会いたくもない相手
ああ、今日も。
ノートがびっしょりと濡れている。せっかく書いた授業内容もインクが溶けて奇妙な模様のようになってしまっていた。
これはもう使えない。
学校に通うのはそれなりに金がかかる。教科書やノートもそう安くないのだ。
皺になったぐらいなら我慢して使うが水に浸けられて文字が読み取れなくなってしまったら捨てるしかない。
駄目になったのがノートだけで良かった。ノートならお小遣いで買いなおせる。だが教科書となると家族に頼んで買いなおさなければならない。
家に置いてある特注のペンじゃなくてよかった。お爺様が悪乗りして作ったペン軸に宝石が埋め込んであるあれ、ごつごつして使いにくいので家に置きっぱなしでほとんど使ってないけど。
私は気にしないけど、あれが壊された日にはお爺様が発狂してしまう。
それなら自分で使えばいいのに。
「やっぱりロッカー使うのやめた方がいいんじゃない?」
メディアが多少湿ったけれどギリギリ使えそうな教科書をめくりながら提案してくれた。
「そうね、この惨状を見たら教師も納得してくれるわ」
ローズマリーが水を流されたロッカーを眺めながら呟いた。
水はせいぜいコップ一杯くらいだろう。ロッカーの一番上に置いてあったノートだけが犠牲になった。
ロッカーを使えなくなったらすべての教科書やノート体操着などを鞄に詰めて運ばなければならない。それは邪魔だし重い。
「その場合、席を一番後ろにしてもらわなければ」
鞄がそこにあったら通行の邪魔になる。
その日、ロッカーを二人に見てもらって私は許可をもらって寮に鞄を取りに行き、その時あの時の男とすれ違った。
「どうしたんだね」
私の様子に驚いたように男は私を見て、まるで安心させるように笑いかけてきた。
だが男の胡散臭い笑顔を見た私の顔は歪んだ。
「何でもありません」
私はその場で走り出した。
何となくだが、この男が悪いんじゃないだろうか。
先日の、ラリーやジョンたちの話を思い出していた。
その男はそれほど貧しそうに見えない。私たちが着ているものは学校から支給された制服なので身なりから値踏みできないが。それでも物腰に余裕があるような気がする。
それに、本当に貧しい貴族はメイドもまともにつけてもらえないので、少しだが手が荒れている。
それに、栄養状態もいい。
見栄が優先させるので、実家でろくなものを食べていない貧乏な貴族も多いのだ。
全速力で走った私は寮に着いたときには力尽きそうになったが。何とか物入から旅行鞄を持ち出した。
これは入学するとき荷物を入れてきた鞄だ。そして卒業するまで使うはずのなかった鞄。
その鞄を持ち出す私をメイドたちが奇妙なものを見る目で見ていた。