魔剣にとりつかれた話
では、おれがもうひとつ、都できいた話をしよう。
魔剣、というのがある。むろん、見たことはないが、奇妙ないわれのある剣や、人をまどわす剣のことを、そう呼ぶそうだ。
都からはるか離れたある町に、魔剣づくりの名人がいた。
その職人が作った剣は、よく人の肉を切り、みずから血を求めたという。
さて、あるとき一人の剣士が、職人に金を払って剣を求めた。
剣士は職人の評判を聞いていたので、大金を払い、そのかわりに、これまでで最高の剣を作るようにいった。
職人はこれを引き受け、秘術をつくして、黒く輝く剣をつくった。
その秘術が何であったかは伝わっていないが、職人は娘とともに、夜を徹して作業をしたという。
剣士は剣を受け取り、褒め称えたが、やがて一つの疑念が胸に持ち上がった。
この魔剣と同じものを、職人はまた作るのではないか。
そうすると、自分が持っている剣が、最高の剣ではなくなってしまう。
この、黒い輝きは、自分だけのものにせねばならぬ。
剣士は、一太刀のもとに職人を斬り殺し、逃げた。
さて、数年が過ぎた。
剣士は、あちこちで武芸者と戦い、そのたびに剣に血を吸わせた。適当な相手が見つからぬときは、街のごろつきや、時には女子供を手にかけることもあった。
生活はすさんでゆき、剣の手入れもろくにせぬようになったが、魔剣は刃こぼれひとつなく、血の汚れもすぐに消えて、黒く輝き続けたそうだ。
さて、剣士は旅の途中、酒場に入った。
人の少ない時間だったが、酒場はからっぽというわけではなかった。女のひとり客、数人の男。しかし、男を見咎めるものはなかった。故郷から遠く離れたこの地では、男の所業を知るものもいない筈だった。
さて、店主が酒をつぐと、男はそのやり方が気にくわず、文句をつけた。
腰に剣をさした、見るからにいかつい男が相手だ。普通なら、店主が謝って終わるところだ。しかし、このときは違った。
店の隅にいた男たちが、割って入ったのである。
男たちは武装していた。どうやら、用心棒らしかった。
剣士は、よろこんで魔剣を抜いた。あっという間にひとりを斬り殺し、残りを追いつめた。逃げようとした者は背後から刺した。
そして、最後のひとりが、魔剣の刃を刃で受け、力くらべとなったとき、
店のすみにいた女の目が、ぎらりと光った。
その瞬間、ばきんと音をたてて、魔剣の黒い刃がまっぷたつに折れた。
剣士は、あわてて剣をひいた。が、そのときには相手の刃が、ずぶりと剣士の首元にささっていた。
すわっていた女は、いつの間にか立ち上がってこちらを見ていた。剣士は顔を覚えてもいなかったが、それは、魔剣づくりの職人の娘であった。
剣士が斃れたあと、女は、床に手をついて、ひとこえ大きく啼いた。
そして、口元の牙をぎらつかせて、折れた魔剣の刃をくわえ、走り去った。
その後、娘がどうなったかは、誰も知らぬ。
そんな話だ。