仲間
敵が一集団ではないと分かってからの一週間は、激動の一週間となった。
バグリュッフェ大湿地周辺の地元住民――<まだら雲>
教会の異端集団であるジェムシス派――<針食い>
亡びた小国から流れてきた流浪の少数民族――<水演鬼>
北方の商業組合から爪弾きにされた非正規商業集団――<粒数え>
<針食い>による教導を受けたというジェムシス派からの襲撃以来、さらに二つの集団に一行は襲われた。
いずれも<まだら雲>とも<針食い>とも違う指導者によって指揮されており、ルフィナを狙って攻撃したことが以外に接点はない。
それどころか敵対している関係の集団すら存在した。
「ジェムシス派は人間による全体統治を理念として掲げていて、商業的な活動全体を廃する旨を宣言している。彼らが<粒数え>によって指揮された連中と組むとは思えない」
ペルペトゥアは教会の人間として、解説しつつ全員の顔を見た。
<ワイド・フェード>たちは一様に厳しい顔つきで、事態の複雑化に苛ついていた。
「あいつらはマジで全然関係ないってことかよ」
「そうなる。しかし情報はある程度共有しており、かつ直接戦闘に参加する連中はその事実を知らない」
「じゃあ上で繋がってるってこと? <まだら雲>と<針食い>、<水演鬼>に<粒数え>。こいつらが同一グループで、それぞれが尖兵を揃えつつ、敵でも味方でもない集団をかき集めて、本人たちの知らないところで共闘箚せてるってこと?」
「にわかには信じられないことですが、そうかもしれませんわね」
ルフィナは苦い顔をしていた。
手をあごに当てて、思案するように目を閉じる。
白い頬が心なしかやせ細り、薄暗い影が落ちているように見えた。
「もしくはその四人が実は同一人物って可能性もあるでしょうね」
フィルがルフィナ社長に気を遣って敬語で話をした。
「そんなことって可能なんでしょうか? 四つのグループに気付かれないようにそれぞれを唆して、成果の上がらない犠牲へ駆り立てるなんて」
「やりようはいくらでもある。魔法はどんなことでも可能な以上、不可能な作戦というのは相手の情報が存在しない現状ではあり得ない。どんな可能性も、存在する」
魔法が自然を乗り越えるために、自然と対立する力を発揮する以上、未確認の敵がどんな魔法を使うかは分からなかった。
だから、できないことを推測することは不可能だ。
「問題は相手の意図が掴めないことですわね。敵集団がそれぞれの利益を追い求めているせいで、どれが本丸か分かりませんわ」
「四つのグループそれぞれの目的はガリエル建設かルフィナ社長の命だろう。その裏にいる連中がなぜこのタイミングで襲うことを決めたのか、というのは<まだら雲>たちを捕まえないことには分からない。推測するより、次の戦いに備えたほうがいいな」
ペルペトゥアが<ワイド・フェード>たちを見ながら言う。
代表してフィルが言い返した。
「備えるために話し合う必要がないとでも? 俺たちは別に遊びでやってるわけじゃない」
「よしなさい、フィル。ごめんなさいねペルペトゥアさん。メイナードさんが眠たそうですし、今日はもうここらへんでお開きにしましょうか」
ルフィナがメイナードを見もせずにそう言うと、その日の話し合いは終わった。
<ワイド・フェード>はかなり神経をすり減らしていた。
ペルペトゥアとしてはこれ以上身のない話し合いをするのはやめよう、と思っただけなのかもしれないが<ワイド・フェード>には煽りに聞こえても無理はない。
ルフィナが取りなしてくれたことにメイナードは感謝しつつ、<ワイド・フェード>から離れるようにしてペルペトゥアの元へ近寄った。
「なんであんな風な言い方したんです?」
「さっさと話し合いを終えたかったからだ。それに今の言い方ならしばらくはわたし達の方へ寄ってこないだろう」
そう言ってペルペトゥアはさり気なく周囲を見渡し、人がいないことを確認した。
「なにかあるんですか?」
ペルペトゥアの仕草につられて、メイナードも声を落とす。
なるべく疑われないように、単に夜だから声を落としているだけと装った。
「次の襲撃が来たときの話をしたい。いいか、明日からはわたしから離れず動いてくれ。それで、襲撃が来たら迷わず森の中へ飛び込め」
「な、何をする気ですか?」
ペルペトゥアは今日の夕食を告げるときのような、緊張感のない表情で囁いた。
「<まだら雲>を捕まえる」
「え、え……っ!? どういうことで――」
ペルペトゥアが咄嗟にメイナードの口を抑えた。
「べつに<針食い>でも誰でもいい。要するに捨て駒以外を狙いたい。わたしたちだけで話を聞きたいんだよ、ルフィナも<ワイド・フェード>も抜きだ」
「そんなのいいんですか」
「ダメに決まってるだろ。だからこうして内緒話にしてるんだよ」
ペルペトゥアが後ろに回って、メイナードの両肩をがっしりと掴んで、背後からささやく。
そのままゆっくり背後からペルペトゥアは押してきて、メイナードたちはずるずると今日の野営地から離れていった。
彼女の体温も匂いも感じられる距離で、メイナードは少し気恥ずかしい思いをしつつも、話を続けた。
「でもどうやって? 森の中へ飛び込むって言ったってどこを目指すんです?」
「そりゃあ弓矢部隊だろ」
今までどんな勢力も一貫して死ぬために特攻してくるような剣と槍を持った部隊と森の中の見えないところから弓矢を使ってくる部隊に分けていた。
逆にいえば、それら以外の部隊をこちらは把握していない。
指導者としての<まだら雲>たちがどこへいるのか、というのを知らないまま戦っているのだ。
魔法を使う者と戦うときに最も生存しやすい戦い方は、相手の前に姿を晒さないことだ。
どこにいるのか分からない相手を攻撃するのはよっぽど特殊な魔法でない限り難しいから、今回のような向こうが攻撃を仕掛けてくる戦いにおいては有効だ。
こちらは未だに叩くべき相手を見つけてすらいない。
それでもペルペトゥアは自信満々な様子を崩さない。
「後方の弓矢部隊に指導してる奴がいる可能性が高い。もし攻めにいった中に指導者がいなかったら戦闘に向かう連中はどう思う?」
「えーっと、ちょっと分かんないです」
「見捨てられたのかも、だよ。やっぱり自分たちを導いてくれる奴が側にいるのは心強い。それに、攻めに行く集団を個別に分けてどう対処されたかを確認する時って近いほうが便利だろ? 魔法使いがどこにいるか探ってるってのを後方の確認部隊に任せるのはやっぱりこれも悪手だから、理由を言わずに結果だけすぐさま報告してもらえるように弓矢部隊に張り付いてるのが一番いいんだよ。安全圏にいつつも前線に出る連中を安心させてやれる距離、それが弓矢部隊の側ってわけだ」
メイナードはペルペトゥアの話を咀嚼しつつ、ありそうな予感に満ちてきていることを自覚した。
というよりも、そうであって欲しいという願望が極めて強かった。
見えない敵がどこにいるか分からない、という状況よりも推測であれある程度把握できている方が楽だからだ。
そうしてメイナードとペルペトゥアは次の襲撃で森の中へ入ることを決意した。
**
その機会はすぐに訪れた。
ほぼ毎日敵が襲ってきている以上、いずれは起きることだったし、心の準備も待つ時間が長くなればなるほど緩んでいくから、早いうちに来てくれたのはむしろ幸運だった。
「敵襲――――――っ!!!!」
声を張り上げる護衛と、武具の立てる硬質な音が重なり、山中は一気に騒然となった。
その中で鋭く飛ぶ指示は、上下がきっちり決まった<ワイド・フェード>とその指揮下にある護衛たちのものだ。
メイナードとペルペトゥアは普段から自主的に動いて敵を殲滅させるだけだった。
だから今回も特に指示がなく、二人は固まってことに当たった。
「うわっ」
敵の一団、五人組が襲いかかってくるところに一部護衛の数が少ない部分があった。
そこに飛び出た二人は切り込むような形で道を外れて、あえて残した一人以外を地面に縫い付ける。
逃げ切れた一人は恐怖に顔を歪めて、慌てて森の中へ飛び込んで消えようとする。
普段なら背中が見えているうちにメイナードが再び胴体か足元を絡め取って終わりにするが、今回は違う。
「追うぞ!」
「はい」
逃げた男を二人して追いかける。
場を守ることに精一杯の護衛たちは特に気にかけることもなく、二人の行動を静観していた。
そして二人は道が見えなくなるくらいまで追いかけ回して、男が何処へ行くか確認した。
メイナードは六歳児の歩幅で到底追いつけないということもあり、途中からは風に乗って跳んだ。
枝葉に身体を乗せて身体を振り回すと、視界がぐるぐると揺れて吐き気がこみ上げるが、文句を言っていられる状況ではなかった。
ペルペトゥアの方は悠々とした足取りで男を追い回し、汗一つかかないまま男が立ち止まるまで走り続けた。
そうしてようやく男が目的地にたどり着いた。
少しひらけた場所で、そこには野営の準備や幌が張ってあり、小規模ではあるがしっかりとした準備がされていた。
十数人が弓矢をもっており、男が出戻りしてきたタイミングで一斉にこちらへ向いた。
「敵だ、撃て!」
唯一弓矢を持っていない女が鋭い声音で指示を出すと同時、すばやく腰に佩いた剣を抜き取って二人に向かって走ってきた。
ここまで走り逃げてきた男は後ろにいるメイナードとペルペトゥアを忘れて、頭を抱えてうずくまる。
そこへ鋭い矢が次々に飛び込んできて二人を襲った。
すぐさまメイナードが水壁をつくって矢を止め、男たちの弓を持つ手を枝で絡め取った。
うめき声をあげながら腕を引っ張られる彼らが地面に転がされている間、うずくまった男はどうにか這いつくばって移動しつつ、メイナードに向かって剣を振るう。
殺さなかければ殺される、という決死の覚悟が彼を駆り立てていた。
「くそがああああ!!」
怨嗟の声とともに振られる剣。
それを止めたのは、メイナードではなくペルペトゥアだった。
片手に持つ剣で相手の腕を弾き飛ばしつつ、もう片方の剣で首を刎ねた。
流れるような動作で男を絶命させると、すぐさま敵の方へ向き直る。
すでに戦えるのは、剣を握った女だけとなっていた。
「クソが、無能は無能だな」
吐き捨てるように言葉を紡いだ彼女はじりじりと後ずさりしながら、二人を品定めするように見つめた。
ペルペトゥアがふた振りの剣を握りつつ、間合いを詰めていく。
しかし女はギリギリまで動かなかった。
メイナードがどうすればいいか分からず、とりあえず動きを止めようと足に枝葉を絡めようとした。
そこでようやく女は攻撃を始めた。
足首に伸ばした枝が、粘着質な透明の液体に触れた途端、白煙をあげて焼き融けたのだ。
女はちらりと枝を見るだけだったが、それが彼女の攻撃だったことは容易に理解させられた。
さらに水鉄砲のような勢いで彼女の手から液体が放たれ、ペルペトゥアに向かって飛んだ。
「おらっ!」
ペルペトゥアは避けもせずに手で払い退けようとしたが、鈍いうめき声を上げてかすかに顔を歪めることとなった。
液体は腕にべっとりと付着し、もうもうと白煙をあげながら、皮膚を溶かしていった。
腕まくりしていたおかげで服が溶けることこそなかったが、赤黒い真皮が露出し、煙とともに肉が溶け落ちていくのは見ていて激しく痛みを想起させる光景だった。
メイナードが知らず知らず自らも顔を歪めていると、ペルペトゥアが獰猛な笑みを浮かべて女を見た。
その表情に何かあると警戒したのか、女はさらに手をかざして液体を放出させようと動き出す。
しかしそのとき、激しい音ともに戦場に光が落ちた。
雷だ。
ペルペトゥアの腕に、激しい雷撃が落ちてきた。
液体に溶かされ真っ赤な肌を晒していたペルペトゥアの腕が、血管の筋が赤黒く浮き出るような形でひび割れて、炭化していった。
さらに二の腕から鎖骨にかけての筋肉が電撃で痺れて痙攣し、激しく身体が揺さぶられていた。
これに天運を感じたか不穏を感じたかは分からないが、女は一瞬の隙をついたつもりで背を向けた。
森の奥へ走っていこうとした彼女を、激しい衝撃が待ち受けていた。
勢いよく荷を地面に落としたときのような無機質な音とともに、女の息がつまるうめき声がもたらされ、続いて奥の木々が鈍い音ともに倒壊した。
そのあとに激しい風が一帯に吹き荒れ、ようやく収まった頃にペルペトゥアが森の奥から風をつれて戻ってきて、女の腰を踏み倒した。
ペルペトゥアが高速移動して女を背後から殴りつけ、その勢いのままに森の奥まで走り翔んでいった末に、戻ってきたのだ。
それがほとんど一瞬の内に起こった。
衝撃で最初にペルペトゥアがいた位置の地面がえぐれ、男たちが待機していた幌は半ば倒れていた。
メイナードも、気づいたら地面に腰を落としてあたりを見渡していた。
自分が立っていないことにすら気づいていなかった。
「わたしの速度から逃げられると思うなよ。もう一度やるなら次は腕を落とす」
うつぶせになった女の腰を踏みつけるペルペトゥアが、首筋に剣先をつきつけて話をした。
地面に口がついている女はわずかな顎の動きで頷いてみせる。
メイナードも二人の横へ寄って、ペルペトゥアの許可を得てから女の手足を枝葉で縛った。
「何をしたの?」
後ろを向いていた彼女は何も見ていないから分かっていない。
ペルペトゥアはすでに腕が回復して、つるりとした白い肌に戻っている。
「お前に答える必要はない。まず誰か教えろ」
「ローザ。ローザ・フランプトンよ」
「所属と今まで何と名乗ってたかも」
「ロセリア王国陸軍機動捜査隊所属でここじゃ<針食い>と名乗ってたわ。もういいでしょ」
ペルペトゥアは目を見開いた。
かろうじて息を呑むのは避けて、何とか平静を保っているふりをして話を続ける。
彼女が王国所属の軍人だという事実が、この状況の不可解さを端的に現していた。
「なぜこんなことを?」
「ルフィナを足止めするよう言われてたのよ。それにこっちは元々ジェムシス派の潜入捜査もしてたの! あんた教会でしょ? 立場は違うけど仲間よ」
組み伏せられて息も絶え絶えのローザから漏れた仲間という言葉に、今度こそ息をのんだ。