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宿直の夜  作者: 楠羽毛
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海中を飛ぶ鳥の話

 西方の沿岸沿いには、潜り漁で生計をたてるものたちが大勢いるそうな。

 素潜りの達人というのはすごいもので、一度海に潜ると、かなり長いあいだ、あがってこない。おれたちが地上を歩くように、なんということもなく海の底を泳いで、貝を拾ったり、魚を突いたりしてくるそうだ。

 さて、ペルリムという海辺の村に、素潜りの名人がいた。海に潜って、えものを獲らずに戻ってくるということがなく、ほかのものが息つぎのためにあがっても、平気でずっと潜っている。

 あるとき、その男が潜っていると、海中に奇妙なものがいた。

 鳥である。

 うみどりというのがいるが、そんなに深く潜るものではない。まして、いま男の目の前にいる鳥は、男の知っているどんな海鳥とも違うようであった。

 雉のようであった。

 雉に、よく似た、色あざやかな鳥が、地上でするように、すいと翼を広げて、海中を飛んでいたのであった。

 海中なのだから、泳いでいる、というべきであろう。

 しかし、その鳥の動きは、まるで地上にあって空を飛んでいるときとまったく同じであった。ときには翼を広げ、はばたき、海底におりて歩いたりもした。

 幻をみているのか、と思ったが、どうもそんな感じではない。

 男は、興味をおぼえて、鳥のゆくほうへついていった。歩いたり、飛んだりしながら、きまった方向へ進んでいるようであった。

 やがて、息が続かなくなった。息継ぎをしにあがろうと思ったが、ふと、ここで鳥から目を離したら、二度と見つけられないのではないかという思いが頭をよぎった。

 気がつくと、男は、鳥の首ねっこをひっつかんで、水面へと向かっていた。


 息つぎをして、ふと手のなかの鳥をみると、死んでいた。


 男は、その鳥を、こころみに焼いて食ってみたところ、まことにうまかった。漁師仲間がふしぎがって尋ねてきたので、つつみかくさず話したが、あまり本気にするものはなかった。

 その日から、男はたびたび、潜って鳥をとるようになった。

 はじめは本気にしなかった漁師たちも、男が鳥をつかんでくるのを幾度も目にするうち、男のいうことを信じるようになった。しかし、実際に海で鳥をつかまえてくるものは、男のほかにはいなかった。

 やがて男は、どんどん遠くで潜るようになった。船を操るものを雇い、陸から遠く離れたところで潜っては、鳥をつかんできた。

 ふつう、素潜り漁をする漁師は、そんなに遠くまではいかない。危険だし、もっと近くで、十分に獲物がとれるからだ。

「なぜ、そんなに遠くまでいくのだ。」

 漁師仲間が、ふしぎにおもってそう聞いたとき、男は答えた。

「あの鳥が、最後にゆきつくところを知りたいのだ」


 さて、ある朝、男はいつものように船を出して、潜る準備をした。

 船頭に、「今日でさいごだ」と言って、海のある地点までいって、飛び込んだ。

 そして、男は、二度と戻ってはこなかった。



「さて、ここに、男が最後に潜った場所を示す海図がある。どうだ、見てみたくはないか。男が求めた、海を飛ぶ鳥の巣がどんなところにあるのか。もしかしたら、そこには海底をあるく人や、鬼や、けものたちの王国があるかもしれないぞ。どうだね、買わんかね。」

 俺にこの話を教えてくれた男は、そういって笑った。

「もっとも、今までこの海図を買ったやつで、生きて戻ったものはおらんがね。ハハ…」

 俺は買わなかったが。さて、お前ならどうする?

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