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カルラの転職問題

 カルラはクラムシェードで軟禁されている間、普段どおりの生活が営める程度には厚遇を受けた。

 そもそもメイナードという社会をも破壊しうる可能性を秘めた強大な魔法使いに対する人質としてカルラが軟禁されている以上、あまり酷い扱いはできないという事情があった。

 もしメイナードを怒らせてしまったら、街ごと崩壊させられるかもしれないからだ。

 だからカルラに対する対応も、街の外へは出せないという以上の制限はほぼ受けなかった。

 騎士達は割とカルラに対してフレンドリーで、食事なども美味しい露店の話をしつつ部屋へ運んでくれた。

 途中からは監視役の騎士と仲良くなったおかげか、準待機命令が出されている騎士や従士が使う食堂を利用することもできるようになった。

 

 それにカルラが魔法を使えると分かってからは拘束がほとんど無意味であることを悟り、実質騎士たちの宿舎にタダで泊まっている状態になった。

 物を自由に持ち運びできるカルラの魔法は、特に騎士達へ見せていなくてもバレたらしく、気づかれた当初こそ色々と探られたものの、のらりくらりと躱すカルラの手管に参った騎士たちはそれ以上探るのをやめた。

 しかし建前としての人質扱いは変わることがなかった。


 カルラがメイナードに対する人質として機能するのはメイナードへの弱みを領主が握った時だ。

 メイナードに避けられない問いを投げかけるために弱みは必要だし、それに対する答えを領主の都合が良いものとするには人質が必要不可欠だ。

 縛りを強くしてメイナードを必ず捕まえるべく、騎士たちはカルラを逃しはしなかった。

 カルラもそれを理解していたから、逃げ出すことはできなかった。

 もしカルラがここから出れば、騎士はメイナードへ直接手を出すかもしれない。

 いくらメイナードが強いからといっても六歳児にはできることとできないことがある。

 一週間寝ずに襲撃者を待ち構えることなどは、六歳児には到底できなかった。

 

 そして六歳児でも人間でもないカルラには、一週間寝ないこともできる範囲に含まれていた。

 いくら騎士たちの態度が優しいからといって殺しにこないとは限らない。

 そもそも人質が邪魔だと感じた教会側がカルラを始末する可能性すらあるのだ。

 どこにも味方がいない場合すらあるカルラは、それでも心が折れることはなく淡々と事態を受け入れて次なる手を待ち構えていた。


 そうして待っているある日、彼女は城へと呼び出された。

 内側からは景色が見えない鎧戸で覆われた荷車に乗って宿舎から出た。

 前日の夜はかなり大きな騒動があったのを聞いているカルラは、事態が動いたことを察知していた。

 おそらくは最初に噂があった竜騒動がついにこの街へやってきて、それにメイナードが対処したのだろう。

 それは領主の罠だ。

 そしてそれに気づかなかったメイナードはまんまと嵌り、今ついに領主の思惑が成就するといったところだ。

 カルラが移送されるのはメイナードにその姿を見せるためだろう。

 それら全てを何も見ないままに想定したカルラはじっと黙って城まで移送され、特に弱っているところを見せないように注意深く態度を作り上げて城の中で待機していた。

 

 しかし途中で大きな破砕音が響き、同じ階層の廊下すらも鳴動するような激しい行き来の気配がした。

 ここで何かが介入したとしたら、考えられるのは国か教会、もしくはエルフたちか獣人だろう。

 どの勢力にしてもここで動かなければメイナードが危険に晒されるかもしれない、と判断したカルラはソファからすくっと立ち上がる。


「行けません、動かないようお願いします」


 剣を抜いた従士たちが扉の前で二人、静かに立っていた。

 魔人を見るのはカルラが初めてらしく、震える足でどうにか立っているというところだ。

 捻れた角に指を這わせたカルラは、冷徹な瞳を二人へ差し向ける。


「抵抗しなければ殺しはしません。なるべく痛い思いもさせません。ここでわたしが逃げたとしてもあなた方は責められないと思います」

「だとしても逃がすわけには――」


 カルラが軽い水しぶきをあげながら瑞奉剣を抜いた。

 従士たちが構えている姿すら透けて見える剣身がなめらかな動作で構えられる。

 ぞっとするほどの美しさに従士たちは思わず息を呑み、しばし時間が止まったかのような瞬間が訪れた。 

 そのタイミングで扉が開いた。


「どうも、大丈夫ですかカルラさん」


 騎士のクリスだ。

 最初にカルラと話をした男であり、住居や食事の手配をしてくれたのも彼だという。

 いつもは気丈に振る舞っているクリスだったが、今だけは相当疲れを溜め込んだ浮かない顔つきだった。


「ええ、何もありません」


 と言いつつもカルラは剣を抜いたままだ。

 従士たちは二人だけのときより安心できたのか、震えが止まっている。


「実はですね、もう街の封鎖措置が終わったので、外出許可が出ました。外までは案内させますがどうでしょうか?」


 それはメイナードに対する人質としての価値がなくなったことを意味していた。

 領主の奸計からメイナードが逃げ出したと言える。

 しかし逆に言えば、メイナードの身柄がカルラにはつかめなくなっているとも言えた。


 **


 それからカルラは徒歩でアルセムに帰った。

 騎士たちは態度こそ優しかったものの、ほとんど何も持っていないカルラをそのまま街の外へ放り出すという行為に打って出た。

 おそらくはメイナードを捕まえられなかった領主による采配だろう。

 並の人間ならここからアルセムまで手ぶらで帰るのはほぼ不可能だ。

 野盗や魔獣に襲われて生きて帰るのは困難を極める。

 しかしカルラは魔人だったし、何より魔法使いだった。

 難なくその日その日の食事や水を魔法で取り寄せつつ何日もの旅をこなすことができた。

 賊や獣が現れたときもできる限り穏便に対処しつつ、最速でアルセムへ向かっていった。

 そうしてようやくアシュベリー家のあるアルセムへ帰ってきたカルラは、すぐさまティモシーの元へ駆けつけた。

 

 帰ってきたカルラの様子をひと目見ただけで何やらただ事ではないと察したティモシーは、すぐに教会の奥へ入り、カルラの話を聞く態勢を整えた。

 カルラは出されたお茶に手を付ける暇もなしにひたすら今まで見たことをすべて話した。

 

 道中魔法使いに襲われたこと。

 メイナードが修道院に入ったあと何らかの工作を受けて、今はクラムシェードから出ているであろうこと。

 カルラが領主の意向で軟禁されたこと。

 竜騒動。

 

 全てを話す間、ティモシーは時折あいづちを打つだけで何も言わなかった。

 聞き終えたあと、深く沈黙してしばらくの間顔を上げなかった。

 しかしようやく顔を上げて口を開いた時、そこに居たティモシーはカルラが今まで見たことがないほどに鬼気迫る顔つきだった。


「領主が取り逃がしたということは教会かエルフ、獣人あたりが今メイナードを奪取しているわけか」

「多分ですが、今のメイナード様の居場所を特定する方法があるのですがお使いになられますか?」


 カルラはまだメイナードの服に縫い付けた硬貨のことは忘れてはいなかった。

 自分のものであればいつでも取り寄せることができるし、元の場所へ置くこともできる。

 メイナードがまだあの服を持っているなら、そこに縫い付けた硬貨の場所を特定することがメイナードの居場所をしることになるだろう。

 叱られる覚悟でそのことを吐露したカルラだったが、ティモシーの態度はあっさりしたものだった。

 背に腹は変えられない、というほどの覚悟すらも感じさせることのないティモシーは、迷うことなく魔法を使うよう命じた。


「では」


 カルラは手のなかに硬貨が戻る感触を得た。

 水が部屋に舞い散り、反射光が暗がりを反射する。

 そしてもう一度魔法を使って今度は硬貨を戻した。


「どうやら南、デフィラージュに今いるようです」

「デフィラージュ?」


 ティモシーは考えあぐねている様子で、顎に手を当ててじっと固まっていた。

 いい加減話を進めたいとカルラが考えるほどに時間が過ぎた頃、ようやくティモシーは答えを出した。


「おそらくは教会勢力――異端審問局あたりが絡んでいると見て間違いない」

「それってなんです?」


 今度はカルラが聞く番だった。


「円征行っていう大陸南部で起きてる戦争を利用して教会内部で勢力を広げた一派だ。教会で唯一正規の軍隊を所持している局でもある。あそこがメイナードを奪取したなら、相当問題だ。すぐにでも連れ戻さないと大変なことになる」


 そう言ったティモシーの顔は、父親らしい息子を想う態度が如実に現れていた。

 カルラは何か手伝えることはないかと、ティモシーへ言う。

 少し迷ったティモシーは、何度かテーブルの上のペンを手に取ろうか取るまいか迷った挙げ句に、最後は紙とペンを握ってカルラを見つめた。


「もし良ければだが、使用人をやめてわたしの手伝いをしてくれないか?」

「それは使用人の立場ではできない手伝い、ということですか?」


 そうなる、とティモシーは頷いた。


「それがご主人様のためになるならもちろん引き受けます。ですが、今の状況でわたしに何をさせようと言うのです? 正直言ってここから何か手が打てるとは思えません」

「だろうな。普通の神父ならここで手をこまねく他ない」


 では、と言おうとしたカルラを制してティモシーは続けた。


「しかし私ならできる。それどころか今の状況の根っこには私の問題も関わっているかもしれない」


 思わずカルラは押し黙った。

 まさかそんなことがあるとは想定もしていなかったのだ。

 ティモシーは確かに回復の対抗魔法を使える有能な神父だ。

 しかしこうした揉め事にすら口を挟める何らかのコネがあるとは、到底思えなかった。

 そんな驚きをよそに、ティモシーは淡々と語る。


「もしメイが魔法使いではなかったとしても、いずれこの状況を招いていた可能性すらある。だから私はメイを絶対助けなければならない」


 カルラは恐る恐るティモシーへ訊ねた。


「なにがあったんです? 一体ご主人様の何が、こんな事態と絡んでいるのですか」


 **


 十五年前のティモシー・アシュベリーは王都で異端審問局外事担当部2課に所属している神父だった。

 外事担当部といえば1課は異端審問局の花形であり、円征行における軍部の司令担当を任されている部署だった。

 しかし2課は内向きの仕事を担当する部署である。

 王都にいる間諜などを見つけ、処理するのが2課の仕事だった。

 当時ティモシーは2課が追っていた第四王子暗殺計画の問題を担当しており、王都で働き詰めであった。

 第四王子は王位継承者が低く、外征のために王都から離れることが多い王子であり、暗殺のしやすさも、ターゲットとして狙われる動機も多かった。

 

 そのため暗殺計画が持ち上がったと考えたのが2課の総意だった。

 計画立案者は北方のとある領主とほぼ断定されており、あとは実行犯を捕まえるだけの段階にまで至っていた。

 しかし当時の異端審問局は教会から勢力の肥大を疎まれており、外部の手を入れることで少しでも力を削ごうと考える相手もいた。

 その中の一人がイーデン・コリガン枢機卿だ。

 

 彼は教会上層部の一人で、反異端審問局派だった。

 静かに計画を進めたイーデンは異端審問局が傭兵に一部の業務を委託するよう繰り返し要請しており、何とか退け続けていた異端審問局もそろそろ断るのが厳しくなる頃合いだった。

 そのため、すでに事件解決の目処が立っていた第四王子暗殺計画に傭兵が回されることになった。

 しかしそれがティモシーにとってはとてつもないほどの痛手となった。


 傭兵は直接ティモシーが指揮を取る形ではなく、異端審問局を介するわけでもなかった。

 イーデンが雇って異端審問局に貸出し、ティモシーが使う形を取っていた。

 普通の案件ならばそんな状態は許されるはずもなかったが、ほとんど解決に近い状態だった第四王子暗殺計画の案件だったからこそ許された。


 だがそれを利用して実際にティモシーを破滅させることになったのはイーデン枢機卿ではなく、異端審問局だった。

 傭兵は作戦直前に裏切り、実行犯はついぞ捕まることなく逃げおおせ、北方の領主は直接の証拠がなかったため逃げ切った。

 それは全て実行犯を捕まえられなかったティモシーの責任ということになった。

 ティモシーはそうして異端審問局から追われ、田舎町であるアルセムにほとんど蟄居に近い形で過ごすことを余儀なくされた。

 

 しかしティモシーには異端審問局から莫大な金が渡された。

 なぜなら異端審問局こそが傭兵たちを裏切らせたからだ。

 この件で得をしたのは傭兵の不要さをアピールできた異端審問局に他ならない。

 直接雇った傭兵が裏切ったことでイーデンが処分を受けたのも、異端審問局にとっては大きな利益だ。


 そうしてティモシーを犠牲にした異端審問局はより一層地位を固めることとなった。


 **


「だがそれ以前のころから私は常に教会での地盤固めを続けていた。今でも手紙を送る仲の友人(・・)は多い。それでも今まで何もしなかったのは、メイや家族がいたからだ。この生活だって悪くはないと思っていたし、争いばかりが人生ではないと気づいた。だからこそ今回は動かなければならない。メイが不当な戦いを強いられるのであれば、守るのが家族の務めだ」


 そしてそれを手伝って欲しい、と静かに怒りを湛えたティモシー・アシュベリーは言った。

 カルラは彼にそこまでの過去があったとつゆ知らず、暫くの間じっと黙って考える他なかった。

 今までついてきたのは、偶然旅の途中で助けられたからだ。

 しかしもしかすると偶然の助けは、理由があってのことかもしれないと考えるようになっていた。

 

 カルラは魔人だ。

 人間よりもすべてにおいて上回るだけの肉体がある。

 その自分を仲間に引き込むために、ティモシーは助けの手を差し伸べたのかもしれなかった。

 

 顔を上げてティモシーの顔をじっと見つめる。

 少し老いた顔に、わずかに皺が浮いている。

 じっとりと後退した額の髪に、珠のような汗が浮かんでいた。

 そこには父親として、メイナードを想う気持ちが込められているような気がした。


 良いように解釈しすぎているかもしれない、とカルラは考える。

 それでも恩を返すべきだと自分の中の魔人としてのプライドが告げていた。


「分かりました。ご主人様――いえ、ティモシー様とお呼びしたほうがいいでしょうか。ティモシー様のお手伝いをさせていただきます」


 そう言ってカルラは軽く頭を下げた。

 椅子からは立ち上がらなかった。

 それがカルラにとって、使用人ではない雇われ方としての礼儀だと思った。

 ティモシーは承諾してくれたカルラに深く感謝し、彼女よりもずっと長く頭を下げた。


 そんな彼らが準備のために複数の立場にいる人間へ手紙を出したのが返ってくるのと、天使の囁きを聞いたのはほぼ同時の出来事だった。

 天使の囁きは地上のあまねく存在に優しく降り注ぎ、メイナードの事情だけではない問題を多くの人間が抱えることになった。

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