コンプレックス
「ねえ、あなたに訊きたいことが、あるんだけど……」
瑠璃がおずおずと言った。英二は瑠璃の顔を覗きこみ、
「なんだい?」
微笑みながら訊き返した。つき合い始めて半年。未だに恥じらうようなしぐさを見せる瑠璃のことを、改めて愛おしく思った。
英二が見つめていると、瑠璃が目を伏せた。そうして頬を赤らめ、
「私、豊胸手術した方が、いいかしら?」と言った。
「ほうきょう?」
英二はその言葉の意味をすぐには飲みこめなかった。が、すぐに察し、
「ああ、胸を大きくすることか」と呟いた。それでも、そんなふうに言うことが、瑠璃の気持ちを傷つけはしまいかと心配し、
「急に、何を言い出すの?」
さも意外だと言わんばかりに、目を見開いてみせた。
そんな英二の顔を、瑠璃が睨んだ。
「あなたは、私に気を使って、胸のことを言わないんでしょ? でも、私はずっと、気にしてた」
「別に気を使っていたわけじゃ、ないよ」
「ペチャパイだってこと、気づいてなかったの?」
「ペチャパイ、かな?」
英二がしらばっくれると、
「誰が見てもそうでしょ」
瑠璃は顔を横に向け、
「そんなふうにわざとらしく否定されると、余計に自分が惨めに思えるよ」
ふてくされたように言い、頬を膨らませた。
英二は困ってしまった。「君がペチャパイだってこと、認めるよ」と言ってあげても、瑠璃は機嫌を直さなかった。「女優のレニー・ゼルウィガーだってペチャパイじゃん」と英二が慰めると、「誰よ、それ」と瑠璃は言い返した。それならばと英二が、「ぼくはペチャパイが好きなんだ」と開き直ると、「いつも巨乳もののアダルトビデオを見てるくせに」と口を尖らせた。
そんな瑠璃の様子に、英二はもうここまでだと思った。これ以上は誤魔化せないし、誤魔化してはいけないと覚悟を決めた。
英二は言った。
「わかったよ。正直に言うよ。君のペチャパイのことだけど、実は、前から気になってた。もう少し大きかったらよかったのにって、そう思うこともあったよ」
英二は瑠璃の方へ身を乗り出した。
「でも、それも君の個性だろ? それを変える必要なんて、ないよ。君がコンプレックスを感じている部分も、そして、そのことで悩んでいる君も、ぼくはその全部が好きなんだ」
「ペチャパイのままでも、いいの?」
瑠璃が納得しない顔をした。英二は、ふうと溜め息をつき、
「ぼくだって、コンプレックスがある。言いたくなかったし、認めたくないけど、ぼくって、薄毛だろ? 君だって、そのことに今まで一度もふれなかったよね」
はっとした表情をした瑠璃に、英二は言い募った。
「コンプレックスを認めて、その悩みを人に打ち明けるのって、勇気がいるよね。人と違う部分から目を背けたり、何がいけないんだと開き直ったりするやつもいるけど、そういうやつらより、君の方がずっと立派だよ。それに、悩みを打ち明けてくれて、嬉しい……。だから、ぼくも自分のコンプレックスについて、君に打ち明けることにしたよ。……ぼく、薄毛だろ?」
英二がもう一度訊くと、瑠璃がまた目を伏せた。しばらくそうしていたが、また目を上げて、英二を見つめ返し、
「そうだね」と、ぽつりと言った。
瑠璃があっさりとそう言ったことに、英二は少し失望した。が、その気持ちを追い払い、瑠璃に訊いた。
「想像してみてよ。君は、ぼくがかつらを付けて、髪がふさふさになった姿を見たいかい? そんなこと、ないだろ? 今のぼくを、愛してくれてるよね。同じなんだよ。君がペチャパイを気にしてるのはわかるけど、ぼくは今の君を愛してるんだ。だから、君が豊胸した姿なんて、見たいとは思わないんだ」
わかってくれたかい? と英二は優しく言い添えた。
瑠璃はまた、黙ってしまった。そうして、英二をじっと見つめた。その目は、英二の頭の方へ向けられていた。英二にはそう思えた。
瑠璃が口を開いた。
思いきったように、
「私、豊胸手術、するね」
と言った。