年のかわる夜に怪異がある話
いまの話で思いだした。
南方のブレニーという村では、年がかわる夜には、けっして起きていてはいけないそうだ。
それには、こういうわけがある。
昔、ある女が、父親のわからない子どもを産んだ。
家族はずいぶんと問い詰めたが、娘はなにも言わなかった。生まれたのは男の子で、ラダナと名付けられた。
ラダナは奔放に育てられたが、ひとつだけ、母親から厳しく言い聞かされたことがあった。年に一度、年がかわる夜だけは、決して起きていてはならぬと。
そして、年がかわる夜に眠っていると、ラダナは、きまって同じ夢を見た。
夢がはじまると、ラダナは、見たこともない道のまんなかに立っている。
夜であり、人どおりもないが、建物のようすを見るかぎり、ラダナの知っている場所とはまるでちがう、異国のようであった。
それどころか、あたりにはえている木々も、空の星さえ。
夢の中では、ラダナの体は重みがなく、ふわふわと浮いたようになって、壁をすりぬけてどこへでも入ってゆけた。建物のなかに入って、奇妙な姿をして眠っている人々や、見たこともない料理を食らうものたちを眺めたりもした。
しばらくそうしていると、きまって、天上からきらきらとした光が降りてきて、ラダナの体をつつむ。
そうした後は、いつも、よく思い出せぬ。ただ、何かとてもよいものが迎えに来て、目が覚めるまで楽しく過ごしていたような気がしていた。
ラダナが十二の歳に、母が死んだ。突然の病であった。いまわの際に、母が言い残したのはやはり、年のかわる夜のことであった。
大人にならぬうちは、けして、その夜に起きていてはならぬと。
その次の年末、ラダナはいつものように眠ろうとしたが、いろいろなことが頭に浮かんで寝つけぬ。うるさく言う母もおらぬ。ええい、起きてしまえと身を起こすと、あたりは、墨で塗りつぶしたように真っ暗。しばらくしても、いっこうに目が慣れぬ。目をこらしても、指の先さえ。
そんなことが気になりはじめると、ますます眠れぬ。
やがて、ぼそぼそとしわがれた声が聞えてきた。
「……なんとしたこと。寝ておらぬではないか。」
「これでは、連れてゆけぬ。」
「やむを得まい。今年はなしとしよう」
「いや、約定じゃ。……連れてゆかねば、われらの首がとぶ。」
「そうじゃ、約定じゃ。十六の年までは、ときまっておる。」
「なれば、仕方がない。いっそ生身で。」
「生身で。」
これも夢か。そう思うなり、ふっと気が遠くなった。
気がつくと、ラダナはいつも夢に見る、奇妙な道に立っていた。
けれども、いつもの夢と違うのは、体がまるで起きているときのように重く、ものを触ってすり抜けることもない。とぼとぼと歩くと、何度も見たことのある建物、木々、星あかり。それから、ひときわ大きい、とても明るく円い星。
どれだけ待っても、迎えは来なかった。
朝になり、人々が起きてきた。ラダナは道ばたでぼうっとしているところを見つかり、騒ぎになった。結局、ラダナはそのまま村に居着き、妻をめとり、やがて死んだという。
今でもブレニーには、ラダナが住んでいたという家がある。そこに行けば、かれがやって来たときに身に着けていたという奇妙な服や、かれが語った、もと住んでいた世界の話を記録したものなどが残っているという。