鬼の絵についての話
おれが都で聞いた話にも、似たようなのがある。
鬼の話だ。
といっても、本当の鬼の話ではない。絵にかいた鬼の話よ。
ある男が、都の大通りを歩いていた。
男はよいとこの生まれで、生活に困ることはなかったが、良縁にはめぐまれず、いい年になっても独身のまま、毎日ぶらぶらしていた。
そんなとき、市場で絵をみつけたのさ。
美人画だった。
ただし、頭に角がはえた、娘の絵だ。
すっとした立ち姿、体つきも、どこか普通の人間とは違うように見える。
鬼の絵であった。
男は、その絵を買って帰った。
そうして、家の壁にかざって、眺めて夜を過ごした。
絵の中の鬼娘とさしむかいで飲み、たわむれに話しかけたりもした。
独り身の寂しさもあってか、毎夜そうして、絵と話しながら酒を飲むうち、だんだん、男は本気になっていっった。
さて、男は絵を学びはじめた。
師匠をさがし、道具を買い込み、部屋にこもって毎日筆を走らせた。
高い絵具を湯水のように使うので、財産は減っていった。しかし、男は意にも介さなかった。習作を何枚も描いたが、すべて自画像だった。
男は絵の仲間と酒を飲みながら、言ったそうだ。
『なんで絵を始めたのかって? そりゃ、惚れた女を口説くためさ!』
軽い男と呆れられたが、男の真意は別にあったようだ。
さて、男の描いた自画像が、絵の師匠にはじめて褒められた日。
男は、着物を新調し、酒を買って、家に帰った。
それから、何があったかは誰も知らぬ。
ただ、数日して、男の行方が知れぬことを心配した仲間たちが家にふみこむと、そこには、古い紙に新しい絵具で描かれた男の自画像があった。
絵のなかの男は、一張羅をきて悲しそうにうつむいており、その頬には腫れたような跡が書きこんであったという。
鬼娘の絵は、どこにも見当たらなかった。