奇妙な夢を見た男の話
ちょっと、毛色のちがう話をしよう。
春のおだやかな日、ある男が午睡をしていた。
ふと気づくと、大きな森のようなところにいる。ハテ、と思ってまわりを見ると、奇妙な樹がびっしり生えているが、どこか見覚えがあるようでもある。
よく見ると、これは草であった。
自分の背丈が、草よりも小さくなっているので、大樹のように見えたのだ。
畢竟これは夢であろうと思い、あちこち歩いてみると、やはり自分の家の庭であった。見慣れた塀は天をつくように高く、小石は大きな岩のよう。
これは面白いと、ずんずん道へ出てゆく。なにせ夢なのだから、怖いものはない。
飼い猫の目をぬすみ、子供の足音を避けながら、冒険気分で大通りへと出ていく。さいわいにして、人通りは少ない。
ふと、訊いたことのある声が耳にとどいた。
妻の声であった。
近所の女連中と、通りの端で集まって喋っているようだ。
おい、
と、声をかけようとして、思いとどまる。夢とはいえ、さすがに、この姿では。
そのまま、道の隅に身をひそめて、様子をうかがう。
──うちの、旦那ときたら。
なにか、愚痴をこぼしているようであった。
──毎日、朝メシを食べる仕草がサ。どうにも。あの口が。
そういって、ケタケタと笑う。一緒にいた女たちも、一緒に。
さすがに耐えがたく、男はずいと妻の前にでて、おい、と叫んだ。
すると、妻は、大きな手でひょいと男を、顔の近くまでつまみあげた。
「おや、何だろう。これは」
やけに低い声で、響く声と、ぽっかりと開いた口の奥が見えたとき、男はぞっとして悲鳴をあげた。
目が覚めた。
さて夕食どき、男が、その日みた夢の話を妻にすると、妻は気味が悪そうにして、そういえば妙なものを見たといった。
昼間、井戸端会議をしているとき、人間のような顔をした鼠がいた。不審に思ってつまみあげると、ひと声さけんで消えてしまったという。
そんなことがあってしばらくした後、男はふといなくなってしまった。
その後、しばらくの間、近所で、人の顔をした鼠がでるという噂がたったが、すぐ消えてしまった。
男の行方は、ようとして知れない。