翼のない鳥が落ちてきた話
50年ほど前、どこかの土地でほんとうにあった話らしい。どこかは知らぬ。
あるとき、何もない青空から、一羽の鳥がとつぜん落ちてきた。
珍しいこともあるものだと、鳥を拾った若い男がよく見てみると、翼がない。
雉に似た、顔の赤い鳥であった。
持ち帰ってはみたものの、どうにも気持ちわるい。
庭に置いたまま、外出してしまった。
さて、用をすませた帰りに、ふと思い立って、昔のことをよく知っている年寄りに、翼のない鳥について聞いてみると、
「それは、瑞祥である」と言う。
「なれば、どうすればよいか。」と問えば、
「それは知らぬ。」と言われてしまった。
喰うたものか、それとも庭に埋めて、祠でも建てるべきか。
考えながら家にかえると、よい匂いがする。
あわてて、台所に入ると、ぐつぐつと煮立った鍋。
鳥は、もう母の手でさばかれ、調理されてしまっていた。
さて、その鍋を家族で喰うだんになったが、どうにも食が進まぬ。
父と母、妹はがつがつと顎を動かしていたが、男は一口喰うただけでいやになって、気分が悪いといってひっこんでしまった。
そのまま寝たが、夜中、どうにも胃が気持ちわるい。庭にでて、えづいているうちに、少しだけ腹に入れた鳥肉もすっかり戻してしまった。
次の日には体調もすっかりよくなり、いつもどおりに仕事にいって戻ってくると、庭の隅でなにか物音がする。
猫かなにかか、と気になって行ってみると、妹であった。
妹が、地面に落ちているなにかを、四つん這いになって喰っている。
よく見ると、それは、昨夜自分が吐き出した、鳥の肉であった。
「何をしている!」
さけんで、妹の顔を近くでみると、目がおかしい。
黒目がほとんど目の端まで広がって、薄く膜が張ったように白く濁っている。
妹は、ぼんやりと首をかしげて、平坦な声で、
「なに、が?」
と言った。
父と母の目も、妹とおなじような異形になっていたが、それを指摘しても、なんの不思議もないかのように首をかしげるばかりであった。
色々なことがあって、五年後に男は村を出た。
そのころ、十一歳だった妹は十六の娘ざかりになっていたが、見た目はまったく変わっていなかった。
さて、家を出てからはほとんど手紙もださず、仕事に精をだして時が過ぎた。三十をすぎて、ひとりだちの職人となったのを機に、一度実家の様子を見に戻ることにした。事前に手紙を出したが、返事はなかった。
行ってみると、そこに村はなく、ただ森があるばかりであった。
場所をまちがえたかとあたりを見てみると、朽ちた建材や、錆びた道具類がたくさん転がっていた。地形と照らしあわせてみると、やはりここは、村があった場所に間違いないようであった。ただ、わずか十年ほどの間に、すべての建物が朽ち、人がいなくなったばかりか、立派な木々が生い茂る森となっていたのだ。
実家のあったとおぼしき場所にいってみると、そこだけは避けたように草木がなく、百歩四方ばかりの空地となっていた。
空地の真ん中には、青白く光る岩が3つ、並んで立っていた。ちょうど人の背の高さくらいの岩で、ひとつは小さかったという。