ブレンド
ブレンド。
取り敢えずといった感じで無難な選択肢として注文される、喫茶店の標準的なメニュー。
居酒屋の場合だとビールがそれに該当する、のかな。
そう。取り敢えず、ビールで。と似た感じで喫茶店では注文される、ブレンド珈琲。
そんな軽い扱いを受けるブレンド珈琲、だが。
珈琲専門店や美味しい珈琲を売りとする喫茶店では、一般的に、その店の看板メニューだ。
ブレンド珈琲。
複数の珈琲豆を独自の配合で混ぜ、苦みと酸味のバランスを取って美味しく仕上げる。
その一方で、コストも抑えて気軽に飲める価格帯で提供する、薄利多売を旨とする主要な商品。
ただし。
この店には、三種類のブレンド珈琲が存在する。
とは言っても、単なる喫茶店だと認識してふらりと入ってきた一見さん、つまりは常連さんではないこの店について何も知らない初見のお客さんが、ブレンド珈琲を、と注文された際に供するメニューは決まっている。
ただ単に喉を潤し一休みする為だけに珈琲を求めるお客様には、サントス・ブレンド。
ブラジル産のサントスという銘柄の特徴を十全に活かした、癖のない素直でストレートな軽い苦みを特徴とするブレンド珈琲の一つ。
サントス・ブレンドは、ある意味、珈琲らしい味わいの楽しめる珈琲なのだ。
ちなみに。この店の珈琲は、濃い。
そもそもが、サイフォン珈琲は一般的に他の製法の珈琲よりも濃くなる傾向にあるのだが、この店ではそれに輪を掛けて一杯の珈琲に使う珈琲豆の量が多いのだ。
老舗と言われるこの店の開店当初から変わらない、十分な量の珈琲豆を惜しげもなく使う。
だから、珈琲豆の価格高騰に伴い使用量が減らされていった後のスタンダードに従う最近の一般的な喫茶店と比べると、珈琲豆の使用量が圧倒的に多いのだ。
そのお陰もあって。この店の珈琲は、きちんと味わって飲めば、珈琲の大家でなくとも銘柄ごとの味の違いを感じることが出来るのだった。
* * *
仕事帰りのベテラン会社員。
来店する時間帯に多少のバラツキはあるが、仕事帰りに一服するため訪れる常連さん。
インフラ系のお堅い一流企業に勤務しているらしい、ベテラン会社員のおじさんだ。
物静かで、低めの声でゆっくりとした喋りで少し会話し、文庫本の小説を読みながら珈琲を一杯楽しんでから、帰って行く。
仕事途中の老舗商店経営者。
来店する時間帯に法則性はなく、一日に一回から数回ほど、ぶらりと訪れる常連さん。
近所で老舗の化粧品屋さんを経営している、という小柄で温和な感じのおじさんだ。
香港や台湾など近場の海外に、仕事(?)でよく訪れるそうで、国際線の飛行機ではビジネスクラスを使い、高級酒の飲み放題を楽しんでくる、らしい。
よく喋り、笑い、多少自虐ネタの冗談も言うが、よくよく聞くと含蓄のある発言も多いインテリな大人だ。
風来坊のような感じで来店しては、店の人間と喋り倒しながら珈琲を一杯飲み、飲み終わるとほぼ同時に、何処かへと去って行く。
全く違うタイプの大人な男性だが、お二人とも、この店でお出しするメニューはいつも同じ。
サントス・ブレンドの、無し無しの無し。
お客様が店のドアを押し、店内に入って来たのを確認した時点で、「いらっしゃいませ」と店員が揃って声を掛ける。
と同時に、珈琲を淹れる器具一式の前でスタンバっていた店員さんが、注文も聞かず徐に珈琲を淹れ始める。
お客様がカウンター席の任意の場所に座られたら、高性能な浄水器でろ過してキンキンに冷やしたお冷を、ガラス製のタンブラーに入れてそっと置く。
そして。珈琲カップのソーサーのみを、お客様の前にセットする。
珈琲が出来上がったら、湯煎していた珈琲カップを布巾で軽く拭いてから珈琲を注ぎ、予めセットしていたソーサーの上へと置く。
シュガーポットも、ミルクピッチャーも、スプーンも出さない。
珈琲の入った珈琲カップとソーサーのみ、お出しする。
この店を訪れる常連さん達には、それらを当たり前とする方々が沢山おられるのだった。




