語りだし
公館の夜──
昼間の慌ただしさとはうってかわって、夜は宿直がいるだけだ。
宿直といっても、二度ばかり見回りをすればよく、あとは暇にしている。酒はご法度だが、食い物を持ち込んで、宴会まがいで夜を過ごす者もいる。
今日も、そうだ。
都から、同僚が帰ってきたのをしおに、四人で座を囲んでいる。宿直室の板の間にあぐらをかいて、それぞれの前には、水のはいった杯と菓子。白糖ひねりとかいう、都みやげの白い小さな干菓子である。この田舎では甘味はめったに手に入らない。とはいえ、
「やあ、誰か肉でも持ってこぬか。こんなもので腹が膨れるものかよ」
モーリスが、ちゃかすように手をたたく。本来、きょうの宿直は、かれと、同輩のノリンの二人だけである。
「厨房から、何かくすねてきましょうか」
いちばん年下のナナドが、立ち上がりかける。
「よいよい。座っておれ」
菓子を持ち込んだ張本人のダールが、上機嫌に手をかざす。
「せっかく、つらい、さみしい留学生活を終えて故郷に帰ってきたというのによ。友達がいのないやつよ」
「なにが、さみしい留学生活だ。どうせ毎日女と遊んでおったのだろうが、よ」
ノリンが、低い声で茶々を入れる。
「なーに。都の女が、ガットビルスの茄子男など相手にするもんか。」
モーリスがいうと、ダールはおどけて首をすくめた。
「はは、おっしゃるとおりよ。おれは、色気より食い気じゃ。……さァ、喰うてみよ。なけなしの銭をはたいて買うてきたみやげじゃ」
「どれ、それでは……」
モーリスが、腰をかがめて菓子に手をのばそうとする。
そのとき……、
月光にあてられて、ふわりと宿直部屋の入り口の張り布がたわんだ。
「じゃまくさいな。風が通らぬ。布など、とってしまえ」
モーリスが、眉をしかめて立ち上がる。ダールは、ちょっとあわてたように、
「ばか。こんな日に、素通しでいられるものか」
「なに、構うまい。あかりも灯しておらぬのに、虫が入るでもあるまい」
「ちがう。こんな、月の満ちた夜は……」
ダールが言いかけるうちに、モーリスはさっと布をはがして、丸めてしまう。
「……この世のものでないものが、来るというであろうが。」
言い終わる前に、月光がぞろりと差し込んで、かれらの顔を照らしていた。
「そんなことを言っていたら、見回りにも出られまい。それに、あんなもので月光をさえぎっていたら、暗くてかなわんわ」
「お前が、暑いとゆうて灯りを消したのだろうが、よ」
ノリンがつぶやいて、菓子をひとつ、口に放り込む。
「まあ、ぐだぐだ言うても仕方あるまい。菓子をもろうて、みやげ話でも聞くとしようや。夜は長いぞ」
と──
言い終わったころ、月光にふと影がさした。
人影、である。
「……みやげ話なら、おれも混ぜとくれや」
ダールがびくりと震える。ノリンは眉をあげる。
モーリスだけが、平気な顔をして、
「なんだ、ガナンではないか」
「ガナン殿!」
ナナドが大声をあげた。
「なんだ、そんなに騒ぐこともあるまい」
長身の、旅姿の男が、苦笑して首をふる。
「無事だったのですか。いつ、南方から帰られた」
「つい、さっきよ。派遣章だけ置きにきたのだが、宿直がお前らとは丁度よい。酒も、肉もある。一杯やろう」
そう言って、にいっと笑った。
「酒など……、」
ダールが首を振っていうのにかぶせるように、モーリスがさけぶ。
「肉、肉じゃと!」
「ああ。何てことはない豚の干し肉だが、つまみにはよかろうが。酒に合う」
「いや、さすがに酒はな……。やめておこう」
他のものの視線を気にしてか、モーリスも首をふる。
「そうか。……あいかわらず、お前らは硬いのう」
いいながら、紙に包んだ干し肉を車座の中心に放り、ノリンのとなりに座る。
「……いくさは、どうだった」
ノリンが、ぼそりと訊く。ガナンは気楽そうに、
「なに、平和なもんよ。いくさというても、命のとりあいは一度もない。見回りと、装具の管理が日課じゃ。一年は長かったよ」
「そうか」
「それでも、みやげ話は色々とある。人から聞いたり、ちょいと変なものを見た
りな。聞きたいか」
「おう、聞かせてくれ」モーリスが身をのりだす。
「ちょうど、こういう夜にぴったりの話がいくつかある。……ダールも、都から帰ったところだろう。色々と聞いてきた話もあるのではないか」
「月夜にふさわしい話か。まあ、ないではない」
まんざらでもなさそうに、ダールがうなずく。
「まあ、まずは言い出しっぺの俺からとゆこう」
ガナンは干し肉を少しかじり、にいっと笑った。
「……妖精、というものを知っているか。南方で、同じ部隊にいた男から聞いた話だが──」
長い夜は、まだはじまったばかりである。