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宿直の夜  作者: 楠羽毛
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死びとがよみがえった話

 おれの大叔母から、何度も、何度もきかされた、昔の話だ。

 大叔母は、早くに夫と死に別れ、その後は独身だった。

 夫は、山で樹を切っていた人で、崖から滑り落ちて死んだという。

 死体はすぐにみつかり、とむらいを済ませて、3日ほどたった夜のこと。

 とんとん、と家の戸をたたく者がいる。だれだい、ときいても返事はない。

 女の一人ずまいである。おびえてもよいところだが、気の強い人だった大叔母は、夫の遺した斧をたずさえて、がん、と戸をひらいた。

 そこには、異形のものが立っていた。

 人の姿はしているが、全身はボンヤリしてよく見えない。ただ、目のところはポッカリと穴があいて、のみこまれそうに深くなっている。着ているものは、やけにはっきりと見えた。夫のとむらいのために着せた、白い死装束。すそが少しほつれていて、あわてて縫い上げたことがくやまれた。

 その服をみた大叔母は、異形のものに、夫の名で呼びかけた。

 異形のものは、こっくりとうなずき、よたよたと歩いて家に入ってきた。大叔母は、なんだか気持ちが萎えたようになって、あっさり迎え入れてしまった。

 翌日から、大叔母は、それと一緒に生活することとなった。

 言葉は、通じているのかいないのか。仕草のはしばしに、生前の夫を思わせるものがあるが、こちらを妻と認識しているのかどうかはわからない。

 飯をだせば、喰う。厠にもいく。夜になれば横になり、朝には起きてくる。ただ、風呂には入らぬ。着替えも嫌がった。さいわい垢もでず、臭うこともないので、そのままでいさせた。

 外へ行こうとしたこともあるが、大叔母が止めた。騒ぎになっては困る。

 眠る前、大叔母はそれを夫と思って長話をした。夫の生前、そうしていたように。それは口をきくことはなかったが、ただ相槌をうつように、


 からららら、


 と、音をたてて、首をふるわせた。

 それをきくと、大叔母はなんだか安心して眠れるのだった。

 さて、大叔母の実家、つまりおれの実家ということだが、そちらからは今後の大叔母の生活を心配して、いろいろと言ってきていた。夫が死んだからには、ひとりで暮らしていても仕方あるまいと。

 けれども、大叔母は生活を変える気はなかった。

 縫い物はあまり得意ではなかったが、家でできる仕事が必要だったので、ほうぼうをまわってつくろいものを請けた。さいわい、同情もあってか、よい値で請うてくれる人がぼつぼつと居た。

 それでも、やはり不安ではあったらしい。それがやって来てひと月ほど経った夜のこと、大叔母は、となりで寝ようとしているそれに、こう訊いた。


 ──おまえさまは、もう、私を置いていきはすまいね。


 こっくりと頷いた、ように見えた。それで、大叔母は安心して眠りについた。

 さて、その夜半、なにか物音がしたような気がして、大叔母は目をあけた。

 寝床の横に、それが、座していた。

 安心して、声をかけようとしたとき、ふと、気づく。

 そっくりそのまま同じ姿をした、それが、二人、並んで座して居る。

 思わず、身をおこして、窓からはいる満月のあかりをたよりに、じっと見る。

 服の裾のほつれまで、そっくり同じであった。

 

 からららら、と、それが笑った。


 大叔母は悲鳴をあげて、それらに枕を何度もたたきつけた。出ていけ、と叫んだ。いつまでそうしていたかはわからぬ。気がつくと、朝になっていた。

 目覚めると、そこには誰もいなかった。大叔母はひとりになっていた。

 夫が死んでからはじめて、大叔母はさめざめと泣いた。


 大叔母はすぐに実家に帰って暮らすことにしたが、夫の親族が誰もいなくなるまで、このことは口にしなかったと云う。

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