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危険

 メイナードは一ヶ月ほど前から始めていた、新しい習慣のために、その日も夜遅くに目を開けた。

 もうすっかり夜型の生活に慣れて、昼寝が伸びていた。

 その分、夜の目覚めは良かった。

 シーツを丸めると、草でできた草履もどきをベッドの下から取り出して履いてみる。


 数日前に木魔法でつくったのだ。

 草履の作り方をメイナードは知らなかった。

 前世で高校生をやっていただけでは、例え日本出身でもそんな知識は持っていない。

 代わりにメイナードには、優れた魔法があった。

 最初から、草履のように足を保護できる形に草を生やしてみたのだ。

 大振りの葉を幾重にも重ねたような靴底に、つま先を保護するように柔らかく生い茂る若葉。

 靴紐の代わりに幅を調整できる蔦なんかも一度に成形した。

 つまり、昔履いたことのある靴をそのまま作り、足りない部分は想像で補ったのだ。

 安物のスニーカーよりもさらに履き心地の悪い一品だが、裸足よりはマシだった。


 何度も森へ足を運んでいると、裸足では不便だと感じるようになったのだ。

 メイナードは最初、裸足でも悪くないと思っていた。

 しかし、森には小さな石が転がっているし、ささくれ立った枝もある。

 小さな怪我が足裏にできた時はそこまで気にしていなかったが、数日で不快感の方が上回る。

 足裏に怪我をすると、歩いている時に常に痛むのだ。

 些細な傷で、少しの痛みしかないといしても、常時痛ければ自然と意識が足裏へ向かう。

 そうなるともうだめだ。

 不快感というのがじっとりとメイナードの後ろで半歩下がって付き従ってくる。

 振り払おうにも、足裏をあげたまま歩くことはできない。

 そこで、靴を作ろうという試みを選んだのだった。

 

 履いた感触を床で何度か試した後、窓を開けて外へ出た。

 今日はこれでいい、とメイナードは妥協した。

 靴などいくら上手く作れたところで、今あるもののほうがよっぽど良い。

 前世を日本で過ごして、いくら快適な靴を履いたことがあろうとも、それを作れるわけではないのだ。

 諦めて良い靴を買うようにしたほうが、よっぽど効率的だった。


 外へ出るのももう慣れっこだった。

 風魔法で軽く身体を浮かせて飛距離を稼ぎ、土魔法と木魔法で落ちる位置と速度を調節する。

 足首を捻ったりする失敗もせずに、楽々と外へ出た。

 夜風の涼しさに背を押されながら、一直線に森へと向かう。

 森は鬱蒼と茂る木々が風に唸り、姿の見えない鳥や虫たちがざわめいていた。

 いつもの森だ。

 夜でも森は静かにならない。

 人とは違う営みがそこにはあった。

 

 今日もまた、メイナードは狼狩りをするつもりだった。

 異世界ならば他の敵が現れてもいいのに、と思っていたが、メイナードが出くわすのはいつも狼ばかりだった。

 龍は絵本で見たからいるかもしれないが、他の生き物はいるんだろうか。

 メイナードは答えは見て確かめてやると言わんばかりに、ずんずんと森の奥へ進んでいく。

 いざ迷っても、魔法で高いところへ昇って街を見つければ問題ないと分かっているから、その歩みに迷いはない。

 木魔法で張り巡らせた枝に敵が来ないか見張らせつつ、メイナードは森に探りを入れた。

 しばらくして、自分の立てる音以外の何かが聴こえて、メイナードは足を止める。

 

 狼の唸り声だ。

 今日はどういう魔法を使おうかとメイナードは思案しつつ、枝の範囲を広げた。

 十メートルほど向こうに、幹に身を寄せて隠れているのが一匹いた。

 さらに、後ろに同じような体勢で隠れている。

 前後からの挟み撃ちか、とメイナードは対策を想像する。

 挟まれる前に一匹を始末して、もう一匹相手に魔法を試すというのが一番無難だろう。

 殺そうと思えば、火を放つだけで良い。

 どこまで高温に出来るかと試すのも面白いかもしれない、と思いながら後ろの一匹を意識する。

 すると、さらに二匹いることに気づいた。

 その二匹はメイナードの右と左に陣取っている。

 

 ――囲うつもりか。

 

 狼はメイナードが気づいていることを知っているのか知らないのか、攻撃を仕掛けてくる様子はなかった。

 メイナードは何も知らないふりをして歩みを止めず、しっかりと距離を保って立ち位置を維持するオオカミたちを観察した。

 彼らはいずれも落ち着き払っており、攻撃するタイミングを伺っているようにも思えた。

 先にメイナードが攻撃するには絶好の機会である。

 今までも複数匹を相手にしたことはあったし、問題はないはずだ。

 狼はメイナードより力が強く、足も速い。

 生命力も強く、なかなかしぶとい。

 それでも彼らとメイナードの間には魔法が使える/使えないという大きな差があった。

 だから、メイナードは負けるがしない。

 どんな相手でも、叩き伏せる用意があるつもりだった。


 メイナードはいい加減攻撃してこない四匹に業を煮やして、魔法を放つ。

 手加減なしの火魔法だ。

 薄い紙状の炎が的確に狼の足を襲う。

 絡みついた火が、狼の足を止めることはない。

 火には火傷を負わせる力はあれど、木のように物理的な拘束力があるわけではない。

 しかし、それでも問題ないほどの力が、メイナードの火魔法にはあった。

 飛び上がろうとした狼が唸り声をあげながら、煙をあげる。

 狼のすべてが灰と化した。

 あまりの高温に木々や地面まで飛び火し、周囲が煌々と照らされる。

 虫たちががさがさと、飛び退いていく音が立ち、同時に他の狼が一斉にメイナードへ飛びかかる。


 三方向からの攻撃にメイナードは動かず、対処する。

 張り巡らせた枝を線条の槍に変えて、左右の狼の腹に突き刺す。

 

「ぐうぅううううがががが!!」


 激しい唸りをあげて、狼が尚も動こうともがくが、既に四肢は宙に浮いていた。

 メイナードは最後の一匹に狙いを定めた。

 真正面の狼が一瞬で距離をつめ、メイナードの首へ噛み付こうと牙を剥いている。

 分厚い水の壁が狼の突進を阻む。

 そのまま狼は足を掻いて前へ進もうとするが、それをメイナードが許すはずもない。

 水に入った狼をそのままに、土で水を球状に押し込める。

 夜の森に、ぽっかりと暗い土の球が現れた。

 その中には、水に押し込められた狼が一匹いる。

 今もまだもがいているし、激しい唸りと必死の抵抗をしているはずだ。

 しかしそれら全てを土で覆い隠されて、息もできないまま死んでいく。

 メイナードが一瞬で四匹を殺した。

 それも、多様な魔法を使いこなすためだけに。

 

 しかしその瞬間に、メイナードに隙が生まれていた。

 四匹を倒して、つい気が緩んだ瞬間だった。

 それに、四匹のどの方向とも違う場所からの攻撃だった。

 真上。

 森の木々に覆い隠された星空。

 その上から、メイナードは襲われた。


 暗い影にのしかかれたようにしか感じない、全く想像できない恐怖がメイナードを襲った。

 咄嗟のことに反射で風魔法を使い、身体を吹き飛ばす。

 背中から押された勢いは止まることなく、近くの木の幹に身体が思い切りぶつかる。

 肺がつまるような感覚に思わず、息がとまった。

 視界が暗い。

 なんとか頭を持ち上げて、敵の正体を見る。

 巨大な狼だった。

 今までの狼も、六歳児であるメイナードよりはずっと大きかったが、今回のは比べ物にならないサイズだ。

 恐らく、地球にはいない大きさだ。

 木と同じくらいの大きさの狼が、メイナードの頭ほどもある黄色い目玉を怪しく煌めかせて、睨みをきかせていた。

 

「あ、やっべえ」


 思わず声が出たのが、合図になった。

 巨体がその身に宿した恐ろしいまでの膂力で、メイナードとの距離を一気に詰める。

 大きく開いた口は、子どもなら丸呑みにできそうな大きさだ。

 単純な大きさの差が、力の差に直結していた。

 高速で閉じる顎が、メイナードの恐怖を煽って行動を遅らせた。

 魔法を使うのが遅れる。

 死ぬ――


 ――ことはなかった。


 メイナードと狼の間に人影が割って入り、生暖かい血しぶきが降り注いだ。

 狼の血だ。

 一太刀で動きを止めた狼へ、人影はもう一度剣を振って止めをさした。

 艶めくほどに瑞々しい、水でできた刀身が血で汚れることなく、狼が絶命する。

 それから後ろを振り返って、険しい顔つきでメイナードを見た。


「もう寝る時間なのに、なにをしてるんです?」


 捻れた角を月に照らされ、褐色の肌を夜気に晒したカルラが立っていた。


 **


 結果をいうと、めちゃくちゃに怒られた。

 

 メイナードはその夜、カルラに連れられて家路について、玄関前で泣いている母に抱きしめられた。

 なにかあったと心配されていたらしい。

 しかしそんな心配はメイナードが全てを話すとまもなく、怒りへと変わった。


「危ないなんて分かってたでしょ!」

「……ごめんなさい」


 じっと沈黙してメイナードを見つめる父に反して、母はヒステリックなまでの怒りを見せた。

 当然のことだった。

 メイナードは六歳児だし、夜の森は日本の夜よりずっと危険だ。

 そもそも夜に外へ出ることだけでなく、夜に勝手に起きていること自体問題なのだ。

 問題が両親の想像の範疇を越えていたことが、怒りを増幅させる原因になっていた。

 

「家で大きな魔法を使ってはいけないといったが、外でなら良いと思ったのか?」


 言いたいことを言いたいだけ言った母が、肩で息をしているところに、ようやく口を開いた父がメイナードへ訊ねる。

 メイナードは顔を曇らせて、うつむいた。


「悪いと分かってたから、夜やってた」

「やっちゃいけないと分かってたのにやったってことか?」

「うん」

「そりゃあ筋が通らんだろう。分かってたのにやるってのはおかしい」

「そう。おかしい」

「自分でも分かってたのに、なんでやった?」

「日中は外に出れないから」

「言えば使用人をつける。外に出れないことはないだろ」

「でも魔法は使えない」

「危ないからだ。今日だって、小牙狼相手だったからやっても良かっただけだ」

「人にやったらダメなことくらいは分かる」

「でも、もしやるつもりがなかったのに、人に魔法が当たったらどうする? その人がもう治らない傷を負ったりしたら、その人にお前は責任を取れるのか?」

「取れない」

「だろう? だから魔法を使ってはいけないと言ったんだ。でもそれは、夜勝手に外へ出て、誰もいないところで魔法を使っていいという話に繋がるわけじゃない」

「森なら人には迷惑かからないよ」

「人、というのはお前自身も含むんだよ」


 そう言って、父は椅子に座ったメイナードの足元へ手を寄せた。

 腰を落として、床に膝をつく。

 メイナードのズボンをまくり上げて、まだ細くて柔らかいふくらはぎを手で触れる。


「これが、お前の傷つけたものだ」


 硬い指が森で傷だらけになったメイナードの足をなぞり、触ったそばから傷が癒えていった。

 父もまた、魔法を使えるということをメイナードは思い出した。


「これがお前の取れない責任だ。よく見ておくんだ」

「……うん」

 

 メイナードは父が自分の体を治していくのを全身で知覚していった。

 その間、ずっと父は黙っていた。

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