死んだ子供が怪物となる話
おれも、少し似た話を思い出した。都で、ジュナスという男からきいた話だ。
かれの故郷の村では、子供が幼くして死んだときは、あえて弔いをせず、森の奥のきまった場所に、死体を置いてくるのだそうだ。
そうすると、数日のうちに、子供は帰ってくる。
ただし、人としてではない。
帰ってきた子供たちは、髪も耳も鼻も口もなく、目だけがボンヤリとあいて、まばたきもせず、影のように黒ぐろとした身体をノッソリと動かして、あたりをうろつき回るそうだ。
この子供たちには、けっして話しかけてはいけないことになっている。
それだけでなく、触れてもいけないし、家に招き入れてもいけない。
そうしていると、数日のうちに、彼らは森に帰ってゆく。そうすることで、子供たちは本当の死をむかえ、安らかに眠れるのだという。
さて、二十年ほど前、ある家で子供が死んだ。
原因は、わからぬ。流行り病であったのかもしれないし、事故かもしれない。ともかく、例のとおり、子供の遺体は森の奥に運ばれ、そうして次の日には、子供は戻ってきた。
ふらふらと、おぼつかぬ足取りで。
例によって、村人たちは子供を見ぬふりをした。それがおきてだ。高札のたつ広場でも、畑のきわの井戸端でも、子供の相手をするものは誰もいなかった。
むろん、家族であってもだ。
子供は、もの言いたげにきょうだいにまとわりついたが、姉も、兄も、いとわしげに首をふるばかりだった。
孫に甘かった祖母がぴしゃりと戸を閉めるに至って、子供は、すごすごと門をくぐって、大通りへと出ていった。
やがて、村と森との境界にさしかかった頃、うしろから母親が追いかけてきた。
母親は、人目がないのを確認してから、子供の手にぐっとパンのかけらを握らせると、すぐに走り去ってしまった。
そうして、子供はボンヤリした足取りのまま、村を出ていった。
「……そうやって、おれは、村を出たのさ。」
ジュナスは、そういって、からからと笑った。
「パンのかけらを喰いながら、森をさまよい歩いて、気がついたら山むこうの町に出ていた。そこで、今の親に拾われたのだ。
……子供のころの記憶は、今はボンヤリとしている。おれが怪物だったのか、村人たちがおかしかったのか、今ではわからない。」
そう言ったジュナスの手足は、なぜかうっすらと黒くて。それに、おれが見るかぎり、やつは一度も瞬きをしなかった。
この話には少しだけ続きがある。
ジュナスが成人してから、生まれた村に一度だけ戻ってみたことがあるそうだ。しかし、そこにはかれを知るものは一人もなかった。家族はおろか、幼いころ遊んだ友人や、顔見知りの姿も、誰ひとりとして見つけられなかった。
おおかた、場所をまちがえたのであろうと、ジュナスはただ笑うばかりだった。




