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埋め立て

「裏切りを素直に受け取るには情報が足りない。わたしたちを騙すつもりで動いてるとしても不思議じゃない」


 ペルペトゥアはソファに身体を預けるセリオ・<まだら雲(スポット・クラウド)>・ブランチを鋭く睨む。

 一方でセリオの方は、落ち着いた態度を崩すことなく肘掛けをなでた。


「もしあなたたちを騙すつもりで動いているとしても、それを私の口から言うことはありませんよ。そうでしょう?」

「そうだな。じゃあ条件をつける。これを呑むなら信用してやる。それならいいだろう」

「あなたたちが納得するなら」

 

 そう言ってセリオはメイナードに目配せした。

 メイナードはペルペトゥアの言うことなら間違いないというより、自分の判断ではこの状況を打開できないと察して、ただ頷くだけに留めた。


「まずはお前の能力について仔細すべて話せ。二つ目は今後お前を含めた全部隊の攻撃を差し止めろ。別の指揮官がいるグループは指揮官を殺してお前が上に立てば良い。<針食い(フィード・ニードル)>に対してはわたしと組んだ旨を伝えて出方を見ろ。あと一つ、これからも異端審問局と連絡を取り続けろ。裏切りを悟らせるな。情報を引き出せ。そのうえで宣教局との連絡はわたしを通すようにしろ。わたしを通さない情報交換、取引が一つでも確認できたらその時は地の果てまで追いかけてお前を殺す」


 ペルペトゥアはセリオの反応を確認した。

 彼はいずれの条件にも文句を言うことなく、全てに黙って頷いた。


「じゃあ私の能力について話しましょうか。それが最初の条件ですよね」


 ペルペトゥアは頷きもせずにセリオをじっと見ている。

 メイナードも雰囲気に気圧されて、何も言うことができなかった。

 セリオはペルペトゥアが返事をしなかったことを肯定と受け取ったようだ。


「私の能力は人と物の爆弾化です。最初に襲撃した時に人を爆発させましたが、あれは私の魔法ですね。爆発する条件は私が指定できます。爆発の威力は大賞の大きさに依存するので私では制御できません。制限としては、条件をつける対象は私が傷つけたものに限ります。それにわたしの身の丈より大きいものは爆弾にできません」


 セリオは背が高い。

 人であればほとんど見境なく爆弾化できるだろう、と推測できる。

 ペルペトゥアもメイナードもセリオより身長が低いから条件に適していた。


「傷つけるってのは具体的にはどんなものだ? 罵倒したりする程度で条件を満たすのか?」

「いえ、比喩表現じゃなく実際に傷つけることが必要ですね」


 そう言ったセリオは修道服の後ろから腰に引っ掛けていたナイフを取り出した。

 大ぶりの刃は使い込まれているのか、柄はかなり傷だらけだ。


「これでひっかき傷でもいいので何か怪我をさせてしまえば後は私が頭の中で考えるだけで爆弾化できます。解除も頭の中でできますね」

「つまり一度傷つけてしまえば爆弾化と解除は自由だと?」

「いえ、解除後に爆弾にするためにはもう一度傷をつけなければなりません」


 なるほど、と唸ったペルペトゥアがセリオにナイフを仕舞うよう言った。

 セリオは何も言わずに大人しく従った。


「後の条件は受け入れるか?」

「もちろん。仲間になるためにはそれしかないんでしょう?」


 ペルペトゥアは苦い顔で首を振る。


「仲間になるわけじゃない、敵じゃなくなるだけだ」

 

 そうですか、とセリオは何も表情が伺えない顔つきで呟いた。

 セリオは部屋を出ていき、ペルペトゥアとメイナードだけになった。

 窓の向こうでは突発的な大雨がざあざあと降り、大粒の雨で外は何も見えなくなっていた。

 背を向けて窓の奥を見るペルペトゥアの表情は、メイナードには確認できない。


 **


 それ日の二人は夕飯を食べに外へ出ることはなかった。

 夜に風呂を浴びるために一階に降りた際、気を遣った従業員が食事を持っていくと言ってくれたため二人はそれに甘えてパンを食べた。

 結局出発日まで、二人とも部屋からほとんど出ることなく過ごした。

 雨が降りしきる街を窓越しに眺めながら、ペルペトゥアは教会で借りた日報と新聞を眺めていた。

 新聞は毎日出るわけではなく事件があったときだけ発行されるものらしく、メモすることは多かった。

 日報の代わり映えしない話の中にはゲッテンスが軍の取り仕切る都市である、他の街とは違う常識がいくつも伺えたがそれらは特別記すべきことでもなかった。

 ここの常識が他と違うだけで、別段何かが起きているわけではなかったからだ。

 

 ペルペトゥアはそうしてベッドの上で情報収集に努めてゲッテンスの滞在日を過ごした。

 メイナードもペルペトゥアが外へ出ないため、合わせて部屋の中で過ごした。

 一人で街へ出て、下手に襲撃されでもしたら問題だからだ。

 それに六歳児が一人で過ごすのは、襲撃などなくても危険だ。

 何の背景もないただの人さらいが現れる可能性だって十分あるし、そうなった場合でも結局は本当に何の背景もない(・・・・・・・)のかを探るために膨大な時間を費やすことになるだろう。

 

 メイナードは宿の快適さに身を任せて、ルームサービスばかり頼んで時間を潰した。

 ちょっとした遊び道具が欲しいと従業員に伝えれば、本やカードを持ってきてくれることさえあった。

 ご飯も高級な店で頼むほどではないにしろ美味しいものが出てくるし、申し分なかった。


 二人がずっと部屋にいるため、風呂を借りるときに清掃をしてくれた。

 そうしてメイナードとペルペトゥアはゲッテンス滞在中のほとんどを宿の中で過ごした。


 **


 ゲッテンスから最終目的地であるピーゲンス砦まではオルケス川を下る。

 上流から下流に向けて渡るのに加えて、ゲッテンスの領主が風を操る魔法使いを提供してくれるため、旅は一週間を予定していた。

 オルケス川は川幅の拡張工事がされているので、比較的快適な旅が保証されていた。

 

 ルフィナ一行に加えて領主の船の全部で十隻。

 それが今回の旅で使われる船の数だ。

 新たに護衛を三百六十人追加し、<ワイド・フェード>の代わりに<ラフ・ライム>と<クラッシュ・ワークス>という魔法使いグループが合計八人入った。

 護衛はほとんど総入れ替えの体制だ。

 メイナードとペルペトゥアは二つのグループのメンバーとそれぞれ挨拶し、早々に船内に充てがわれた部屋に引きこもった。

 出発前にはルフィナと領主のそれぞれ短い挨拶があったが、メイナードは出たにも関わらずペルペトゥアは部屋に入ったきりだった。


 船は川幅に合わせてわざわざ製造したのか、ちょうど二隻がすれ違っても問題ない大きさをしていた。

 荷車と違って一隻ごとに相当な荷を積めるということもあり、木箱には運河建設の際に用いる道具の類が大量に入っていた。

 

 船は風魔法のおかげもあって、メイナードが日本で見たことのある船ほどの速度で進んだ。

 帆にはたっぷりの風が受け止められ、水を割る勢いで船首が波をつくった。

 街道での追跡と襲撃とは違い、この船速についていきながら襲撃するのは魔法使いくらいしかできない。

 普通の戦力を投入するなら川の近くで待ち伏せして襲撃するしかないが、円征行のために警備が固められているオルケス川付近で武装勢力を待機させるのはほとんど不可能に近い。

 そのため、全く襲撃を受けることなく船は進んだ。

 もしくはペルペトゥアの条件を受け入れたセリオのおかげかもしれなかったが、確かめる術はなかった。


 あの邂逅以来、二人のもとにセリオが再び現れることはなかった。

 ルフィナは二人が<まだら雲>と接触した、ということに気づいている様子はなかったが、老獪なエルフは隠し事も得意だろうから本当のところは分からなかった。

 

「ペルペトゥアさんは出てきませんの?」


 船の中でも相変わらずシャワーを求めるルフィナは、メイナードに水魔法を使わせながら訊いてくる。

 メイナードはもう姿を見ずにルフィナの身体を洗うことに慣れて、外の景色がぐんぐん後ろへ流れていくのを見ながら答えた。


「少し調子が悪いみたいで。まあ襲撃があればすぐに飛び出してきますよ」

「まあ大変、お見舞いしたほうがいいかしら」

「気にしないでください。それにルフィナさんも仕事があるでしょう?」

「だけどやっぱり気になるわ。わたしのせいかしら」

「いや、違いますよ多分」


 <まだら雲>と接触して自分の上司たちへ不信感が募っている、とは言えなかった。

 何か果物でも食べて元気を出して欲しい、とルフィナは言いシャワー後に赤い粒々した果肉のフルーツを籠ごとくれた。

 籠の中に入った紙をルフィナは無造作に取り出し、少し眺めたあとに川へ捨てる。

 おそらくは領主からの贈り物だ。

 一度は固辞したものの強引に押し切られて、結局はもらうことになった。


 川面の揺れがゆっくりと部屋へ伝ってくるなかでベッドに座り込むペルペトゥア。

 彼女は一口食べるだけで残りはメイナードへ譲り、また考え事に耽っていた。

 その横でメイナードは果物の絶妙な酸っぱさを楽しみながら、椅子に座り込む。

 そうしているところに、ノックが聞こえた。


「すみません、何か教会から連絡が来てますよ」


 船は今も目的地に向かって進んでいる途中だ。

 ということは伝書鳩だろう。

 飛び上がるようにしてベッドから降りたペルペトゥアが乱暴に扉を開けて、護衛の一人に案内をさせた。

 甲板の端に降りた鳥が生真面目にペルペトゥアを待っており、足に手紙をくくりつけていた。


「ありがとう」


 ペルペトゥアは案内の護衛にお礼を言うと、手紙を握りしめて再び部屋へ戻った。

 音を立てて扉を閉めると、すぐにベッドへ座り込み舐めるように手紙をあらためる。

 二枚の紙にしたためられた手紙だ。

 メイナードも横に座って、中身を覗き込む。

 一枚はバグリュッフェ大湿地周辺と思われる地図だ。

 その中で一箇所に丸がつけられている。

 

「何が書いてあるんですか?」


 メイナードはペルペトゥアの真剣な表情に何かあったとすぐに察した。

 彼女は二枚を交互に眺めて眉間にしわを寄せる。


「これは……」

「何があったんです?」


 ペルペトゥアは手紙をメイナードに差し出す。

 カルラや母親に教わった文字と同じものに目を通して、メイナードもまた不可解な状況であることを理解した。


「なんでガリエル建設が叡智の泉を埋め立てるんですか、これ」


 ガリエル建設の運河建設計画予定のなかに工事の際に出る大量の廃棄物を集める場所がいくつかある。

 採石場や森林の伐採で得た工事のための材料で運河を整備すると同時に、大量に溢れる予定の不要な泥や工事に使えない木々を運河から離れた場所に廃棄する必要がある。

 その候補地に、叡智の泉が存在する地点が含まれていた。

 

 情報を掴んだのはセリオだ。

 ガリエル建設の工事責任者たちと接触した結果得られた情報だという。

 異端審問局に問い合わせたところ、特に計画のなかには含まれていなかったという。

 それの真偽の程は分からないが、異端審問局に叡智の泉を埋め立てる必要はない。

 ガリエル建設の工事従事者たちも叡智の泉を埋め立てる理由などは知らず、単に水場を埋め立てる程度のことだと思われているらしかった。

 陸軍関係者に聞いても理由は分からず、誰の意図によるものなのかは判明しなかった。

 もしくは単なる事故で、誰も叡智の泉が重要であると知らないがゆえの問題かと思われた。

 

 セリオはさらなる情報収集に努めると手紙の末尾に記しており、それで手紙は終わっていた。


「どういうことだ?」


 苛立ちを隠さないペルペトゥアが、座っていられないというように乱暴に立ち上がり、部屋の中をぐるぐる回った。

 それからいきなり立ち止まり、ペルペトゥアはしばしの間立ち尽くす。

 メイナードの方へ顔を向けて、今気づいたことを共有しようと口を開きかける。

 しかし、同時にメイナードも同じことを考えていることに気がついた。

 二人の表情が奇妙な具合で固まって、それからゆっくり目線が上へ――甲板のほうへ向く(・・・・・・・・)


 セリオが情報を聞き出すことができなかった相手を、二人はすぐに思い至ったのだ。

 ルフィナに訊くしかなかった。

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