火の玉についての話
おれの祖父が幼いころ、火の玉を見たという。
冬も深まったころ、外で遊んでいるうちにとっぷりと日が暮れてしまい、暗いなかを歩いていると、足元を、奇妙なものが転がっていくのが見えた。
ぴかぴか、星のように光る、火の玉であった。
ころころ、ころころ、と、ときおり飛び跳ねるようにして、進んでいく。
祖父は、それを蹴り飛ばさぬよう気をつけながら、後を追っていった。しばらく走ってから、ふと気がつく。
これは、自分が帰る道と同じではないか。
いぶかしく思いながら、火の玉を見失わぬよう進んでいくと、やはり、自分の家であった。
ちょうど夕餉どき。もう、日は暮れているが、家の窓からは灯がもれている。
火の玉は、窓のすきまから、すいと飛び跳ねて入っていった。
祖父が、急いで扉をあけて家にとびこむと、歳の離れた姉が、床にごろりと横になって鼾をかいていた。
窓からとびこんできていた火の玉は、ぴょこんと大きく飛び跳ねて、姉の顔にむかって落ちていった。
あっと叫ぶ間もなく、火の玉は姉の口のなかにとびこんでいった。
ぼりぼりと、何かが砕ける音がした。それから、しばらく歯ぎしりの音。
姉が、大きくのびをした。むくりと起き上がって、「ああ、帰ったのかい。」そういって、夕餉の鍋にむかって歩み寄った。
姉の口のあたりから、何かが落ちた。それは、虫の脚のように見えた。
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それと似たような話なら、おれも知っている。こちらは、もっと突拍子もない話だが。
その昔、都の北門あたりで、火の玉が舞うという話があった。若い男たちが数人、連れ立って、肝試しをするとてそこへゆき、一夜を過ごしてきた。
さて、そのうちの一人が、翌日から病を得て寝込んでしまった。
昼間から足が萎えて横になっていたかと思うと、狼のようなうなり声をあげたり、別人のような顔をして恨み言を言ったりする。
なにかに取り憑かれたとしか思えない様子であった。
3日ほどして、その男の家を、見知らぬ老人が訪れた。
「この家に、たまを呑んだものがいるそうだが。」
迎えにでた母親に、そう、いった。
「わしが、たまを取り出してしんぜよう。」
老人は、よくわからぬことをいって、母親に、縄と包丁を用意させた。
そして、男を寝台に縛りつけると、服をめくって、あっという間もなく包丁で腹を裂いてしまった。
母親は腰が抜けて、悲鳴をあげた。老人が、裂いた腹のなかに指をいれると、追い出されるようにして、傷口から、ふたつの火の玉があらわれた。
「ふうむ……こっちか」
老人はそうつぶやいて、片方の火の玉をつかまえ、自分の口のなかに入れてしまった。もうひとつは、しばらく部屋のなかをとびまわった後、ふたたび傷口から男の身体に戻っていった。
そうして、老人はもごもごと呪文をとなえ、また二本の指ですっと傷口を触ると、あっというまに血が止まった。
「このまま寝かせておくがいい。だいぶ血を失ったでな、滋養をつけてやれ」
そう、言い捨てると、老人はすぐに去ってしまった。
その後、男は病から回復したが、ひと月もするとまた奇妙な言動が目につくようになり、一年もたたぬうちに死んでしまったという。




