鬼が人になり、人が鬼になる話
鬼の話?
そうさな、こんなのはどうだ。
南方の黒い森の向こうに、鬼族の国があるのは、お前らも知っていよう。
では、西方はどうか。
西の果てでは、人と鬼のあいだの距離は、ここよりずっと近いという。
こんな話がある。
西の果てに、メイファブーという小さな村がある。けわしい山の上にあり、麓との交流はほとんどないそうだ。その村の人間は、生まれつき、誰でも額に小さな角があるという。
なんでも、遠い昔に鬼がこの地に住みつき、長い時間を経て人となったものが、この村のはじまりだそうだ。
さて、ある時、この村にひとりの男がやって来た。
男は商人であったが、この村の女と恋に落ち、故郷に連れ帰った。二人は夫婦となり、一緒に暮らした。女は髪で結い上げて角を隠した。
やがて、女は街の生活に慣れ、遊び歩くようになった。男はかせぎは多かったが、仕事に忙しく、家にいない時間が長かった。
ある日、男が帰ると、女が浮気をしていた。
間男とともに布団に入っている女をみるや、男の身体は動かなくなった。
声をあげようにも、舌がうごかぬ。
手も、足も。
女と、間男は、おびえてこちらを見ている。
顔の皮と、肉が、ひきつるような感触がした。
額から、ぼたぼたと血が落ちる音が。
女が、おびえた目で何かいうのが聞こえた。
角が、と。
男の額に、二本の、黒い大きな角が生えていた。
顔つきも、目も、肉の量も、何もかもすっかり変わっていた。
男は、鬼になったのだ。
おおきく声をあげて、鬼は、哭いた。
哭くよりほかに、どうすることもできなかった。
それは、もはや、この世のものならぬ叫び声であった。
そして、男は、町から消えた。
角のある女と間男は、やがて結婚し、多くの子供をもうけたという。
おれが聞いたのは、そんな話だ。あとは、知らぬ。