ゲッテンスまでの遠い道のり
メイナードとペルペトゥアは戻る前に樹の下で雨宿りした。
血の臭いを払うために緩やかに風を起こしつつ、メイナードとペルペトゥアは口裏合わせのための話をする。
「とりあえず<針食い>を殺したことや奴から聞いたことはなかったことにしよう」
「いいんですか、それ?」
メイナードはペルペトゥアの意見に賛同できず、首を傾げた。
ペルペトゥアは硬い表情のまま、雨に濡れた髪の毛を拭う。
「<針食い>の話をしたときにルフィナがどっちへ転ぶか分からない。もしかするとこのまま引き上げるかもしれない。それが一番問題だ。それに<針食い>を殺したって話も禁句だ。それを話したら結局死ぬ前に何か聞いたと勘ぐられる」
「勘ぐられたらまずいですかね?」
「わたしはともかくお前が黙っていられる保証はない。尋問なら反撃できても誘導されてうっかり喋る可能性は拭えない。なら向こうが話を持ちかけるとっかかりを隠したほうがいい」
「だから今回のことは話さない、と?」
襲撃の理由はともかく大本に国がいるというのは、大問題だった。
戦争を止めるためにルフィナが運河を作ったところで、国に戦争をやめる気がないなら意味がない。
むしろ海からの通路ができる分、戦線拡大すら起こりうる。
そんな状況を二人だけで黙っているなんて、メイナードには納得できなかった。
ほとんど無関係のメイナードたちがこのまま黙って旅を終えて別れたら、もうルフィナにそれを教えてくれる人はいなくなるのだ。
それでもペルペトゥアは話すことはない、と言った。
「わたしたちは戦争を止めるためにここにいるわけじゃない。そのために動くならわたしの魔法を大勢に見せることを避けられないし、それは嫌だ」
「なるべく手の内を隠しておきたいからですか?」
「ああ。電撃と筋力維持、自己回復とわたしが使う対抗魔法のほとんどがあの技に収まってる。普段なら電撃くらいしか使いたくないんだ」
「そもそもあれってどんな魔法使ってるんです?」
メイナードは濡れた髪の毛を風で乾かしつつ、ペルペトゥアの話を聞いた。
曰く、インターバルの長い電撃魔法を自分に打つことで、筋肉の痙攣を引き起こし、第二の対抗魔法である速度の維持を使って高速移動して、激しい動きで壊れていく身体を自己回復の魔法で治して戦っているらしい。
「電撃は五分に一度しか撃てないから確実じゃない。だから自分に撃って高速移動の種にしてる。自己回復しないと骨は折れるし内臓は潰れるから、結局使える対抗魔法を全部使ってる」
「痛そうですね」
メイナードは無茶苦茶な戦い方に、思わずそれしか言えなかった。
ペルペトゥアは特に笑いもせず、そろそろ行くぞ、と声を掛ける。
まだ雨は降っているが、一団に戻らなければ不審に思われる頃合いだった。
「強い奴らはみんな複数の対抗魔法を使える。わたしみたいに攻撃のために複数使わないといけないってのは、むしろ弱い部類だ。いくつも攻撃方法を持ってて手の内を晒さない奴が一番強い」
そういうペルペトゥアはすでに完全に回復しており、濡れた身体には傷一つなかった。
しばらく山中を歩いて帰ると、<ワイド・フェード>が嫌そうな顔をして待っていた。
**
「何があったか教えてくれ」
メイナードとペルペトゥア、ルフィナと<ワイド・フェード>で集まって車座になったところで、フィルは敵意を隠さない睨みを見せながら二人を見た。
ペルペトゥアは涼しい顔で、フィルを見つめ返す。
「敵の一人が森に逃げた。目的地がありそうな走り方だったから追いかけてみると、弓矢部隊がいた。それでそいつらを始末していた。それだけだ」
フィルは続いてメイナードを見る。
こくこくと頷くだけにとどめた。
「なるほどな。じゃあなぜあんなに遅かったんだ? そんなに遠くまでは行かなかったんだろ?」
弓矢の射程を考えれば一キロや二キロ離れたりはしない。
フィルはなおも追及の手を緩めようとせず、質問を繰り出す構えをみせた。
しかしそれをルフィナが遮る。
「どんなに質問を繰り返してもあなたの不信感は拭えませんわ、もうやめなさい」
「ですが……」
「時間の無駄だと言っているの。これから必要なのは不審を抱くことをやめるって内省的な話ではなく、不審を抱く相手と上手く付き合って適切に仕事をすることですわ」
言い切ったルフィナが今度はペルペトゥアの方へ向いて、
「不審不審と言ってしまい申し訳ありませんわ」
と頬をに手を当てて苦笑した。
彼女もまた二人の行動を気にしているのが伺えた。
部下の行動を諌めるという形をとって二人を非難しているのが、手に取るように分かった。
それでもペルペトゥアは黙っていた。
「それより今の問題は、ゲッテンス到着までの襲撃問題でしょう。相手はこちらの情報をかなり集めているはずです。そのうえで攻めてくるとしたら、必ず対応策を練ってきているはずですわ。メイナードさんを除くみなさんは魔法を見せたりしていませんよね?」
ペルペトゥアと<ワイド・フェード>が頷いた。
「じゃあメイナードさんの水壁と木魔法による大規模拘束以外の魔法には手を打たれていない、と考えるのが妥当ですかしら」
「恐らく。しかしそれらに対応するということは、一般兵が出てこないというのとほぼ同義でしょう」
フィルは厳しい顔つきで言った。
「魔法使い同士の戦いになる、ということですわね」
「じゃあ敵は<まだら雲>たちって可能性があるのか」
ペルペトゥアがするりと口を挟む。
ルフィナが形の良い眉をあげた。
「あら、どうして彼らが魔法使いだと?」
「指導する立場として外部から派遣されてるなら魔法使いの可能性が高い。彼らが出ないとするなら、<まだら雲>たちの直接の部下など、仲間を引き連れてくるだろう。外部委託する可能性もあるが、これまでわたしたちを追いかけ続けてきた以上、今回のために新たに仲間を呼ぶのは難しいはずだ。今ある戦力が使われるだろうし、その場合は指導者と魔法使いを同一人物にして部隊をコンパクトにするのが向こうとしては楽だろうな」
「なるほど、そういうことですのね。失礼」
目を眇めたルフィナは、ペルペトゥアを流し目で見た後に視線を<ワイド・フェード>に戻す。
明らかに、ペルペトゥアに圧力をかけていた。
どこかでボロを出して欲しいのか、ルフィナの態度は露骨だ。
「対策されるのは木魔法による拘束と水壁による遠距離攻撃阻害でしょうね」
アーリンが話を戻し、目元を両手で揉んだ。
雨で濡れた身体が疲労を蓄え、全員元気があるとは言えなかった。
「拘束を解けるだけの力を発揮できる、もしくは拘束されないくらい速く動ける、あたりが木魔法対策ですかね」
「水壁は遠距離攻撃の邪魔だけですし、魔法使いが接近してくれば役には立ちませんわよね?」
ルフィナがメイナードのほうを向いた。
「多分相手はそう考えると思います。僕もそれ以上の水壁の使い方は矢を防ぐくらいしか思いつきませんし、拘束する分には木魔法で十分ですし」
そう言ったメイナードを遮るように、フィルが口を開いた。
「木魔法の拘束より水壁による拘束のほうが強力だし、脱出手段が少ないだろ。そっちも警戒してくるだろうし、その両方に耐えられる人材を用意してくるだろうな」
「じゃあ木を剥がせる膂力の持ち主じゃなくて、そもそも拘束されない速度が扱える魔法使い?」
「ならフィルは防衛に回って残りで攻勢を仕掛けたほうが良さそうね」
アーリンは少しだけフィルの方を見る。
彼は軽く頷き、問題ないと態度で示した。
この程度の情報ならメイナード、ペルペトゥアがいる前で流しても良いという判断だろう。
そもそも戦闘が起きれば、嫌でも魔法を見せることになる。
それなら話し合いの段階である程度情報を開示するのは致し方ない。
「高速で動けるということは、一気にわたしだけを狙って単騎駆けしてくる可能性もありますわよね」
「それはサンディとレックスに何とかしてもらいましょう。大丈夫だよな?」
「ずっと警戒していられるなら。シフトを変更して守りを固めるべきかな」
「俺もシフト替えが必要だと思う。サンディも俺もずっと張り付いてられる環境じゃない。深夜体制をそのまま持ち越して基本は一人体制、残りは常時準待機がベストだ」
サンディとレックスはちゃんと居ることさえできれば問題ないと、自信のある部分をルフィナに見せた。
ルフィナは頷いて、二人へ笑みを浮かべる。
「じゃあお願いしますわね。フィルは変更後の護衛体制を後で報告して頂戴。旅程に変更は?」
「かなりの遅れが出てますが、ゲッテンスの滞在日を調整すれば問題ないと思います」
フィルは大量の報告書を捲りながら、今の状況を確認した。
「じゃあゲッテンスで領主様に挨拶は控えて、向こうで用意したらすぐに出るようにしましょう。予定日では二日前に船の用意ができるのですよね?」
はい、とフィルは頷く。
それからは日程の確認、攻撃された時の陣営の確認に終始した。
これからは普段からルフィナを中心に防衛を固めつつ、襲撃を受けたらすぐにレックスが攻撃を仕掛け、つづいてサンディが前に出るという話になった。
メイナードとペルペトゥアはその計画の妥当性を信用する以外なかったが、それは<ワイド・フェード>とルフィナも同じだった。
襲撃を受けたらフィルがルフィナを守りつつ、レックスとアーリンが街道沿いで相手の攻撃を受ける。
そしてサンディがさらに前へでて、それにペルペトゥアが続く。
メイナードはレックスとアーリンの二人、サンディとペルペトゥアの二人の間で水魔法や木魔法を使う隙を狙う。
それが<ワイド・フェード>とルフィナ、そしてペルペトゥアが時折口を挟んだ結果生まれた作戦概要だった。
敵が襲撃した時の最適行動かどうかは全員分からなかった。
何しろ、お互いに相手の魔法を知らない。
そのうえ襲撃してくる相手がどんな魔法を使ってくるかも分からなかった。
メイナードとペルペトゥアは攻撃を仕掛けてくるとしても<針食い>が来ないことだけ知っていたし、敵の攻撃の裏には国の陸軍が絡んでいることも知っていた。
それでもあまり有用な知識とは言えなかったし、誰もゲッテンスに確実にたどり着けるか分からなかった。
**
作戦を考えてからさらに二週間が経った。
ビーケルト山が視界に入ってくるほどには近づき、雨の日が増えてきた。
雨が降ると視界が悪くなるため、日報などに不審人物の影は目に見えて減った。
偵察できない天気だと判断したのか、護衛が見過ごすほど雨足が強いのかは分からなかった。
しかし明確な敵の出現はほとんどなくなり、この間に<針食い>の話題が出ることもなかった。
今の間、敵は<針食い>を誰が殺したのか揉めているのかもしれない。
陸軍の人物と知った上でルフィナ一行殺したらなら、ガリエル建設と国の戦争だ。
知らない上で死んだとしても陸軍の仲間がルフィナへ報復するのは止められない。
そして教会所属のペルペトゥアが殺したと判断した場合は、教会と国の戦争だ。
ペルペトゥアとメイナードに報復しようとする気運はガリエル建設の場合より高まりやすいだろう。
教会と事を構えたくない陸軍側がそうした流れを無理やり生む可能性もあるからだ。
しかし、死体が見つからない場合はどうなるのだろうか。
<針食い>を含め、あの時の弓矢部隊は全員灰になって消えた。
そのため、まだ死んだことすら分かっていないかもしれない。
死んだかどうかの確認、裏切って雲隠れした可能性、誰かに監禁されて拷問を受けている可能性などを考慮しているかもしれない。
そうなると、まだまだ向こうでは揉めているだろう。
事態は時間が経つにつれて複雑になっていき、黙っているメイナードとペルペトゥアも次の手が打てずにもやもやしたままだ。
誰も得しない道行きで、目的地だけが近づいてきていた。
なにもない間はそうした不安が渦巻きやすく、メイナードは敵がどこから来るか分からない荷車内にいるのを避けるようになった。
枝で骨組みをつくり、その間にみっちりと隙間なく葉を詰めた、頭と腕だけ出せるカゴのかたちをした合羽を作って雨をさけた。
準待機中の護衛たちにそれを見られてからは、簡易的に頭へ乗せるだけのもの作ったりもした。
若い葉でできた柔らかい傘は護衛の間で流行り、視界を取りやすく、濡れて体力を消耗することも減ったと評判だった。
「これ売ればすげえ儲かりそう」
護衛の一人が言ったので、メイナードは機会があればやってみたいと言うと、偶然話を聞いていたルフィナがにっこりと微笑みながら近づいた。
「その時は販売網の手助けをしたいですわ。素材を買う時に道を使わない分販路の拡大が難しかったりしますのよ、こういうのは」
と言って口約束を取り付けさせられたりした。
そうして思い出さない内にどんどん緊張感が目減りしていくような道行きの中で、一団はゲッテンスへと近づいていった。
さらに十日経った。
予定で言われていたとおり、ビーケルト山に着いた。
雨足は強いが日中の雨は気温もあって冷たくはない。
むしろ湿度があがったのに釣られたように上がる気温のせいで蒸し暑く、準待機中の護衛たちは半裸で過ごすのが基本になっていた。
窓もエアコンもない荷車の中は蒸し風呂のように熱気が立ち込める。
護衛たちの多くは荷車の屋根に乗って時間を潰していた。
夜になってもそこまで冷え込むことはなく、みな外套を身体に巻き付けて荷車の下の影で寝た。
朝になって雨がやんでいると生乾きの外套と外で何時間もシャワーを浴びずに過ごした護衛たちの臭いが立ち込めて酷かった。
風魔法でさり気なくメイナードは悪臭を防ぎつつ、ルフィナの駕籠近くに寄った。
彼女の駕籠は時折香が焚かれており、柑橘系類の鼻をくすぐるようなキツくない程度の甘い香りがするのだ。
そうして彼女の駕籠の近くに陣取ってビーケルト山に沿った山道を歩いていった。
峻厳なビーケルト山は魔獣も多く、道を作っても維持が難しい。
そのためゲッテンスへ行くにはビーケルト山を沿って大きく迂回するルートが取られており、まだ街が見えることはなかった。
山には大きな雲がかかっており、頂上は見えなかった。
メイナードたちは荷車に揺られながら蒸し暑い道を進んでいく。
そうしつつも、みなはかなり緊張を強いられていた。
これまでの間、ほとんど襲撃はなかった。
つまりこれからゲッテンスに着くまでに敵は勝負を仕掛けてくるつもりなのだ。
そこに護衛が戦うような隙はない、というのが<ワイド・フェード>の見立てだった。
だから護衛たちは精々肉壁になってルフィナを守る程度の働きしかできないし、戦いに参加することもできない。
巻き込まれて死ぬ可能性だってある。
戦って死ぬとは言い難いその在り方に、彼らは少しの怯えを抱いていた。
同時に自分たちを鼓舞するための激しい戦意をたぎらせ、何とか逃げ出さずにいた。
一方、<ワイド・フェード>たちは冷静に道の先を見ていた。
彼らにとって戦うことは日常茶飯事で、強い敵も問題ではなかった。
そもそも彼らは強いからこそ護衛として生きている。
有用性を認められているからこそ、ルフィナの護衛に魔法使いとして参入しているのだ。
自分たちは強い敵と戦える存在だ、という自負が強く、戦意も十分だった。
ペルペトゥアは肩の力を抜いて、乾獣の行くままに身を任せていた。
その実、身の内には怒りが渦巻いている。
彼女は教会に事情を聞いていなかった可能性がある、という事実と駒に成り下がって何の疑問も抱いていなかった人間を垣間見た怒りが未だ深く根付いていた。
彼女にとって組織の手足になることは、単に物を考えなくなることとは別種だった。
考えなくなって困るのは、自分だからだ。
良いように使われるだけ使われてボロ布のように捨てられるのだけは避けたかったし、そうなる人間を見るのも嫌だった。
だからペルペトゥアは未だに怒りを滾らせている。
内側で煮えたぎる痛みのような感情をどうにか抑えて、彼女は静かに敵を待っていた。
ルフィナはただ泰然として、駕籠のなかでゲッテンス到着を待っていた。
十代の若い女のような顔をした彼女は、表情の読めない態度で編み物をしながら駕籠で時間を潰している。
これから数日は襲撃と無縁ではいられないはずなのに、そんなこと微塵も気にしているようには見えなかった。
百歳以上を生きるエルフだからこその余裕であり、それらを持ってしてルフィナは大量の財を成したのだ。
外で護衛している者たちを信じている、というわけではない。
護衛を見繕った自分を信じているのだ。
その強い自意識が、ルフィナの身から溢れていた。
そうして誰もが思惑を抱えつつビーケルト山の脇を進んでいった。
道は綺麗に整備されており、草も刈られている。
大きな石や倒木もなく、道が壊れているところもない。
大所帯が進んでも問題ないくらいに綺麗な道を歩きながら、緊張感を漲らせた護衛たちがじわじわと進んでいく。
そうしてあらゆる場所に目を光らせ、敵の姿がないかと警戒していた。
メイナードも目を皿のようにしてあたりを見渡し、キョロキョロと首を振った。
大きなカーブを曲がるときになって、護衛たちはかなりの警戒をしていた。
曲がる時は死角が多くなるし、分断も狙いやすい。
敵にとって好機の場所だった。
陽が高いのだけはいただけなかったが、じきに雨が降りだしそうな雲模様だ。
そして一瞬太陽が雲に隠れて、あたりが暗くなった。
メイナードはルフィナの駕籠が曲がり角を通り過ぎて一瞬見えなくなったことに気づいた。
――その時だった。
「敵襲――――!!」
大音声。
前方の護衛が、あらん限りの声を張り上げて敵の登場を告げた。
直後に爆風で荷車の車輪が吹き飛んだ。
荷車が横倒しになって街道に部品と内装をぶちまけながら、ばらばらになる。
屋根に乗っていたメイナードは山側に吹き飛んで、咄嗟に風魔法で姿勢を直しながら宙へ浮かんだ。
メイナードの腕にも吹き飛んだ荷車の壁がぶつかり、ささくれだった木が大きなひっかき傷になる。
顔にも爆風の熱で浅い火傷が浮き、カッと鋭い痛みが広がった。
触ろうにも痛みで表情を動かすことすらままならない。
水魔法で頬のあたりを包み、冷水を循環させる。
痛みが冷たい水で緩和されている内に、腕の傷跡も水で流した。
泥が跳ねて傷跡についた部分も、丁寧に取り除く。
そうしている内に戦況は大きく動いていた。
カーブの先へ走り、ルフィナの様子を見る。
駕籠の周りには護衛が大勢おり、敵影はない。
その中にフィルもいて、メイナードを見つけた途端に大声を張り上げた。
「山の反対側から攻めてきてる! 向こうにペルもいる!」
事前に言われていたとおり、ペルペトゥアの後ろにメイナードは行こうと走った。
街道はすでに壊滅的な破壊に晒されており、いたるところに黒煙が舞っていた。
一団から離れたところで幾度も金属の音が響き渡り、戦闘が継続中であることを示していた。
森の中を走りつつ、音の方へ向かうと高速で移動する影が見えた。
ペルペトゥアだ。
相手もなかなか早いが、ペルペトゥアほどではない。
しかし数が多い。
数は三人。
いずれもメイナードの影を見た途端に、狙いを変えてきた。
水魔法、木魔法を誰が使っていたのか情報が出回っていたのだ。
木々の合間を縫って攻撃してくる影。
それらの内一つがまばゆい輝きに晒されて、次の瞬間無数の氷粒になった。
山側に不敵な笑みを浮かべる女――アーリンが立っていた。
すぐさま位置を変えるべく走りつつ、また狙いをつける。
残りの二人は仲間が死んだことで警戒し、一瞬遅れた。
メイナードはそのわずかな間に水魔法で壁をつくり、自分を覆った。
壁にぶつかった男たちが、とてつもない早さで壁を走り去りながら、跳び超えていった。
さらにその先にある木々を半ば蹴り倒す勢いで足場にし、方向転換する。
それを音だけの姿となったかのようなペルペトゥアが、追いかけた。
メイナードはしばし敵の姿を見失って、きょろきょろと自分のやるべきことを探した。
そして、大きな木の根を踏み越え、柔らかい腐葉土に足跡をつけながら走った。
高速で動く敵以外にも爆発を操る敵――恐らくは<まだら雲>――がいる。
他にも魔法使いがいるだろう。
何とか自分にできることをしなければと、走った。
水たまりを超えて、さらに森を走り回ろうとした。
しかしそのとき、唐突にコケた――何かに足を掴まれたように。
いや、違う。
誰かが本当に足を掴んだのだ。
メイナードはすぐさま飛び起きようと手を地面についた。
そして首を後ろへ向けた。
そこには、
「久しぶりね、調子はどう?」
にっこりと微笑む女がいた。
メイナードは絶叫し、足を思い切り引いた。
女の腕力は強く、足はびくともしない。
「うわあああああ!!!」
なんで、とメイナードは思うがうまく声にならない。
「逃げないでよ、知った仲じゃない」
「な、な、なんで」
「生きてるのって?」
水たまりから上半身を出したローザがゾッとするほどにこやかな笑みを浮かべていた。