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首が回らなくなる時まで

作者: みずぶくれ

「私もう死んじゃいたい」

妹のヨーコが漫画本を手渡しながらそう言ってきた。その漫画本は私達姉妹が好きな漫画で、一昨日本屋へ行った時に最後の一冊だった最新刊。2人でじゃんけんして、私が負けたので妹が持つ事になった本だった。


「死んじゃいたいから、だから、その本お姉ちゃんにあげる」

「なんで?」


至極真っ当な疑問だった。妹はまだ小学3年生で、私は高校1年生。高校生にもなると周囲からの圧力とか酷くなるし、大人になるために考えなければいけない事とかも増えてくる。だから私の友達やクラスの子も、冗談交じりに死にたい〜って言う子は多かった。でも妹のそれは冗談ではないようだった。まだ小学校3年生なのに。受験すら乗り越えていないのに。妹は覚悟は感じないけどいやに真剣な目をしていたから、そんなのヨーコの柄じゃないよって笑い飛ばしてやりたかったけど出来なかった。


「この本欲しかったんじゃなかったの?」

「死にたいって思ったら、私が持ってるのは申し訳なくて。エイコお姉ちゃんだったら大事にしてくれるでしょう」

「なんで死にたいの?」

「クラスの、クラスの男の子がね、私の事ばい菌扱いして馬鹿にするんだ。それでね、私の作文をみんなの前で変な風に読んだり、叩いてきたり、給食の時とか机をみんなでくっつけなきゃいけないのに私だけ離れてたり」

「それで?」

「まだあるよ、私がそんなだからね、リッコちゃんもウーちゃんも私と話してくれなくなった。体育の時間、2人組作る時いつも先生とするようになった。前まで学校楽しかったのに。だから私、自分が情けなくて、辛くて死にたい」


そのぐらいで死にたいの?って言いそうになったけど、飲み込んだ。まだかわいい方じゃないか。そう思った。今までにもっとすごい事をされてる子を見た事あるし、私も一度、複数人から無視されて落ち込んだ事がある。妹はまだ、小学校3年生なのに、それだけで死のうなんてこれからもっと辛いだろうな。


「だったら、学校なんて行かなきゃいいじゃん。家でずっと勉強するの。それで私立の中学校に行けばいい。そうしたら人間関係を1からやり直せるよ、変われるよ」

「なにそれ、お母さんに辛いって言ってもそんな事教えてくれなかったよ。本当にそんな事できるの?それに、私が今辛いって気持ちはどうすればいいの?」

「ヨーコ、自分の事ばっかりだね」


ヨーコは泣いてしまった。しまったなあ。と心の中で反省した。私も小学生の時は自分の事ばっかりだった気がする。周りの事なんて、自分を楽しくしてくれる人と大人と、それぐらいしか考えてなかった。「自分」と「他人」の線引きがある事なんて、中学に上がってからやっと知ったし。


「ヨーコ、ヨーコ、自分の事ばっかりで悪いなんて、お姉ちゃん言ってないよ」

「ほんとに?」

「うん、じゃあもっと自分の事で頭をいっぱいにしてみようよ。例えばほら、ゴールデンウィークの家族旅行、楽しかったよね」

「うん」

「お姉ちゃんとお菓子作りもしたね、あの時のクッキー、半分焦げちゃったけど、それでも美味しいかったよね」

「うん」

「ねえヨーコ、学校の中だけじゃなくても生きてて楽しい事って沢山作れるじゃん。それでも死にたいの?生きている意味ない?」

「…なんか、分からなくなってきた」


ヨーコは俯いた。

私は黙ってヨーコのつむじを見ていた。


「分からなくていいんじゃない?お姉ちゃんも分からないよ。勉強辛い時とか、友達とうまくいかなかった時とか、生きたいのか死にたいのかなんて分かんなくなる」

「お姉ちゃんもそうなの?」

「うん、だけど私、分かんないままで生きてるよ。ヨーコもそれでいいんじゃない?」


「…私、本当に前まで学校ってすっごくすっごく楽しかったんだ。だから学校に居て辛い事が多いのがすごく嫌」

「そっか。でもそれで死にたくなるなら学校なんて行かなくていいんだよ。もう楽しくないなら別の楽しい事を探せばいい。でも勉強はしなよ。小学校の勉強ぐらい、お姉ちゃんが教えてあげるし」

「タダで?」

「うーん、ドラマの時間とアイドルの番組の時間だけテレビ絶対に譲って」

「わかった」


妹に漫画を返した。受け取るとそれを胸元にぎゅうっと抱いている。本が痛むからやめてほしい。


「お姉ちゃんの言ってること、全部がいいとは思わないけど、うれしい」

「うわっウザッ」

「私もっと頑張ってみる。先生に相談とか、リッコちゃんウーちゃんとも自分からもっと話しかけてみる」

「頑張るのはいいけどさ、もう死にたいとか言わないでよ」

「なんで?」

「それがアンタの辛い時の口癖になったら、私もお母さんもお父さんも困るから」

「…なんか、一回言っちゃったからまた言っちゃいそう」

「別にいいけど、借金が増えるよ」

「しゃっきん?」

「お金じゃなくて気持ちの借金」

「なにそれ、もっと分かんないよ」

「まあ、普段から死にたいなんて言わなかったらそれでいいの。アンタは学校で随分借金を背負ったり背負わされたりしてるんだから、これ以上増やさないこと」


「でも、どうしても首が回らなくなったらその時だけ絶対に言いなよ、お姉ちゃんでも、お母さんにでも」

「ええ、首が回らなくなるってなあに?」

「…そのぐらいは辞書で調べな」

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