泉にとらわれた話
今度はまたおれが話そうか。
これも、戦地できいた話だ。
その昔、鬼とのいくさが今より激しかった頃。
戦地では、陣地をとったりとられたり。ようやく落ち着いても、小鬼どもがすぐやって来て何もかも壊しちまう。手間をかけて掘った井戸も、何もかもだ。
だから、水場は貴重だった。
敵のいない場所に大きな泉でも見つければ、その兵士は褒美に袋いっぱいの銭をもらえたとか。
さて、偵察にでた若いふたりの兵士が、泉を見つけた。
大きさは、それほどでもない。深くもない。せいぜい、ひざまで浸かるくらいのものだ。
ただの、雨水だまりのようにも見える。
確かめるために、兵士のうち一人が、靴をぬいで泉に踏み込んだ。中心あたりで、水面が動いているように見えたからだ。そこから、水が湧いているのだと思った。
近づくにつれ、かすかに動いているように見えた水面に、妙なものが見えた。
ボンヤリした霧のようなものが、浮いている。
手をさしのべると、逃げる。
目の錯覚のようでもある。
「オオイ、何をしている。」
もうひとりの兵士が、岸から声をかける。
「イヤ、何んでもない」
兵士は、そう答えて、手で相棒をおしとどめた。二人で足を濡らすことはない。
湧き水であることは、確かのようだ。足元に、かすかに水の流れが感じられる。
兵士は、相棒のところに戻ろうと、水を踏んで歩きだした。
「何をやってるんだ。」
相棒の声がする。
何とは、どういう意味か。
「はやく、こっちへ来ぬか。」
いわれて、足を早める。
おかしい。
もう、二十歩も進んだはずなのに、岸にたどりつかない。
岸にいた兵士は、不思議な光景を見ていた。
たしかに、泉の中の兵士は、歩いている。
足があがり、体が前に進んでいるのが見える。
けれども、いっこうに、兵士はこちらに近づいてこない。
「助けてくれッ!」
叫び声が、やけに小さく聞こえる。
人を呼んでくる、といって、岸にいた兵士はいったんそこを走り去った。
そして、他のものを連れて戻ってきたとき、まだ兵士は泉の中にいた。
勇敢なものが泉に入り、助け出そうとしたが、なぜか触れることができなかった。兵士のまわりにはボンヤリとした霧が巻き付いて、手をのばしてもすり抜けてしまうのだった。
何をしても泉から出せないので、やがて、仲間たちは諦めて去ってしまった。
閉じ込められた兵士は、ションボリと座りこんで、ただ見送るばかりだった。
一緒に偵察をしていた兵士は、それから何度か、様子を見にやってきた。
泉の中の兵士は、5日後に倒れた。
その死体は、すぐに霧に包まれて見えなくなってしまったそうだ。




