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宿直の夜  作者: 楠羽毛
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瞑想する魔法使いの話

 魔法使い、というものを知っているか。

 女ならば、魔女ともいう。

 ふしぎな力をもち、人より永く生きるという、あれだ。

 その、魔法使いを見たという話がある。


 おれの祖父の、そのまた祖父だか、その父親だかが、まだ若いころの話だ。

 その、俺の先祖にあたる男は、山に登っては、きのこや山菜をとって暮らす生業をしていた。誰も知らぬ、珍しいきのこが採れる場所をよく知っていて、遠くの山までよく入っていったという。

 誰でも知っていることだが、山や森には、それぞれ縄張りがある。人里の近くの山は、だいたい入ってよい者が決まっていて、よそ者が勝手に入ってものをとったりすれば、殺されても文句はいえない。

 しかし、その男は、誰も入らぬような山の奥深くに、何日もかけてわけ行って、珍しいえものをどっさり採ってくるのだった。


 さて、ここから西に、10日ほどもかけて入っていった先に、ひときわ高い、けわしい山がある。

 男がきのこを採りにいく山のひとつであったが、難所が多く、中腹あたりで引き返すのが常だった。しかし、ある時、ふと思いたって、山頂まで登ってみることにした。

 草をつかみ、崖をよじ登るようにして、頂に近づいていくと、どこからか奇妙な声が聞こえてきた。獣の唸るような声だが、どうやら人らしい。

 こんなところに、人がいるはずはない。そう思いながらも登っていくと、どうやら山頂に出た。山頂は岩ばかりで、荒れ地のようだった。

 そこに、老人が座していた。

 年は、たぶん70は過ぎていただろう。髪は腰につくような長さで、赤い紐で結わえてはいるが、ぐずぐずに絡み合って汚れている。着ているものはおれたちと変わらぬ感じだが、手入れもせず雨ざらしにしたようにぼろぼろで、ほとんど崩れかけていた。

 目だけ、らんらんと光って。

 太い、ひね曲がった木の杖を地面にたてて、それを両手でおさえて胡座をかいて。唇をほとんど動かさず、それでも確かにろうろうと、うめき声のような言葉を唱え続けている。

 男が、そばに近づいても、なにも反応しない。

 もうひとつ、奇妙なことがあった。

 老人のまえに、書が、浮いていたのだ。

 ちょうど、老人の目線の先に、黒い革表紙の分厚い本が。中ほどを開いた状態で、宙に浮いている。その中には、まるで見たこともない、まっすぐな線をいくつも重ね合わせたような、奇妙な文字がびっしり。

 しばらく見ていると、ぺらり、と書が勝手にめくられた。またしばらくすると、再び、ぺらりと次の頁へ。風のせいかと思ったが、そうではないらしい。

 男は、ぞっとしてすぐ山を降りてしまった。


 それから5年ほどして、男はふたたび思いたって同じ山に登ってみた。頂上が近づくにつれ、前と同じようなうめき声が響いてくる。

 勇気を奮いおこして山頂にゆくと、そこは前のような荒れ地ではなく、草や低木の茂る藪になっていた。ハテ、と思ってよく見ると、ちょうど、前回老人が座っていたと思しきあたりに、大木がある。

 子供の掌のような葉の茂る、とても10年や20年ではきかぬ巨木であった。

 根本あたりに、しゃれこうべがひとつ。うめき声は、そこから響くらしい。

 これはと思って探してみると、近くに、やはり書が浮いている。5年前と毫ほども変わらぬ様子で、黒い革表紙の本が、ぺらり。

 男が、震える手でその本を掴むと、声はふっと止み、本はすぐに重みを取り戻して手のなかに残った。

 男は本を持ち帰り、家に置いた。奇妙な文字ばかりではあるが、その後は勝手に動くこともなく、子孫がそれを受け継いだ。それからずっと家にあったが、俺の祖父の代で、どこぞの好事家に売ってしまったということだ。

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