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未来の情景は洋々

 そして、本日。


 強引にと言うよりは最終的に懇願するような形となってほぼ無理矢理の呼び出しとなってしまったため、少し不安げで落ち着かない感じになっている彼女を連れ、私は、シフトがない休日の昼間にバイト先の珈琲専門店へとやって来ていた。


 この店に来るには、著名な観光地でもあるこの都市の中心部に位置する繁華街のド真ん中であり尚且つ昼間は明るく人通りもそれ相応にある場所ではあるが、少し静かで裏寂れた感のある細い路地を、暫くは歩き続けることになる。

 ので。店に入る時点で既に、彼女は、少し挙動不審な状態へと陥っていた。


 が、しかし。


 地元でも有名なお嬢様学校で職員として働く姉御肌なお姉様の辞書に、遠慮という言葉は存在しない。

 などと口に出してしまったら最後、即座に始まる厳しいお叱りの数々を延々と聞き続けることに為りそうなものだが...まあ、そんな感じで、少しギクシャクした雰囲気を纏う私たち二人が店に入るや否や、問答無用で怒涛の攻勢が始まり、あっという間に意気投合して、いつの間にやら彼女はガッツリとお姉様の懐の奥深くへと抱え込まれていたのだった。


 はい。私の出番は、全くありませんでした。

 そう。ただの水先案内人、ですね。

 うん。想定通り、です。


 何だか何かが微妙に違うような気がしない訳でもないが、自身に課した条件は満たしたので、問題なし。だと思う。思いたい。いや、そう思う事にする。


 と、まあ、兎にも角にも何とか無事に、彼女は、強烈かつ力強くて頼りになる味方と一歩踏みだす為に必要な詳細情報および手段を入手する事ができたのだった。

 その上、更には。

 いつも通りにふらりと現れた老舗商店経営者である雰囲気も見ためも丸い常連のおじさんも、怒涛の弁論大会(?)に途中から参戦。

 この何とも人の良い雰囲気を漂わせる風来坊な常連さん、実は、全国各地から修学旅行生が押し寄せる土産物屋さんも数多く犇めく近隣の商店街で理事さんを務めているらしく、幼い頃からの顔見知りだという傍若無人なお姉様と二人、熱い激論を展開し始めた。

 学費の減免と必要最低限の無利子奨学金と学生寮を活用しつつ、如何に学業に悪影響を与えず有益な経験と将来を見据えた人脈構築に役立てるためのアルバイトを、本人が楽しめて無理のないレベルでするには、どんなお店にどのような条件のシフトで入るのが一番良いか、と。


 うん。カオスだね。


 全くもって、私の出番はない。

 けど。山のように積み上がって見えていた課題は、続々と解決していっている。

 うん、うん。目論見通り、完璧だ。という事に、してしまおう。


 そうして、彼女を横に二人の常連さんが激論を交わしたりしながら、和気あいあいと私そっちのけで騒いでいたと思ったら、一抜け、二抜けで、いつの間にやら常連さんは二人とも帰ってしまっていた。


 まあ、お二人とも、何やかやとお忙しい人のようで、普段もそれ程はこの店での滞在時間が長い方ではないのだ。

 いつもフラフラと多い時には日に何度も来店する事がある老舗商店経営者の小父様(おじさま)の方は別格としても、剛毅なお姉様は本当に何かとご多忙なようで来店間隔も不規則だし滞在時間も比較的に短めとなる傾向にある。

 今回の彼女との顔合わせというか進学相談対応も、実は、お姉様の都合に合わせて調整するのに少しばかり難儀したのだ。


 そんな感慨に耽りながら、私は、漸く静かになった店内のカウンター席に彼女と並んで座り、余韻に浸って心持ち放心しつつも少し和みながら大人しく、珈琲の香りを楽しんでいた。


 すると。

 今度は、この都市で生まれ育ってこの都市らしさを体現したような和風美人である気風の良いキャリアウーマンさんが、ご来店されたのだった。

 仕事の合間の休憩時間、かな。などと考えながら軽く会釈をすると、何故だか、(おもむろ)に彼女の隣りの席へと座る。

 そして。

 ニッコリと笑って簡単な自己紹介をしたかと思ったら、怒涛の勢いで彼女へのレクチャーを開始したのだった。


 ええっ?

 なに、この流れ。聞いてないんだけど...。


 けども、明かに、シャキシャキで切れの良い強気な発言を地元のはんなりとした言葉で弾丸のように連射する色白で和風の美人な常連の大人な女性の口からは、彼女の事情を正確に把握していると思しき発言がポンポンと飛び出してくる。

 そんな和風美人で大人な女性の常連さんに、最初は戸惑いがちだった彼女も、途中からは相手の話術に引き込まれてしまったようで和気あいあいとなり、熱気を帯びてきた会話に没頭していくのだった。


 うん。これは、良い傾向だと思う。

 が。またもや、私の出番は全くなかった。


 傍から見ると仲の良い姉妹のようにも見える二人は、英語の色々な効率的で実践にも役立つ勉強方法から始まって、各種資格についての取得方法と学習のコツや難易度からお役立ち度まで全てを網羅した仕事での活用に取り組んでいる資格取得者ならばこそ分かる経験談へと話題を展開し、お互いに共感するところが色々とあったようで、やっぱり私そっちのけで、意気投合して大いに盛り上がっているのだった。

 が。暫く経った頃に、大人な女性の常連さんが時計を見たかと思うと、うわヤバッ、と真顔で言ってから挨拶もそこそこに、大慌てで帰って行ったのだった。



 * * *



 繁華街の片隅にある美味しい珈琲が飲めるとその筋では有名な老舗の珈琲専門店で、多彩な常連さんの連係プレイによって、進路に悩む高校三年生の女の子への一方的なアシスト対応が終わった。


 彼女の学力であれば成績優秀な奨学生として進学するのも不可能ではない才媛が集う名門お嬢様学校の職員であるお姉様から、著名な観光地であるこの都市の全国各地から修学旅行生が押し寄せる商店街で理事さんを務める小父さんに、色白な和風美人でありながらも切れの良い強気な発言が地元のはんなりとした言葉で飛び出すキャリアウーマンな出来る大人の女性まで。

 大学の募集要項から経済的支援制度の要諦までを網羅した進学相談に、学生生活を有意義かつ楽しく過ごすための生活相談と、自立する働く女性としての心構えや貴重なノウハウと経験談の伝授などなどに至る迄のフルセット。


 なかなかに濃ゆい、充実した一日を過ごせたのではないだろうか、と思う。


 当初は少し不安げで落ち着かない感じだった彼女も、店を出るときには満面の笑顔で、憂いなど奇麗サッパリ晴れて希望に満ち溢れた良い表情をしていた、と思う。

 そして、今も。

 初めて来た場所なので迷うといけないから、と少し強引に見送りに付いて来た私に、輝くような笑顔を見せている彼女。


「今日は、本当にありがとうござました」


 そう言って微笑む、彼女の笑顔が、眩しい。


「いやいや、私は、何もしてないよ」

「そんな事ないです」

「今日も、私は、周囲の人たちに促されて繋いだだけだからね」


 彼女に釣られて、私も、笑顔となる。

 ただ。半分ほどは、自嘲の笑みとなってしまったが...。


「でも。困っている私を、いつも真っ先に見つけて助けてくれました」

「それは、人として当然のこと、かな」

「...」


 休日にもかかわらず少し草臥れた制服と革靴に素っ気なく飾り気の全くない靴下とヘアピンを追加装備して丁寧に手入れした髪をおかっぱ頭にした、整った造りの顔に小柄で女の子らしさも兼ね備えるスリムな体型の女子高生。

 けど。たぶん、約半年後には、垢抜けて元気な可愛らしい才女になっている、だろう女の子。


「今日は、急に無理を言ってしまって、ごめんね」

「そ、そんな事ない、です」

「受験生の貴重な時間をかなり取ってしまったけど、それだけの価値はあったかな?」

「はい!」

「そうか。それは、良かった」

「本当に、ありがとうございました」

「ははははは。これからが正念場、だからね。頑張って」

「はい」

「さあ。目標は定まって手段も確保できたんだから、後は行動あるのみ、だよね?」

「はい!」

「じゃあ、またね。健闘を祈ってるよ」

「ありがとうございました!」


 深々と頭を下げた後、背筋を伸ばして迷いなく、真っ直ぐに駅の方へと歩き去って行く彼女。

 私は、この子に幸あれ、という思いを込めてその後姿をいつまでも見送るのだった。


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