G.W.鷺の沢(その3)
釣った魚で大人は一杯。
娘たちは何やら楽しそうな話題で・・・
【鷺の沢の夜】
夜も更けて、私たちはキャンプ場の広場で火を囲んでいる。
そばには大きな池が一つ。
昼間はここにも2羽の鷺がエサをついばみに来ていた。
真っ白で大きな方が『ダイサギ』、青っぽいほうが『アオサギ』だとお父さんが教えてくれた。
鳥の名前までよく知ってるね、って言うと、新形には野鳥もたくさん来るから多少は知っているぞ、だって。
お父様の『多少』は、1万件くらいに聞こえますよ!(笑)
・・・
「いい湯でしたね、汗をかいたから気持ちよかった。」
「あぁ、思った以上に湯温が高くてな。」
「手の豆がつぶれて痛かったけど。(笑)」
「塩泉だから、沁みただろう。(笑)」
お父さんと、直樹さんはヤマメを肴に日本酒を飲みながらそんな風に話している。こうやって見ると兄弟のようにも見える。
娘の贔屓目かしら・・・。
そして私たちは、ヤマメの他に家から持ってきたソーセージやらキノコやら筍やらを焼いてかぶりついている。
・・・
「釣りも、お風呂も楽しかったね~。」
「男性陣は疲れただろう。
道兼もほら、どんどん焼くからいっぱい食ってくれ。」
「ありがとう、不思議と温泉に入ったら疲れは取れたよ。
手の豆はつぶれて痛かったけど、
川底の小石の感触も心地よかったし。」
・・・
そして、私は何気なく空を見上げる。
「あ~、すっごいきれいな月!」
「ホントだ。
・・・梨桜、歌いなー(笑)」
「今のこの状況、あの歌の詩そのものだね。
・・・
(そう言って、私はあの歌のサビの部分を口ずさんでみる)
「・・・。
・・・本間さん、良い声だね。
雰囲気に溶け込むような。」
「ありがと。」
「本家だからな。」
「えっ?」
美沙の何気ない暴露に、安藤君は気づいていない。
「本家?・・・音楽家かなんかの家系とか?」
美沙はこちらに目配せしてくる。
・・・ま、別にいいよね。(そう目で返す)
「この二人があのYoutubeで歌ってる本人ってこと。」
「えっ? ・・・
ええっっっ???」
そういって、安藤君は目をパチクリさせている。
見えないよね。あのメイクするとすっかり大人だもん。
「内緒ね。あんまり騒がしくされたくないし。」
「道兼は何聞くんだ?音楽。」
「メタルは聞かないけど、ロック?メロディックロック?
フェア・ウォーニング、っていうバンドなんだけど母親の趣味でね。ずっと聞かせられてたからファンになったというか、刷り込みを与えられたというか、でも綺麗ないい曲が多いんだ。」
「へー、そのグループは聞いたことないな。今度聞いてみる。」
「ギターが得に綺麗だから、お薦め。
僕が小さいころなんてさ、『ウレ様~』とか言ってちょっと気持ち悪かったよ。(笑)」
「ぷっ、ミーハーなお母さんなんだな。(笑)」
「美沙はヘビメタだもんね。」
「うん。僕もそれ聞いた時はびっくりした。」
「うちの父さんがさ、メタルが好きで影響されたんだよなー。
アタシと35歳違うからさ、ホント昔のが好きで。
だから、梨桜パパが同じ年代のメタル好きって聞いて、すげー嬉しくなった。」
「1月には一緒にカラオケも行ったしね~。」
「うんうん。梨桜パパには内緒だけど、スマホで撮って、Youtubeに上げといたからな。」
「え~!、それ私も初耳だよ!(笑)」
(それと、美沙ちゃん、すぐそこにお父さんがいます、よ?)
「ちなみに、今の再生回数8000回くらいだな。」
「ガクッ!」
私はちょっと肩を落とす。すごくいいと思っていたのに・・・。
「これ!
お前たちが凄すぎるだけで、3か月で8000でも偉い事なんだぞ。しかも需要が少ないメタルで!
コメントもほとんど称賛ばっかりだし。」
「おーい、なんかさっきから不審な会話が聞こえてくるんだが?」
「何でもないでーす!(笑)」
「自分の知らないとこで、自分の動画が上げられてるってのも、どうなんだろう、直樹君。」
「良いんじゃないですかね。遊び心は人生のうるおいですよ。」
「おっ!、なんか急に深いなー。」
なんだか二人ともイイ感じに出来上がっているみたいです。
【深夜のコール】
釣りたての旨い川魚を肴に日本酒を飲み、心地よくテントで横になっていると、マナーにしてあるスマホが震えた。
外に出て話そうかとも思ったが、面倒になりそのままとってしまう。
『もしもし、私、加藤と言いましてご依頼を受けた者ですが、今ちょっといいですか?』
「ええ、平気ですが、何か急ぎの用ですか?」
『はい。とりあえずお耳に入れて判断をもらおうと思いまして。
ご依頼対象を見張っていたところ、まず1枚は撮れたんですがね、偶然同じ高校の生徒の同じような現場を見かけまして。それでどうしたもんかと思ってですね?』
これはありがたい報告だ。対象が一人では繋がらない線も複数になれば繋がりやすい。
「ご連絡ありがとうございます。可能なら人手をかけて貰って構いませんので、追加で宜しくお願いします。それと、また同様の事例があった場合は、際限なく人手をかけてください。すべての条件は同じで結構です。」
『了解しました。』
「ところで、釈迦に説法で恐縮なんですが、くれぐれも最初の注意事項だけはお守りください。ともすると口を利いてくれた彼のキャリアを台無しにもしかねないので。」
『ええ。その点はご安心を。古巣に迷惑はかけられませんわ。』
そう言って、電話を切ったのだが・・・
「本間さん、今の電話・・・」
「あぁ、外で話そうと思ったんだが、面倒くさくてな、悪い。」
「俺たちは聞かないほうがいいんでしょうね?」
「いや、隠すことでもないし、隠すことで話が曲がって伝わることもあるから言うとね、娘の友達のお姉さんがちょっといけないアルバイトをしているかもしれない、って言うんで俺が調べてもらっているんだ。」
「え?・・・その友達も梨桜さんにとってとても大事なんですか?」
「いや、今回はそうじゃないんだ。
紗奏ちゃんから聞いたと思うんだが、去年の暮れに彼女たち3人が暴行未遂事件に遭ってね。そのすぐ後にまた身近で事件臭い事が起こる。まぁ事件じゃないのかもしれないが。でもね、今回は注意をした方がいいって何かが警笛を鳴らすんだ。事件ってのは、自分に起きて初めて『まさか自分がこんな事に!』って驚くだろ?ところが、大抵はその前触れが感じられるもんじゃないかと俺は思うんだよ。」
「それと、これも聞いていいのかな?ちょっと物騒な言葉がちらほら聞こえたんですが?」
「あぁ、そう誤解されても無理ないか。
説明するとね、俺が調査員にお願いしていることは女子高生の行動確認、ただそれだけなんだけど、もしこれが『警察が調べている何かの事件』に繋がっていたりすると、このことが警察の大迷惑になる可能性もある。だから、調査員の人に『警察の邪魔はしないようよろしく』ってクギを刺してるんだよ。」
「紗奏が言ってた通りです。凄い人ですね、あなたは。」
「ん?そうかな?当然配慮すべきことだと思うんだけどね。」
「今のことが当然だと思えることがもう凄いんです。」
「あのちょっといいですか?
ひょっとして、今の話ってお父さんがこっちに異動してきた件とは・・・」
「たぶん全然関係ない・・・と思うけどね。
世の中何がどう繋がってるのか分からないもんだからな。」
とりあえず私はそう言っておいた。
ただ、土井の言葉を考えるとひょっとするとひょっとするかもしれない。ゆえにOBの人たちとはいえ、念を押させてもらったのだ。
もし仮にこれが繋がっており、OBの調査が知られてはいけない者に知られでもしたら、それこそあいつの1年以上もの苦労が徒労に終わるかもしれないのだから。
登場する地名、人物、団体等は全て架空です。
お立ち寄りありがとうございました。