まつりの夜に人が増える話
年のかわる夜といえば、こんな話もある。
都で、ダレンという男にきいた話だ。
西方のファリグという村では、新年の最初の夜に盛大な祭りをするという。
その夜には、村のあちこちに大きなかがり火をたき、人びとは思い思いに着飾ってそぞろ歩き、語り、ときには男女の仲になることもあるとか。
その日には、けっして破ってはならぬ掟がある。
知り人に会っても知らぬようにし、知らぬ人と会っても知ったようにせよと。
そうは言っても、ファリグは辺境の小さな村であり、村人同士はみな顔見知りのはずだ。祭りだといって、よそから見物客が来るようなことも、そうはない。
これは、ようするに、祭りのあいだに起こったことは後に持ち越さぬようにせよという、無礼講の掟ではないか。
この祭りことを人からきいたダレンは、そう思った。
そうして、よそ者でありながら、祭りに入りこむことにしたのだという。
好奇心からとおれはきいたが、まあ、よからぬ思いもあったのであろう。
悪友を何人かさそったが、誰も来なかった。まあ、なんとかなるであろうと、篝火を目印に山道をくだってファリグに入ると、そこには、思った以上にたくさんの人がいた。
ファリグのことは、多少は知っている。老若男女すべて集めても、100人はいないはずだ。広場をかこむようにぞろぞろ歩く人だけでも、どう見てもその倍はいる。
さては、自分と同じ、よそ者が集まってきているのか。
そう思うと、がぜん気が大きくなってきた。
見れば、女たちも、みな、きらびやかな衣をまとって浮かれた様子である。ここらでは見ぬような、凝った髪の結い方をした者もいる。
しぜん、手が早くなる。
ふたりに振られ、三人目の、まんざらでもなさそうな娘を本格的に口説こうとしたところで、ぐっと肩をつかまれた。
ふりむくと、いかつい男がふたり。
ひとりは、額に角が二本。
ひとりは、ぎょろりと、白目のない真っ黒な目をして。
──これは、人ではないのではないか。
そう思うと、声が出なくなった。
「いかんなァ、よそ者がでかい顔をしては。」
角のはえた男が、ぞっとするような笑みをうかべて、そう言う。
よそ者は、どちらだ。
そう、思ったが、むろん口に出せるはずもない。
広場から引きずり出されて、ほうほうのていで村から逃げ出した。
後になって、ダレンは、祭りのことをきいた相手にふたたび会うことがあった。
「──そういうこともある。」
ダレンの話をきくと、その男は、そういって笑ったという。
「だから、おれたちは知らないふりをするのさ。いや、知っているふりを、か。」
それから、もうひとつある。
祭りの夜が明けると、ファリグでは、村人が増えていることがあるという。新しい住人は、ひとと同じ姿をして見えるが、中身までそうとは限らない。
それでも、ファリグの者たちは、『知らないふり』をするのだという。それも、大切な掟だということだ。