エリオット・イーストベルグ公爵の恋
エリオット・イーストベルグ公爵は困り果てていた。
今、客間に来ている3人の女性。
一人目は花屋の娘、アシュリーナ。
二人目は伯爵令嬢、ミレーユ・フィールド
三人目は公爵令嬢、マリアーヌ・セーシュレスティ
三人はバチバチと火花を散らして、睨み合っている。
そう、エリオット・イーストベルグ公爵は、美男で名高く、その美しい銀の髪に、碧眼の公爵は、社交会の女性の憧れであった。
剣を振るえば、騎士団長と同等の強さを見せ、
ダンスを踊れば、素晴らしいエスコートで、夜会の注目を浴びる華やかさがある。
だから、モテた。そして、この男は来るもの拒まずで、好き勝手に恋愛を楽しんでいたのである。
まずは、平民の娘、アシュリーナが、涙ながらに。
「私は、エリオット様から、真実の愛だと言われて、共に、デートをした事もありますっ。
公園で一緒に手を繋いで歩いたり、木の陰で口づけをっ。お花も沢山、買って下さって。
愛しているんです。だから、彼と結婚したい。例え身分違いでも。」
すると、伯爵令嬢のミレーユが、眉をひそめながら。
「公爵家に平民は無理よ。わたくしは、エリオット様に夜会でエスコートされたことがきっかけで。君は月のように美しいと、ドレスと首飾りを贈られたことがありますのよ。
わたくしこそが、エリオットにふさわしい。木の陰で口づけですって?わたくしは、噴水の横で口づけをしましたわ。」
公爵令嬢のマリアーヌが、扇を優雅に扇ぎながら、
「ならば、わたくしは、共に乗馬を致しましたわ。君の乗馬姿は美しいと、それはもう、熱烈に口説かれましたの。勿論、王宮の夜会で、踊った事も、ペンダントやドレスを頂いたこともございましてよ。わたくしこそが、エリオット様にふさわしい女性ですわ。」
エリオットは優雅に珈琲を嗜みながら、
「私はまだ、結婚は考えていない。それに君達には言ってあるはずだ。
私は恋愛を楽しみたい。一人に相手を絞る気はないとね…。どうして、ここで言い争いになるんだ?」
3人の女性達はエリオットに詰め寄って。
アシュリーナが叫ぶ。
「やはり女性の幸せは、エリオット様に唯一愛される事だと思います。だから、結婚して下さい。」
ミレーユが詰め寄る。
「いいえ、わたくしと婚約をしてくださいませ。まずは婚約ですわ。まったく平民の女は順序を知らないのですから。」
マリアーヌが扇を手に優雅に歩み寄ってきて、
「我がセーシュレスティ公爵家と結ぶことは、イーストベルグ公爵家に取って、得だと思いますわよ。ですから、わたくしの婚約者となって下さいませ。」
エリオットは立ち上がって。
「お帰り願おうか。私は恋愛を楽しみたい。それだけだ。」
3人の令嬢達は、悔し気に互いを睨み合いながら、部屋を出て行った。
どうして、女性はああも厄介なのだろう…。私は恋愛を楽しみたいってあらかじめ言ってから、付き合っているのに。
大人の付き合いをしている、リュシエール伯爵未亡人、マリーネにベットでその話をしたら、
マリーネは笑いながら、
「貴方は女の怖さを解らないのよ。エリオット。ナイフで刺されても知らないわよ。」
「女に刺される程、間抜けな男じゃない。それは君も解っているだろう?」
マリーネの身体を抱き寄せて、チュっと口づけをすれば、マリーネに、頬を撫でられて、
「そうね。王宮騎士団長と対等に剣を交える男って、貴方ぐらいだわ。本当にイイ男ね。」
「お褒めに預かり光栄。さぁ、愛しのマリーネ。続きを楽しもう。いいだろう?」
「ええ…エリオット。」
本当にエリオットという男はどうしようもない程の遊び人だったのである。
そんな彼が恋に落ちた。
王宮主催の剣舞の大会が開かれた。
国王主催の催しで、王宮の庭で王宮騎士団が剣舞を披露し、貴族は招待されてそれを見物できるのである。
出演者の中に、隣国から来ていた金髪の王女サリアが、銀の鎧を着て、剣舞に出席したのだ。
一人で舞う剣舞だったが、見事に舞うその姿に、エリオットの目は釘づけになった。
なんて美しい綺麗な舞だ。
是非ともあの王女様に挨拶がしたい。
剣舞が終わると、エリオットは、席を立ち、王宮の庭から控えの場へ戻るサリアを見つけ、挨拶をする。まだ若い少女である事に驚く。
「私はエリオット・イーストベルグ公爵と申します。サリア王女様。見事な剣舞。
さすがです。」
「褒めてくれて嬉しいぞ。イーストベルグ公爵。」
「エリオットとお呼び下さい。」
「いや、イーストベルグ公爵で良いだろう?親しい訳でもあるまいし。」
「それでは、これから親しくなっても…。是非。一度、我が家へお越し下さい。歓迎致します。」
「行く暇もない。王宮での行事で目いっぱいだ。悪いな。」
取りつく隙も無く、すげなく断られる。
思わず、壁に手を突き、サリア王女を壁に押し付ける。
「お美しい方…。少しは私に希望をお与え下さい。」
サリアが右手を振り上げたので、左手でその手首を抑える。
チュっとその可憐な唇にキスを落とした。
サリア王女は不機嫌に。
「不敬であるぞ。」
「これは、失礼しました。我が家へ来ることを考慮して頂けるとありがたいです。では…。」
エリオットはその場を後にした。
それから、王宮での行事が忙しいと言っていたサリア王女からの返事はなかった。
身を焦がすような恋…。
たまらなくなって、王宮へ行ってみれば、
ドレス姿のサリア王女が、王太子殿下と共に話をしながら歩いていた。
ファルト王太子殿下。確か他国の王女の婚約者がいたはずだが、サリア王女が婚約者だったのか?
ファルト王太子は、エリオットを見かけると、声をかけてきた。
「何だ?エリオットではないか。何か用か?」
「いえ…何も…。」
頭を下げる。
すると、サリア王女がエリオットを見て、
「イーストベルグ公爵ではないか。こいつは、酷い奴でな。私にキスをしてきたんだ。
初対面なのに。」
ファルト王太子は眉を寄せて、
「エリオット。不敬ではないのか?お前が女にだらしがないのは知っている。咎めるつもりも無いが。他国の王女に無礼な態度をとるものではないぞ。」
「申し訳ございません。」
胸が痛む。こんなにも、近くにいるのに。自分は何も出来ないのか?
サリア王女は、笑いながら。
「いや、かまわぬ。私に興味があるのか?イーストベルグ公爵。」
「あまりの美しさと、剣舞のすばらしさに心を射抜かれました。」
「私は婚姻する気はなくてな。まだ若い。色々な男と知り合いたい。最も気に入ったその中の一人と婚姻したいと思っている。」
「決まった相手はいらっしゃらないので?」
「我が姉は、ファルト王太子殿下の婚約者であるが、私はまだ16歳。もう少し、見定めてもよいであろう。」
「では、私にも機会をお与え下さい。」
「ふむ。大勢の一人でいいというのなら、考えておこう。」
エリオットは、他の女性との付き合いを止めた。
サリア王女にイーストベルグ公爵家の名で、花を贈り、美しい宝石の髪飾りを贈って、何とか王宮の夜会でエスコートをする栄誉を手にすることが出来た。
薄桃色のドレスに、金の髪のサリア王女は美しかった。エリオットが贈った髪飾りを着けてきてくれた。
「今宵もお美しい。サリア王女様。」
「それはお前にも言える事だ。いい男のエスコートは気分がいいものだな。」
二人で入場すれば、周りの貴族からため息が漏れる。あまりの美しさからであろう。
二人でダンスを踊れば、その辺りだけ、大輪の花が咲いたようで。
エリオットは思った。
なんて、幸せなんだろう。ああ、時が止まったらどれだけいいだろう。
明日は、このサリア王女は別の男性のエスコートで、夜会に出て、ダンスを踊るのだ。
これが嫉妬というものか…。
身が斬られるように辛い。
ダンスが終わると、サリア王女はにっこり笑って。
「さすが、イーストベルグ公爵。見事なエスコートであったぞ。」
「こちらこそ、見事なダンスの腕前、見惚れました。」
「又、相手が出来る日があったらいいが…。他の殿方も捨てがたい。頭の片隅にお前の事は覚えておこう。」
「有難うございます。」
ああ…これは罰なのか。
エリオットは失意のまま、王宮を後にするのであった。
そして、その夜、悩みに悩んだ。
この気持ちのまま、王都にいるのは辛い。
ああ…辛いのなら、サリア王女の事を諦めて離れてしまおうか。
公爵家の経営を引退していた両親に任せて、
国境の騎士団に2年の期限付きで、エリオットは赴任する事にした。
その前に、自分が付き合いが過去にあった女性達に、
謝罪の手紙と共に、花を贈った。
これで許されるとは思えないが、彼女たちを傷つけてしまった謝罪をしないと気が済まなかったからである。
国境に着けば、そこは男しかいない騎士団の警備隊。
エリオットは王宮騎士団長と同等の腕が立つと評判だったので、歓迎された。
そこの警備の第一騎士団の騎士団長が、エリオットに、
「隣国との関係は良好だから、危険はない場所だが、相手国に舐められる訳にもいかないからな。気を引き締めて警備してくれ。」
「解りました。」
国境に建てられている城壁の上を歩いて、隣国を眺める。
すると、手を振る人影を見つけた。その人影は馬に乗って、こちらへ走って来る。
「おおいっ。イーストベルグ公爵。私だ。私。」
城壁のすぐ下まで走って来たその人は、サリア王女であった。
「サリア王女様。」
城壁の下は隣国である。だから、城壁の上からエリオットは話をするしかない。
「お前が、国境の騎士団へ行ったと聞いてな。喜べ。私も国境の騎士団の責任者に志願して任命されたぞ。」
「え???何故?」
「決まっておろう。お前ほどの男はいないからだ。だから追いかけてきた。」
「他の男を見たいと、おっしゃっていましたが。」
「見るまでもない。お前が一番だ。お前が私に気があると気が付いていたから、懲らしめてやりたくてな。お前は女心を弄んでいたと聞いていた。だから、私もお前の心を弄んでやったのだ。反省したから、ここへ来たのだろう?」
「ええ。そうです。嫉妬の苦しさを知ったからこそ、ここへ来ました。」
「それならばよい。2年間、こうして話をする事しか出来ぬが、よろしく頼むぞ。」
馬を返してサリア王女は行ってしまった。
なんて嬉しい事なのだろう。サリア王女が自分を追いかけてきてくれた。
エリオットの心は希望に燃えた。そうだ。毎日、サリア王女に城壁から愛を叫ぼう。
あふれ出る思いを口にしよう。
第一騎士団の騎士団長は、隣国に舐められるなとエリオットに注意をしたが、
エリオットとサリア王女は、国境越しに、毎日、話をし、愛を叫びあったせいで、両国の国境警備の騎士団の中でアツアツのカップルとして有名になってしまった。
結局、互いに耐えられなくなり、1年後には国境警備の騎士団から退団して、王都へ戻り、
改めて婚約をすることにした。
久しぶりに戻って来た王都。
王宮へ行き、ファルト王太子殿下に、戻って来た報告をした。
「サリア王女と婚姻するそうだな。まったく、国境で愛を叫ぶとは。エリオットも、困ったことをしてくれたものだ。」
「申し訳ございません。殿下も結婚が来年になったそうで、おめでとうございます。」
ファルト王太子はサリア王女の姉、ミリアと来年、婚姻する事になっていた。
「いや、互いに義理兄弟になる訳だな。これからもよろしく頼むぞ。」
王宮を後にすると、マリアーヌ・セーシュレスティ公爵令嬢にばったり会った。
「エリオット。戻って来たのね。」
「マリアーヌ。今まですまなかった。謝罪の手紙を送ったはずだが。」
「わたくしは納得できない。貴方の事、愛しているのよ。わたくしと結婚しなさい。」
「すまないが、話は聞いているだろう?私はサリア王女と婚約した。」
「一生、付きまとってやるんだから。」
泣きながらマリアーヌは走り去って行ってしまった。
次に、ミレーユ・フィールド伯爵令嬢が待ち伏せしていたのか、王宮の廊下で顔を合わせた。
「ご婚約おめでとうございます。」
「ミレーユ。久しぶりだな。ありがとう。君は私を責めないのか?」
「謝罪の手紙は頂きました。でも、もう、二度と女性を傷つけないで下さいませ。
わたくしも、もうすぐ結婚致しますので。」
「それはおめでとう。」
「家の都合ですわ。でも、わたくしは、貴方様と結婚しとうございましたわ。」
涙をポロリと流すミレーユ。自分はミレーユの事を酷く傷つけていたのだ。申し訳なくて、心が痛む。
そして、ミレーユはエリオットに、
「アシュリーナ。覚えておいででしょうか?」
「ああ、平民の花屋の女性だったが。」
「貴方の事、恨んでいるらしいですわ。気を付けて下さいませ。」
「そうなのか。確か、一途な女性だったからな。忠告有難う。」
ミレーユは失礼しますと、その場を去っていった。
そして、しばらく日にちが過ぎて、
エリオットはご機嫌である。
サリア王女側の支度が整ったので、今日、嫁に来るのである。国境まで迎えに馬で出かけた。
そうだ。サリア王女に会う前に、花を買って行こう。
街中を従者達と馬で通った、エリオットはそう思った。
ふと、花屋が目に留まる。
どこかで、見たような…。そうだ、前に付き合っていたアシュリーナの家の花屋だ。
嫌な予感がした。アシュリーナは、純粋な女性だった。だから、遊び半分で付き合っていた女性の中で、一番、結婚にこだわっていたような気がする。
エリオットの事を恨んでいると、ミレーユに忠告されていた。
急ぎ、この場を離れた方がいい。そう判断し、離れようとしたその時、
アシュリーナが、目ざとく見つけたのか、声をかけてきた。
「エリオット様。国境へ行くのなら、この道を通ると思って、私、待っていたの。」
手にはナイフを持っている。
エリオットは、馬から降りると、アシュリーナに向かって。
「私は君に刺される訳にはいかない。本当に申し訳なかった。君の事を傷つけた。
許して欲しい。」
「許せるわけないでしょう。」
アシュリーナがナイフを持って突っ込んできた。
エリオットはそのナイフを叩き落とした。
泣くアシュリーナ。エリオットは抱き締めて、その背をあやすように撫でて。
「本当に申し訳ない。アシュリーナ。どうか許して欲しい。そして、君には幸せになって欲しい。そう願っている。」
アシュリーナは、大きな声で泣いた。余程辛かったのだろう。
エリオットは二度と、女性を泣かせることはしないと改めて誓った。
本当に…人の心を想像する事に、私は欠けていた。
人の心を傷つけ、弄ぶことはどれだけ愚かな事だったのだろうか。
エリオットは、アシュリーナと別れて、別の花屋で花を買い、愛しいサリア王女と再会するのであった。
それからしばらくして、アシュリーナから手紙が来た。
元気に両親の元で花屋を手伝っています。最近、好きな人も出来ました。
この前はごめんなさい。どうか、サリア王女様と幸せになって下さい。
と綴られていた。
心の底から安堵した。アシュリーナには幸せになって欲しい。
ミレーユ・フィールド伯爵令嬢は、エリオットが国境騎士団から戻る前に、別の貴族と婚約していたが、結婚した。
夜会で会った時に、アシュリーナの事で礼を言ったら、
「貴方が死なないで良かったわ。どうか奥様を幸せにして差し上げて下さいね。」
と、言われた。隣にいたサリアは、とても恥ずかしそうに照れていた。
マリアーヌ・セーシュレスティ公爵令嬢は、エリオットの事が諦めきれず、
エリオットは婚姻後も不倫を持ちかけられたが、サリア王女、いや、今はイーストベルグ公爵夫人に、ひと睨みされて、おとなしくなった。
大人の関係だったリュシエール伯爵未亡人は、別にエリオットに執着する事も無く、自由気ままに恋愛を楽しんでいる。そういう人だ。
エリオットは生涯浮気をする事もなく、夫人のサリアに頭が上がらない真面目な夫となって、可愛い子供達にも恵まれ、幸せに過ごしたという。
生涯浮気をせずとラスト書いたのですけど、この男、浮気の虫が騒いでいるようです。エリオット討伐戦書きたいです。