらそれは元奥さんだそうだ。
初めて聞いた、夫の離婚劇。彼のことをみんな不倫した責務で離婚したと思っていたが違った。実際は奥さんが不倫したらしい。
そして、相手の男が本命だから離婚して欲しい。慰謝料は女の権利だから財産は全て貰っていくと言われて出ていかれたそうだ。
その頃は、不倫したほうが慰謝料を払うということを知らず、奥さんに言われるまま全て無くして失意のドン底だった。
そこを私と出会い、少しずつ生活を取り戻して行ったそうだ。
そして、自分が幸せの中、このパソコンに元奥さんからメールが届いていたのを気づいたのだそうだ。
離婚してから住む場所もスマホの番号も変えたので、彼女が知っているのはこのパソコンメールだけなんだそうだ。
「ほら見てみなよ。せっかく本命と結婚したにも関わらず、本命は結婚後に浮気を繰り返すので、お返しに自分も不倫したら相手の奥さんにバレて慰謝料請求された話。こっちは旦那の不倫がバレて数件の家庭を壊し、慰謝料請求された話。結局離婚して、行くところもない話。どう? 笑えるだろ? だから俺に助けを求めてるのに、俺からは返事が一切ない。もう可笑しくて可笑しくて」
そう言って夫は腹を抱えて笑い出した。
プ。そうなんだ。夫はいわゆる『サレ』た側だったんだね。そして全て失ったけど、不誠実な元奥さんと、そのお相手は不誠実な結果に終わり、苦しむ人生を送ってると。
私は笑う夫が、ただ優しいだけでなく、ちゃんと人間らしく、自分に不誠実だったものの堕ちていく様には溜飲が下がるんだなと思い、合わせて笑ってしまった。
それから夫の元に前の奥さんからのメールは届かなくなった。夫が推理するには、おそらくスマホの通信料すら払えなくなって路頭に迷ってるんだろうとのことだった。
不誠実なものは不誠実な結果に終わる。私にはあまり関係ないけどスカッとした。
そしてこの誠実な夫と、一生共に暮らせることに嬉しくなった。




