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宿直の夜  作者: 楠羽毛
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森の精が指をさす話

 さきほど人魚の話があったが、森にはどうも女の姿をした魔物が出るものらしい。

 おれが聞いたのは、こんな話だ。


 南方のある村では、木こりが一人もいないそうな。

 村のすぐそばに、大きな森が広がっているのに、木を切ってはいけないというのだ。どうしても切らねばならぬときは、よそから木こりを呼んでくるそうだ。

 なんでも、森の精の機嫌をそこねてはならぬということらしい。

 森の精というのは、だいたい若い女の姿をしていて、ふんわりした裾の長い服をきている。人間と違うところは、耳だ。まるで切りととのえたように、するどく尖った長い耳をしているそうだ。

 村のものは木は切らぬが、山には入る。

 枝を拾ったり、きのこや山菜をとりにゆくのだ。

 狩りにも出るが、一年のうちきまった季節だけだ。なんでも、夏のはじめの半月ほどの間だけは、森の精が留守にするらしい。その間だけは、森の動物を狩ってもよいということだ。


 森の精に出会うのは、たいてい、きのこや山菜を採りにでたときだ。

 高い木のてっぺんを見上げると、そこに、森の精がいるという。

 木のてっぺんのとんがったところに、片足のつま先だちで、まるで重みがないかのように。

 むこうがこちらに気づくと、クルクルと回る。

 片足のつま先を支点にして、踊るように、クルクルクルクルと。

 そうして、踊りながら、片手で、ある方向を指す。

 こう、回りながら片手で指したって、身体がまわっているのだから、きまった方向に腕をむけておけるものではない。あたりまえだ。だが、そこが魔物だ。下から見上げるかぎりは、どう見ても、ピタリと腕をまっすぐのばして方向を示しながら、クルクルまわっているそうだ。

 その、森の精が指している方向にゆくと、ふしぎと、貴重なきのこや山菜がたくさん見つかるという。

 しかし、時には森の精がいたずらをすることもあるから、油断はできない。

 足元をよく見ずに歩くと、あらぬところに誘導されて、気がついたら崖から落ちてしまったりする。

 そんなとき、森の精は、けたけたけた、と楽しそうに笑うという。


 さて、ある男が、この森の精のいたずらにひっかかったらしい。

 足にけがをして、ひと夏のかせぎを棒にふってしまった。

 足が治ってから、男はすぐに、大きな斧を持って森に入った。しばらく歩くと、木のてっぺんに、森の精がくるくる回っているのが見えた。

 男は、森の精が立っている木の幹に、がつんと斧をくいこませた。

 森の精が、あわてたように回転を早めた。何度も、腕をふるようにして、男の背後を指す。

 男はかまわずに、斧をふるい続けた。

 がつん、がつん、がつん。

 さほど太い木ではない。すぐに、半ばまで斧がくい込み、倒れそうになる。

 男はふと顔をあげて、上を見た。

 いつのまにか、森の精はいなくなっていた。

 目線をおろす。

 目の前に、森の精が立っていた。

 踊るでもなく、まっすぐに、こちらを指さしていた。

 男は恐怖をおぼえて、あたりを見回した。気がつくと、男は森の精に囲まれていた。木々の数と同じと思えるほど、見渡すかぎりのところに森の精がいて、みな、無表情にこちらを指さしていた。

 男は叫び声をあげて逃げ出した。森の精は追ってこなかった。ただ、腕だけを動かして、男のほうをずっと指し続けた。

 男は無事に村に戻ったが、数日後に高熱をだして死んでしまった。男が息をひきとるとき、ケタケタケタ、と楽しげな笑い声が聞こえてきたという。

 そんな話だ。

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