まずは自分の身を守ろう
授業開始の鐘が聞こえた。私は何とか難を逃れぎりぎり教諭が入ってくる前に教室に入ることができた。
「大丈夫?」
マリアンヌともう一人の悪友メディアが私の顔を覗き込んだ。
「いや、どうしたの?」
「私が聞きたい」
私は自分の髪をかき上げながら呟いた。
私の髪にはほとんど癖がない。そのため結い上げるのがとてつもなく難しい。
「いや、まあ、調べてあげてもいいけど」
メディアは没落をギリギリ踏みとどまっている子爵家の娘だ。だがギリギリとはいえ没落していない子爵家令嬢。だからブルジョワのうちでは食い込めないところを垣間見るぐらいはできるのだ。
マリアンヌは正式名称はマリアンヌ・スミス、鉄鋼業という新しい分野で頭角を現している家の娘だ。
新たな建物の骨組みとして鉄柱が生まれた。その鉄柱を製造している家の娘だ。
新式の織機の骨組みに試そうという話もあるので私の家族もマリアンヌとの友情を応援してくれている。
その二人がこの噂の真相を確かめてくれるという。正直ありがたいが何しろ私が噂を探ろうにも私の顔を見た途端みんな口をつぐんでしまうのだ。
さすがにクラスメイトはその噂が怪しいと思っているが、わざわざそれを他のクラスの人間に説明するほどの親切さは持ち合わせていない。
とにかく極力教室を出ず、放課後は早々に帰るくらいの自衛しかできない。
私はあとのことをマリアンヌとメディアに任せて寮の自分の部屋に戻った。
明日は休養日なので自宅に帰ることになる。
とにかく今日一日を乗り切らなければ。
寮の部屋は私は個室を使っている。落ちぶれつつある貴族やブルジョワでも小規模経営の家の子女は二人部屋を使っていることもあるが、私は一人部屋を確保していた。
自宅の部屋とは比べ物にならないくらい小さな部屋で机と寝台とクローゼット、そして個人的なものを入れる棚。それだけが寮内で許された家具だった。
最初はこんな部屋で生活できるのかなと思ったが結局は慣れた。
年の離れた妹は再来年から学園に入る。今から学園のことを聞きたがっていたが、このようなトラブルに巻き込まれるとは。
私は別に何かしたわけでもないのだが。
食事はメイドに取ってきてもらい、私は翌朝までひたすら部屋にこもっていた。
そして実家からの迎えの馬車を朝食はあきらめてひたすら自室にこもったまま待った。
途中誰かが私に声をかけようとした声が聞こえたが、きっと空耳。
メイドから我が家からの馬車が来たと聞いたときには廊下を走らないギリギリの速足で進み馬車に飛び乗った。
「お嬢さん、いったいどうしたんです」
私がおむつをしていた頃から雇われていた御者が目をむいた。
「何でもない」
「何でもないって」
皺の寄った顔で御者のジェームズはそういうが、私としては説明なんぞしたくないのだ。
「お嬢さん、後ろで誰かこの馬車を追いかけていませんか」
「気のせいだ」
私は断固として言った。
「でも、声が聞こえて」
「それは空耳だ」
私がそう言い切ったのであきらめたようにジェームズは馬車を走らせた。