粘菌というものの話
粘菌、というものがあるらしい。その話をしよう。
なんでも、山や森に棲む、魔物の一種だという。
傷のついた木の幹や、根のあたりから、ねっとりした液体がにじみ出ているのを見たことはないか。
あれが、粘菌だ。
魔物といっても、少しずつの量なら、大したことはできない。
せいぜい、生き物の死骸にとりついて、少しずつ喰うくらいだ。
山肌を流れる清水には、粘菌が溶けていることがある。
わずかな量であれば、飲んでも害はない。胃で溶けてしまう。
が、見分けたいのであれば、水を汲んでから、しばらく置いておくといい。
器のはしに、少しずつ水が這い上がってくるように見えたら、それが粘菌だ。
そのまま、乾いたところに捨ててしまえ。
粘菌は、時とともに増えたり、減ったりするらしい。
岩にむした苔が増えるように、長い時間をかけて、ゆっくりとだ。
それに、時には、一帯の粘液が集まって、大きな流れをつくることもある。
こんな話がある。
ある嵐の日、山から流れおちる川が水かさを増して、あふれた。
それだけならばよいが、どうしたはずみか、あふれた水にはたくさんの粘液が混じっていたらしい。
水のなかで、おたがいを飲み込むようにしてくっつき合った粘液は、どんどん大きくなり、巨人よりも大きな塊になった。
そのまま、蛇が鎌首をもたげるようにして水面から持ちあがり、体をのばして、ふもとの村をまるごと飲み込んでしまったという。
もちろん、そんなことは滅多に起こらない。けれども、恐ろしいことだ。
さて、奇妙な話はまだある。
キリーリーというところに伝わる話だというが、これも、嵐の日のことだ。
その村では、大雨の日には、誰も外に出ない。
何があってもだ。外に出れば、恐ろしいことが起こるという。
その昔、嵐の日に男が家を出た。
妻が、戻らなかったからだ。大雨になる前に帰るはずだったのに。
近隣の家は窓を閉ざしていて、外には誰もいない。
雨に打たれながら、男が走っていると、ふと目の前に人影がある。
空がかたく曇っていてよく見えないが、女のようであった。
女は、だまって山のほうを指さした。
男が、女のさしたほうへゆくと、妻が、泥にまみれて気を失っていた。
山のふもとの、崖下である。足をすべらせて落ちたようであった。しかし、なぜそんなところにいたのかは、わからなかった。
動けない妻を背負って戻る途中、男は、女のいたところをふたたび通った。女は、そのままの姿でそこにまだ立っていた。
よく見ると、それは、人ではなかった。
人のようなかたちをしていたが、透明で、色がなかった。
粘菌が、人をかたどって、そこに立っていたのだ。
そして、その姿かたちは、男の妻にそっくりであった。
嵐がやんだ後、粘菌が立っていた場所にはもう何もなかった。
妻は家に戻ったものの、何かにとりつかれたようにおかしな行動を繰り返し、十日ほどでこの世を去ったという。
キリーリーの者が大雨の日に外に出ないのは、そういうわけだそうだ。