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サイフォン

 サイフォン。


 どうしても無意識の内に化学実験の器具を連想してしまう、珈琲サイフォン。

 学校の理科の授業で行う実験では、アルコールランプが付き物だが、喫茶店でサイフォン式の珈琲を入れる場合には、ガスバーナーを使う。


 うん。ガスバーナーも、化学実験で使いそうな器具だよね。

 そういう意味では、珈琲サイフォンを使って珈琲を淹れる様子は、楽しい実験そのもののようにも見える。


 サイフォン式の珈琲。


 一般的な喫茶店で供される珈琲は、ネルドリップ式が多い。らしい。

 残念ながら、多くの喫茶店を巡ってその厨房やカウンターの中を覗いて回れる程に裕福で暇を持て余している立場でもないので、実際に確認した話ではない。が、この店のマスター曰く、そうらしいのだ。

 しかし。私が働くこの珈琲専門店では、珈琲サイフォンを使用して淹れたサイフォン珈琲を、提供している。


 ちなみに。家庭で手軽にできるレギュラー珈琲は、ペーパードリップ式。

 漏斗のような器具に紙のフィルターを被せてその上から珈琲豆を入れ、静かにお湯を注いで珈琲を抽出する。


 話が脇に逸れた。

 今の話題は、この店で提供しているサイフォン式の珈琲、についてだ。


 自家焙煎で店内挽きした珈琲豆の粉を、一時保管用の密封できる蓋付き缶から、カレーライス用の大きなスプーンで(すく)って計量。

 布製カバーで覆った陶器製で穴が多数開いた円形蓋状のフィルターを装着した、珈琲サイフォンの上側パーツである下部がロートのように細くなった部分のある円柱状のガラス製の筒に、珈琲の粉を投入する。

 それが、老舗の珈琲専門店として知る人ぞ知るこの店の流儀、だ。


 珈琲サイフォンの下側パーツである、自立させる為にコの字型の足が付いた金属製の支柱で上部にある小さな注ぎ口となる突起部が固定された球形のガラス容器に、その支柱の過半を占める範囲に装着された木製の握り部分を左手で掴んで、右手に持った細口ドリップポットからお湯を注ぐ。

 珈琲サイフォンの球形ガラス容器の部分を自分の目線がある位置まで一時的に持ち上げてお湯の量を再確認し、定位置であるガスバーナーの炎があたる位置へと戻してから、ガスバーナーに点火。

 珈琲サイフォンの球形ガラス容器の部分に入っているお湯が沸騰したら、珈琲の粉を入れた珈琲サイフォンの円柱状ガラス製筒の部分を上から差し込み、ガスバーナーの炎を調整しながら、下から湧き上がって来るお湯と珈琲の粉を、木製のヘラでゆっくり丁寧に攪拌する。


 熟練の感覚で珈琲の抽出具合が十分だと見切ったら、ガスバーナーの炎を消す。

 暫く待ち、珈琲が珈琲サイフォンの球形ガラス容器の部分の方へと落ち始めたら、軽く振って混ぜてから、再度、ガスバーナーに点火。

 再び下から湧き上がって来るお湯と珈琲の粉を、木製のヘラで軽く攪拌したら、即座にガスバーナーの炎を消し、珈琲が全て珈琲サイフォンの球形ガラス容器の部分へと落ちるのを待つ。


 出来上がった珈琲が十分に落ち切ったと判断したら、珈琲サイフォンの円柱状ガラス製筒の部分に装着しているフィルターを覆うように溜まっている湿り気を帯びた珈琲の粉の塊に、木製のヘラで切れ込みを入れて密封状態を解除。

 珈琲サイフォンを再び、円柱状ガラス製筒の部分と金属製の支柱とコの字型足付き球形ガラス容器の部分に、分離して別々の物とする。


 再びガスバーナーを点火、球形ガラス容器の部分を加熱。

 沸騰しない絶妙な温度まで、ごく短時間、珈琲を温める。


 湯煎して温めておいた珈琲カップに、珈琲サイフォンから珈琲を入れて、出来上がり。


 こうやって、この店では、美味しい珈琲がサーブされる。



 * * *



 世界でも認められた高級ブランドの国内メーカーが製造するスポーツカーで、今日も売られた喧嘩を買ってブチ抜いたと豪語する、気さくな雰囲気のお姉様。


 地元でも有名なお嬢様学校の教授を父に持ち、そのお嬢様学校の卒業生であり、そのお嬢様学校の職員として働いている。そんなプロフィールを持つ、負けず嫌いで気が強いところはあるが現実的で気の良い、姉御肌な二十代の女性。

 土曜日や日祝などの休日の夕方など、不定期に一家で揃って訪れては、賑やかにわいわいと騒ぎながら、気紛れにその日の気分で選んだ飲み物を注文する。

 この店からも程近い老舗百貨店の駐車場に愛車を預け、近隣で買い物三昧を楽しんだ後で、一服のためにこの店を訪れる、古くからの常連さん。


 子供の頃はこの店でアイスクリームを食べるのが楽しみだった、といった思い出話すら何度か聞いた記憶もある、歳若い女性ではあるが年季の入った来店歴を持ったお馴染みのお客様だ。


 そういう意味では私の方が若輩者な上にこの店での経歴も浅いヒヨッコなので、ある意味では若手が可愛がって貰っている、とさえ言えるかもしれない。

 うん。ボケたりミスったりすると痛烈な言葉でお叱りを受けることもあるが、何だかんだとアドバイスもくれるし心配もしてくれる、優しいお姉様なのだ。


 本日は、学生募集の事務に関する愚痴を盛大に溢しつつ、傍からは窺うことなど困難な最新の大学内部事情を適宜に解説など加えながら盛り込み、一刀両断のぶった切りで辛辣な意見も間に適度に挟みながら、世間の仕組みを懇切丁寧に教えてくれた。

 そう。大変有難いことに、短くはないが長くもない期間のみで遠くない未来に去っていく事がほぼ確定している学生アルバイトでしかない私が、随分と可愛がられている。と、しみじみ思う。


 閑話休題。


 一通り賑やかに騒いで盛り上がってお喋りも沢山したので、今日も、満足して頂けたようだ。

 嵐のように脈略もなく現れて怒涛の勢いで去って行く、たぶんお金持ちで、一般的な分類では間違いなく美人のカテゴリに属している、気風(きっぷ)が良くて気さくな雰囲気を持つゴージャスなお姉様。

 大学教授の父親と現役の女子大生だという妹さんと、家族で一緒にこの店を訪れては賑やかにお喋りを楽しんで珈琲を飲み、嵐のように去って行く。


 そんな常連さん達によって、この店は成り立っているのだった。


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