花の精が人をばかす話
ときには、花の精が人をばかすことがあるという。
そういうことをするのは、たいてい野の花で、街道のきわとか、山の合間のすこし開けたところにに生えている名もなき草の花である。
旅人がそばを通ると、例えば、こういう声が聞えてくる。
『小さくすれば大きく、熱くすれば冷たく、四角くすれば丸くなるものは?』
この声に惑わされて、立ち止まってしまうと、もうだめだ。
花の精の魔力で、二度と歩き出すことができなくなってしまう。しまいには、脚が萎えて、ゆきだおれだ。
謎に答えを返せば逃げられるともいうが、なに、本当は答えなんかないのだ。適当なことを言って、人間をからかっているだけだ。
だから、旅慣れた者は、道ばたにきれいな花が咲いていると、わざわざ踏んで歩くと云う。
なにも踏まずとも、謎かけを無視して、立ち止まらずに歩けば良いだけなのだがな。
こんな話もある。
ある男が、旅の途中、きれいな花の咲く野原を通りかかった。
草の丈は男の足首ほど、やぶというほどでもない。途中、ふと声が聞こえた気がして立ちどまったが、何ごともなくまた歩きだした。
男は流れ者であったが、その次に立ち寄った町で、腰を落ち着けることになった。
飲み屋で出会った女と、よい仲になったからである。
男は、街で部屋を借りて日雇いの力仕事につき、しばらくして木工職人の見習いをはじめ、女と正式に所帯をもった。
少しして、子供が二人できた。懸命に働いて子供を育て、やがて長男が恋人になった女をつれてくるだんになって、ふと気づく。
自分の妻と、長男がつれてきた女が、全くおなじ顔をしていた。
まさか、と思う。町へ出る。
町を歩く女たちの顔を、見る。みな、同じ顔だ。
これまで、この町で出会った女の顔を思い出そうとするが、みな同じ顔であったように思う。
まさか、そんなことがあるのか。
あったとして、なぜ、いままで気づかなかったのか。
ふと気づくと、男は、あの野原で倒れていた。
これまでのことは、すべて夢であったらしい。どのくらい時間が経ったものか、ひどく腹が空いていた。
足元を見ると、一輪の黄色い花が、今にもしおれて枯れ落ちようとしていた。




