水ねずみの話
東方の辺境には、水ねずみという動物がいるらしい。
見た目は普通の鼠とさして変わらない。毛皮は灰色で、川や湖の底を、きゅうきゅう鳴きながら走り回るという。地上では息ができないらしく、水からあげてしばらく置いておくと死んでしまう。
魚をとっていったり、網に穴をあけたりするので、川や湖で漁をするものたちからは、嫌われている。もっとも、肉がそこそこの値段で売れるので、鉄でつくった罠で、水ねずみを専門にとる漁師もいる。
さて、こういう話がある。
セノラスという男が、旅をしていた。剣の腕をたよりに、あちこちで用心棒をしたり、獣を狩ったりして、国じゅうをうろうろしている流れ者であった。
この男が、ある村で一夜の宿を乞うた。老夫婦が暮らしている家であったが、礼がわりに旅の話をしながら夜を過ごしているうちに、奇妙な話をきくことになった。
なんでも、この村からしばらく歩いた先に、病を癒す泉があるという。
この村のものは病にかかると誰でも、そこで泉につかって治すのだという。そればかりではなく、近隣から病人が続々と集まって、近ごろは泉のまわりは人ごみで溢れかえっている。
ところが、話はそれで終わりではない。
老夫婦の息子と、その妻子が、泉に行ったまま帰ってこないのだという。
半年ほど前、病にかかった幼い子供を治すために出かけたっきり。近ごろ、そういったことが時々あるのだという。泉に行ったっきり戻らないものが、この村だけでも何人もいる。
「それならば、」とセノラスは提案した。「おれが、見てきてやろう」
さて、泉にゆくと、聞いたとおり人が大勢いて、泉につかるのに順番待ちをするようなありさまだった。セノラスは大声をあげて剣をふりまわし、人を遠ざけてから、じゃぶじゃぶと水をかきわけて泉のなかへ入っていった。
それから、がつん、がつんと剣を泉の底に突き立て突き立てして、さぐっていった。泉に入っていた人びとは遠まきにそれを見ながら、ざわめいていた。
やがて、泉の中心あたりで、剣先が深い穴のようなものにあたった。
セノラスは、泉に手をいれて、穴のまわりの岩に指をかけた。んぐむうう、と真っ赤になって踏ん張ると、地震のようにぶるぶると足元がゆれて、泉の底の岩盤が大きくはがれた。
そのとたん、広がった穴から、なにかがあふれ出てきた。
灰色のなにかが、波のように広がって、泉のなかを這い回った。鼠であった。水ねずみの群れが、泉の地下の空洞から飛び出してきたのだ。
それから、なにか白いものが大量に流れてきた。
人骨であった。
水ねずみが、人を喰っていたのであった。
セノラスは、水ねずみを掴みとっては泉の外に放り投げ、ついにすべて殺してしまった。それから、出てきた人骨を持って帰り、村のものに供養させた。
不思議なことに、それから泉の効能は消えてしまい、今では誰も寄り付かぬようになってしまったという。




