死を告げるものの話
西方のコンギュラスというところでは、死の国の使者というものが来るのだという。
なんでも、それは、100を過ぎるような長寿のものの家に現れる幽鬼の一種であるらしい。本人と同じ姿をして来るのだという伝承もあるが、多くは、黒い布をかぶったような格好をして、滑るように歩いて来るのだという。
使者の訪問を受けたものは、次の朝、眠るように死んでいる。葬儀の日には、大往生として、みな喜びながら見送るという。
さて、コンギュラスのある家に、50ほどの男と、その息子がいた。妻には先立たれ、男ふたりで暮らしていたのだが、父親にはどこか偏屈なところがあり、他の村人と折り合いが悪かった。
それでも、特段大きな問題もなく、畑を耕しながら過ごしていた。
そんな、ある日のことだ。
ふたりが、夕餉をすませて、そろそろ寝ようかという頃。とんとん、とドアをたたくものがあった。
息子が扉をあけると、そこに、使者がいた。
夕やみにとけて、まさしく黒い布をかぶったように、ゆらゆらとゆれるシルエット。息子より少し背が高く、横幅は、人間ふたりぶんくらいある。
使者が、おじぎをするように、ぶわり、とゆれた。
ひぃっ、と声がした。
父親の声であった。
男が振り返ると、父親が腰をぬかして、壁ぎわにへたり込んでいた。
使者から目をそらして宙をみつめながら、がたがたと震えている。
使者は、足元をぞろりとゆらめかせながら、父親の目の前まで入って来た。
そして、また、ぶわり、とゆれた。
使者が消えてのち、父親はすぐに、寝る、といって布団をかぶってしまった。眠れぬらしく、時々うなり声がする。
息子は、納得がいかなかった。父親はまだ50歳ほどで、使者の訪問を受けるような歳ではない。
父親が布団に入ると、たまらず、息子は家をとび出した。あたりを見回すが、使者が出ていってから、かなりの時間が経っている。それでも、暗いなかを走りまわっていると、妙な声がきこえた。
「見たか。あのくそ親父の、ひっでえ顔。」
「みごとに、腰を抜かしおった」
そこは、父親と揉めたことのある、ある兄弟の家であった。
「しかし、ばれぬものよな。あの息子など、あれだけ近くで見ておきながら。」
「おうよ。すぐに布をとって笑ってやるつもりが、奴らがあんまり間抜け面をするので、そのまま出てきてしまったわ。愉快なことよ」
息子は、激怒して、兄弟の家に飛び込んだ。
一通り、騒ぎが収まって、息子が家に帰ると、父親が死んでいた。
偽の使者にあまりに怯えていたので、心臓が耐えられなかったのであろうと、人々は噂したが、真相はわからぬ。
ところで、不思議なのはここからだ。
偽の使者となっていたずらをした兄弟だが、それから十年経っても二十年経っても、歳をとらない。やがて村にいずらくなり、旅に出たが、いっこうに老いることも死ぬこともなく、いまでもどこかをさまよっているという。
使者を騙った罰だと、言い伝えられている。




