初見の挨拶は天然
いつもの時間にいつもの電車、いつもの車両で、いつもの位置。
夜も遅い時間に始発駅から乗車した私は、今日も運良く空いていた扉に近いベンチシートの席へと座り、ボンヤリとしていた。
地下鉄線との乗り換え駅でもある最初の停車駅で、大勢のお客さんが乗ってきて少し混雑気味となってきた車内を、いつもの様に、焦点を特に合わせることなく漠然と、見るともなしに眺める。
ふと。視線を感じてそちらへ顔を向けた私は、制服にローファーを履いたおかっぱ頭で洒落っ気は全くないが小柄で可愛らしい女の子と、バッチリと目が合った。
そして。何やら言いたげな表情をしている女の子と暫く見詰め合った後で、私は、思わず納得。
「ああ。あの時の...」
そう。彼女は、ちょうど一週間前に遭遇したちょっとしたアクシデントの主人公だった。
* * *
私は、私と彼女の目が合った次の次の次の駅で、一旦、電車を降り、ホームの端にある人けの少ないベンチに座って次の電車を待つことにした。
込み合っている上に騒音も其れなりにある車内では、彼女が話し辛そうだったので、彼女の降車駅で一本後の電車を待ちながら少し話をする事にしたのだ。
が。いざ、話を聞こうとその場を設けてみたら...困った。どう切り出したら良いものやら、と。
ははは。間が開いて、改めて会話を再開しようにも、話の取っ掛かりに窮してしまったのだった。
本当に、我ながら、少しばかり情けない。
とは言え、すぐに来る次の電車に乗らないと帰宅が困難になってしまうので、時間もない。
背に腹は代えられず、えいヤアの勢いで、私は彼女に話し掛けてみた。
「ど、どうも」
「は、はじめまして!」
「「...」」
あ、ああ...噛んでしまった。とほほ、だなぁ。
っと、思っていたら。
間髪入れずに返された予想外な初対面の挨拶に、私は、彼女と顔を見合わせてしまった。
彼女の方も台詞の選択に間違ってしまったという考えに至ったようで、微妙に、頬が赤かったりする。
うん。
やっぱり、可愛いよね。
と、まあ、それは兎も角。
よくよく考えてみると、彼女にとって私は面識がない人物、と言えなくもないか。と、思い直す。
そう。私が彼女と初めて対面した時、彼女には意識がなかった訳だし、その後の諸々に私が対処していた際にも、やっぱり、彼女が私の存在をキチンと把握できるような状態ではなかった、筈なので...。
彼女の頬が赤くなっているように見えたのは、私の気のせい、かもしれない。
などと、どうでも良い事柄に意識を持っていかれそうに為りながらも、ここは年長者としての矜持を示すためにも議事進行に尽力しよう、と気を引き締める。
「あの後、大丈夫だった?」
「は、はい...」
何やら気まずげな様子の彼女。
と、今更ながらに、私は違和感を覚えた。
んん?
そう言えば、どうして彼女は、私があの時の男だと分かったんだろうか...。
私の顔をシッカリとは見ていない、よね?
あれれ?
私が様子のおかしい彼女に気付いた時には既に、意識朦朧でほぼ気を失いかけていた状態だった、と思う。
大慌てで席から飛び上がる様にして立ち上がった私は、当然ながら周囲から注目を集めた。
そんな私の視線がクギ付けになっている女の子にも、幾人かの視線が向き、その中の何人かの目敏い人たちが、その女の子の相当にヤバい様子に気付く。
そんな目端が利いてある意味で野次馬根性が旺盛な人たちの中で、すぐ近くの扉の傍で手摺に掴まり外の景色を眺めていた小母さんが、私とほぼ同時に、大慌てで駆け寄ってきた。
そして。私とその小母さんの二人掛かりで、その女の子を私が座っていた席へと座らせ介抱したのだ。
女の子は一瞬だけ気を失っていたようだが直ぐに朦朧としながらも意識を取り戻し、次の駅で降りますといった意味の言葉を何とか発したので、少し休んで多少はマシな状態となった様子の女の子を私と小母さんの二人で支えて降車させ、駆け寄ってきた駅員さんと一緒に駅のホームにあるベンチへと座らせて介抱を続けた。
主に小母さんが駅員さんに事情説明を行い、駅員さんと小母さんで女の子の回復具合を見ながら帰宅先など今後の対応に必要な情報の聞き取りをしていたのだが、私がここからあと二十分ほど乗車した先の駅まで戻る途中だと分かると、すぐ終電になるので後は任せて良いと請け負ってくれて、私だけ一人先にその場を離脱することとなった。
女の子の方はまだまだ朦朧とした様子で気にはなったのだが、親切なその小母さんが元々この駅で降車予定だったという話だったのでお任せすることにして、私は、念のために駅員さんに自分の携帯番号を伝えた上で、次に来た電車へと乗って帰宅したのだ。
だから。私は、彼女と顔を合わせて会話していない、筈。だよね?
う~ん。
まあ、良いか...。
「まあ、元気になったようで良かった」
「ありがとうございます」
「けど。こんな遅い時間に、女の子が一人でウロウロしているのも良くないよね」
「すいません」
「いやいや、ごめん。責めてる訳ではないんだ」
「...」
「わざわざお礼を言いに来てくれたんだよね。ありがとう」
「いえ、こちらこそ、あの時は本当にありがとうございました」
再会した当初こそ初々しくて天然気味な反応だったが、彼女は、パッと見た感じの印象を裏切らない真面目でシッカリとした感じの高校生三年生の女の子だった。
私は、そんな感想を抱きながら、話しかけられた話題に追随できるよう腐心しつつも出来るだけ聞く姿勢を堅持し、彼女との会話に集中するのだった。