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ゲッテンス到着

 結局、残る二人の高速移動する兵士たちはアーリンとサンディがそれぞれ処理した。

 それから遅れてやってきたゲッテンスの騎士が大勢連れながらルフィナ一行を歓迎した。

 一瞬にして丸裸になったビーケルト山にかんしては、特にゲッテンスの人々に詮索されることはなかった。

 恐らくはルフィナの意向によるものだろう。

 

「怪我をした者は教会へ行って治してもらいなさい。<ワイド・フェード>は報告書を今日中に持ってくるように。護衛たちも同様にしなさい。わたしはこれからこちらの領主へ会ってきますわ」


 そしてメイナードとペルペトゥアの方へ向いて、


「二人には宿を取ってますわ。滞在は三日を予定していましたが、場合によっては繰り上がるのでその時はすぐに連絡をいたしますから」


 ペルペトゥアは頷くだけに留めた。

 

 ゲッテンスは軍が常に大量に駐在している大きな街で、かなり賑わっていた。

 すぐそばに河が流れていることも手伝って、魚料理を振舞う店も多く立ち並んでおり、周囲は食べ物のにおいで溢れかえっていた。

 めいめいに別れた一行は、まずその多くが怪我を治しに教会へ行くことになった。

 最後の戦いで負傷した護衛たちがかなり多く、手足がなくなった者までいる。

 大きい怪我を負ったものから優先順位をつけて、それぞれに教会へ向かった。

 特に死に直結することもなく、すぐに治療しなければならないということもないメイナードはかなり後回しにされる。

 待つ間がもったいないということで、メイナードとペルペトゥアは先に宿へ荷物を置きに行くことになった。

 

 普通の宿ならば荷物を置くのは貴重品を抜いたとしてもなお不安だが、ルフィナの取ってくれたそこは何の心配も必要ないくらいに清潔で整っていた。

 五階建ての木造建築は横に広く、複数の商業施設をその中へ収めた巨大な小都市とさえ言えた。

 食事を摂れる場所も複数用意されており、娯楽用の部屋まである。

 水魔法を使用できない者でも使える蒸し風呂がエントランスから脇に出た敷地内の別建屋に用意されているし、それとは別に水魔法使用者による補助が必要な風呂もある。

 部屋にはベッドルームだけでなく、安らぎながら窓の外を眺められる部屋が別途設けられており、そこにはテーブルと椅子がきちんと揃えられていて、頼めばそこで食事を摂ることもできるようになっていた。

 大きく採光の取られた窓と、贅沢に空間を使った家具の配置がリラックスするにはちょうど良かった。

 

 ソファに身体を預けると、旅の間に座っていた地べたや荷車の床がいかに辛かったかが分かった。

 縫い目が身体に食い込むこともない綺麗な縫製を施されたソファに身を沈めるメイナードは、宙に浮いた足をぶらぶらさせながら、火傷で熱を持った頬に水魔法を当てる。

 冷えピタの要領で、なおかつ自分でどの程度皮膚に張り付くかを調整できるので、痛みがすぐに引いていった。

 首を触るとまだぴりぴりと痛む。

 うっ血点が顎の方にまで浮き上がっており、顔色が良いとは言えなかった。


「教会に行くぞ。そろそろ時間だろう」


 ペルペトゥアは荷物を置いても特に気を抜いた様子を見せることはなく、部屋の隅々を点検していた。

 それに一段落ついたのか、ソファに座るメイナードの頭に手を置いた。

 少し温かい感触があった。

 

 **


 教会までの足は宿が取ってくれるサービスに頼った。

 エントランスにいるコンシェルジュへ頼むと、車を手配してくれる。

 乾獣の引く車は内装も整っており、御者もかなり清潔な身なりだった。

 どこへ行くにしても問題ないように、という配慮だろう。

 

 二人は教会の途中までそれに乗り、途中からは歩いて教会へ向かった。

 教会に大仰な車で乗り付けるのは気が引けたからだ。


 教会に入るともう護衛たちの姿はなく、祈りを捧げる市民たちが数人いるだけだった。

 無言で椅子に座り、正面にある祭壇に頭を下げている。

 メイナードの目にはそれが項垂れているようにも見え、何となく気まずかった。


「あなた方も治療を?」


 祭壇の奥の部屋にある扉を叩くと、そこから男が出てきた。

 ペルペトゥアの正装よりも格式張った修道服を身につける男で、ひと目見てここを管理する神父であることが伺いしれた。

 今のペルペトゥアは替えの安っぽい服だけを身に纏っており、メイナードも同様に簡易な上下を着ていたから教会関係者であることには気づかなかったようだ。

 メイナードの服は家から持ってきたもので、見た目は華美ではないが、それなりに着心地の良い服だ。

 それでも教会とは何の関係もない服なので、神父の態度も無理はない。


「宣教局の者だ。とりあえずこの子の怪我を見てやってくれ」


 驚いた様子の男にペルペトゥアは書類の束を手渡し、身分を証明した。

 書類と二人を見比べるように何度も見る男を差し置いて、ペルペトゥアは早々に祭壇の奥の部屋にある来客用の椅子へ腰を落ち着ける。

 それにつられてメイナードも同じように座り、男が扉を閉めるのを確認した。


「はあ、かなりのご身分なんですね」


 ゲッテンスは軍の街だから、そこまで教会の力はない。

 そういう事情もあってゲッテンスの神父はそこまで身分のある者が配置されているわけではなかった。

 男は豪奢な服に見合わないさっぱりとした態度で、テーブルへ書類を置くと、二人の対面に座った。


「色々あるんでしょうが、まずは怪我から治させていただきますね」


 たとえ身分が高くなくても、教会を任されるだけの力があるということはそれなりに魔法が使えるということだ。

 手早くメイナードの怪我の痕を見て手をかざし、すぐに治療した。

 水ぶくれも擦り傷もうっ血も全部元通り六歳児のつるりとした肌に戻る。


「他に痛いところは?」

「もうないと思います」

「また何かあれば来てくれれば、なんとかするから」


 あまりにも普通の態度に、メイナードは拍子抜けした。

 この神父はびっくりするほど態度が簡素だ。

 まるで市場で果物を頼んだときみたいに軽いので、メイナードはなんだか煙に巻かれている気分だった。


 しかしペルペトゥアのほうは気にする様子もなく、話を切り出した。

 

「この街で何か不審なことはなかったか?」

「それは、どういう意味でしょう?」


 神父は椅子に座って前かがみになり、二人の顔をよく見ようとするように目を眇めた。


「軍の不審な動きでも教会に通達された意図の分からない命令でも良いし、街で変な事件が起きたとかでも良い。とにかく普通じゃないことを全部教えてくれ」

「なるほど。わたしの方にはそんなに上の方から何か言われるってことはほとんどありませんから、よく分かりかねます」


 ただ、と前置きをつけて神父は立ち上がり書棚に仕舞ってある紙束を取り出した。


「ここに日報をつけて普段街で起きたことを書き留めているんです。それに何かあるたびにガリエル建設が発行している新聞も取ってあります。見てくださって結構ですよ」

「時間があまりない。できれば最近起きた一番奇妙だと思う出来事を教えてくれ」

「あー……」


 歯切れ悪く神父は二人を見つめた。

 ここに来た二人が一番奇妙な出来事だ、と言いたいのだろう。

 それを察したペルペトゥアは、すぐに立ち上がった。

 もうここでは情報を得るのは難しいと判断したのだ。


「じゃあ最後に一つお願いを。これを王都へ届けるようお願いしたい。宣教局の名前を出せば普通の郵便とは違うルートで運んでもらえるはずだから、ここの印を見せた上でそう伝えてくれ」

「は、はあ」


 そうして二人は教会を後にした。

 最後まで神父の顔には困惑が浮かんでいるように思えた。


 **


 それから二人は宿へ戻る前に食事をするために店へ入ることにした。

 市場の一画に店を構える雑多なメニューの並ぶ店を選び、二人して肉を頼む。

 赤身の肉が硬くなるまで煮込まれたスープは、口の中で妙に甘い香りが漂う。

 美味しいのか判別するのが難しい味だった。

 他の店の喧騒が響いてくるし、隣のテーブルも軍人崩れかなにかが座っていて騒がしい。

 二人で座ってもそもそと食べていると、自分の存在が希釈されて消えていくような感覚に陥った。

 そこでようやく、メイナードは口を開く。


「人を殺したんですよね」

「やっぱりそのことか」


 メイナードはゲッテンスに入ってからほとんど口を利いていなかった。

 ずっとずっとずっと、考えていたのだ。

 確かにあの時山ごと焼き払って敵を殺さなければ、逆にメイナードが殺されていた。 

 しかしそれでもメイナードが人を殺したという事実自体は動かない。

 

「まあ気にするなっていうほうが無茶だな」

「どうすればいいんですか?」


 メイナードには奇妙な現実感しかなかった。

 目の前で血を噴いて倒れる敵の姿も、木魔法で身体を貫かれて死ぬ姿も、水魔法で溺れて死ぬ姿も見ていないのだ。

 ただ自分が死ななかったことが、相手を殺したことの証明だ。


「美味しいものを食べて、気持ち良く風呂でも浴びて寝るしかない。自分が生きることを楽しんで、楽しいから生きなきゃダメだと思えばいい。そうして意味を見つければ、害するものを殺す理由になる」

「肯定していくしかないんですか……」

「メイナードが殺したおかげで奴があれ以上人を殺すことはなくなった、って考えるのも良い。とにかく必要なのは、否定しないことだ。ダメだったとか間違えていたとか考えると辛くなるからやめておいたほうがいい」

 

 今のメイナードに良い悪いを判断するのは難しかった。

 そもそも実感がないのだ。

 ただ人を殺したという事実と、そこに連なる無数の恐怖が結びついている。

 そしてその芯にあるのは、自分が死んだ光景だ。


 ――誰も助けてはくれなかった。

 雨のけぶる中、消えていく自転車。

 それを見ることしかできなかった自分。

 今のメイナードは自転車側だ。

 彼は何を思って逃げたのだろうか。

 何も感じなかったんだろうか。

 それとも今のメイナードのように恐怖を感じていたのだろうか。

 

「まあ今日の夜はもっと良い物を食いに行こう。時間が解決してくれることもあるさ」


 彼は今も時間が過ぎるのを待っているのだろうか。

 松山楽人の死体が雨のなかに消えてくれるのを待つつもりだったんだろうか。


 **


 宿に戻った二人は部屋で着替えた。

 ペルペトゥアは神父にもらった日報をベッドの上で漁っている。

 メイナードは帰りに買った飲み物とお菓子をテーブルに並べて、大きな窓から見える街の風景に目を凝らしていた。

 教会がそこまで大きくないのと同様、領主が住んでいるであろう城も大きくなかった。

 一番大きいのは、何に使われているかよく分からない尖塔だ。

 街の中心にそびえるそれは、人が住むにはあまり向いていなさそうだった。

 細い塔の周りには大きな建物が群がっており、近くにぽっかり空いた土地とそれを囲う木々が少し目立っている。

 恐らくはガリエル建設の持ち物だろう。

 尖塔は奇妙なレリーフが上のほうに彫り込まれており、一番上には像が立っている。

 遠くからではそれが何なのかあまり分からなかったが、とにかくガリエル建設の威光を示しているのは伺えた。

 この街は軍の持ち物だし、領主も軍人出身のはずだ。

 それでもそもそもこの街を作ったのはルフィナ率いるガリエル建設であり、この街で一番の有力者はルフィナをおいては他にないのかもしれなかった。


 そんな風に街を観察しながら、お菓子に手をつけていると、扉が叩かれる音がした。


「メイナードが呼んだのか?」


 従業員を呼んだのか、という意味だろう。

 メイナードは首を横に振って否定する。

 ペルペトゥアがゆったりとしたシャツを腕まくりして、ベッドから降りる。

 カーペットの敷かれた床を、無音で歩く。

 扉に手を掛ける前に、メイナードに目顔で指示を飛ばして後ろへ待機するよう命じる。

 扉を開けてすぐには見えない位置に立ったメイナードは、小さな水壁を鏡面のように立ててこっそりと扉の方を伺う。

 そこまで用意した上で、ようやくペルペトゥアは扉を開けた。


「こちらはペルペトゥア・ボニージャさんとメイナード・アシュベリーさんのお部屋でよろしかったでしょうか?」


 男が立っていた。

 美丈夫とは言い難いし、かといってむさ苦しいわけでもない。

 高めの身長に細めの体型。

 簡素な修道服を身にまとい、くすんだ金髪を刈り込んでいる。

 目鼻立ちにも目立つところはなく、街で見てもすぐに顔を忘れそうな凡庸な姿だった。

 

「誰だ?」


 しかし修道服を着ているということは、関係者かなにかなのだろう。

 ペルペトゥアも彼を知らないようで、警戒を崩すことなく声をかけた。

 手には何も持っていないが、扉の影に隠れて見えないところに短剣が置いてある。


「私は<まだら雲(スポット・クラウド)>と呼ばれています。本名はセリオ・ブランチ、所属は教会です」


 セリオは頭を下げて――つまりペルペトゥアを視界から一度外して、挨拶をする。

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