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さらなる敵襲

 ルフィナにシャワーを提供してからの一週間は、一行にとって緊迫と焦りを強いられる一週間となった。

 敵が動き始めたのだ。

 それも表立ってではなく、裏でこっそりと――しかしこちらが気づく程度の甘さは残して。

 夜更け過ぎに不審な人物の報告が相次いだり、移動中に獣の影が見えたと思ったら人だったりと、攻撃こそしてこないがあからさまな偵察行為が行われていた。

 一番奇妙だったことは、ある日のアーリン隊の一部が用意していた朝食が、四人分ほどまるごと消えたことである。

 この行為に特定の意図を見つけるのは難しい。

 

 強いて言うならば、示威行為だろうか。

 ――お前らを見ているぞ。

 影からそう言われているかのような圧迫感を感じているのはルフィナ一行全員の共通認識であり、それらを口にしてはいけないのもまた同じだった。

 

 誰も恐れていないし、敵は出てくれば惨殺してしまえばいいし、そもそも敵などというものは我々と比べてあまりにちっぽけで臆病な存在だ。

 

 そういう風にルフィナ一行の護衛集団は自分たちを鼓舞しあって、恐れを抱くことのない冷酷無比の集団という認識を高めていった。

 流石に<ワイド・フェード>たちはもう少し考えていて、


「襲撃から不審な報告が相次ぐまでの間に一週間空いていたのは、敵が予想外の被害を被ったからだろ」


 リーダーであるフィルはそう言って、全員の同意を促した。

 

「三十人は殺される予定がなかったってこと?」


 アーリンは勝ち気な態度を崩すことなく、腕を組んで話をきく。

 フィルは頷いて、<ワイド・フェード>を見渡した。


「<まだら雲(スポットクラウド)>は彼らを捨て石にしたつもりだったが、全員があそこでやられるとは想定してなかったのかもしれない」

「あれは今と同じでちょっとした偵察行為を兼ねた攻撃だったってこと?」

「多分な。犠牲者は覚悟の上だったはずだが、全滅は想定していなかっただろう、と今は思う」


 少しだけ自信の欠けた物言いをするフィルに、アーリンが鋭い眼光を刺した。


「理由は一週間の開きってわけね。まあ、納得出来ないわけでもないわ」


 そうして<ワイド・フェード>はこの一週間を乗り切ろうと推測を重ねた。

 敵は不本意な損失を補うべく、一週間の猶予を必要とした。

 それからの一週間は偵察と情報収集の一週間となった。

 必要としている情報はひとつ――誰が弓矢を止めて、全員の足を絡め取ったか。

 これらの情報を集めることで、次の襲撃への対策とする。

 魔法使い同士での戦いは、相手の攻撃の手法を分析することがもっとも重要になる。

 魔法が自然では起こりえない状況を発生させる以上、初見では対策を取れないからだ。

 しかし相手がどんな手を使ってくるかを想定できれば、それを攻撃する際に念頭に置くことができる。

 自然では起こりえない超常をあらかじめ想定できるのは、決定的な有利となる。

 

 つまり、彼らは次の襲撃を考えているのだ。

 想定できる襲撃のタイミングは一つ。

 城塞都市、ゲッテンスへの到着直前だ。

 彼らが旅程を把握しているのは<ワイド・フェード>たちも自明としている。

 敵は情報収集を行っており、それらを活用する機会を待っているはずだった。

 ゲッテンスに着いたら護衛要員を変更する可能性もある。

 もし予定になくてもこの状況ならルフィナはやりかねない。

 それを恐れる<まだら雲>は必ずゲッテンス到着までの間に何らかの手段を講じるだろう、というのが<ワイド・フェード>の見立てだった。


「情報収集を最大限行うのと、ゲッテンスの応援を待たずに襲えるポイントはピーケルト山沿いの最後の曲がり道付近だろう。そこなら雨が降っても街道を整備しているおかげでぬかるみに足は取られない。だが石段で乾獣はともかく荷車が滑りやすいから、速度が落ちる。見通しが悪い道で足止めを食ってるが、かといって完全に停止はしない。なるべく早く抜けたいと思う焦りが敵にとって有利に働くだろうな」

「雨の可能性って高いの?」

「最近のゲッテンス周辺は雨続きだ。一年の三分の一くらいは雨が降ってるような場所だからな。もし晴れてたら水はけの良い街道はすこぶる通りやすいはずだ。だがそれを乗り越えたらゲッテンスに着いちまうから、襲うしかなくなるだろうな。天気がどうであれそこまでに敵は仕掛けてくるだろ」


 フィルは敵の事情を分析して、<ワイド・フェード>全体で対策を講じるべく日夜考えにふけっていた。

 ペルペトゥアとメイナードはそれを聞くだけで特に話し合いに参加することはなかったが、再び戦う可能性に思いを馳せ、気をもんだ。

 

 だがゲッテンスに着くのは一ヶ月後だ。

 露骨な攻撃が止まった今、メイナードはわずかに緩んでおり、警戒心も薄れてきていた。

 昼のうちは護衛の荷車を転々としつつ、暇な準待機班などと話をしてみたり、剣や戦いについての話を聞いたりして暇をつぶしていた。

 夜はご飯を作るのを手伝いつつ、朝はルフィナのシャワーに付き合っていた。

 さらに言うと、夜のうちに<ワイド・フェード>のアーリンとサンディのためにも浴場を作っていた。

 ルフィナのシャワーの最中に二人がメイナードを注視していたのは監視のためではなかったのだ。

 

「わたしたちもね、ほら、あれよ」

「身体がべとべとしてると戦いにくいんですよね。お願いしても良いですか?」


 と言われ、メイナードの仕事が増えたのだった。

 もちろんペルペトゥアに許可はとったし、メイナード自身も仕事が特にないのを気にしていたところだったので渡りに船という具合だった。

 そうしてメイナードは僅かな緩みを感じつつ、気を引き締めるときを待っていたが――


「敵襲――――――――っ!」


 大音声があがり、唐突に緊張感が舞い戻ってきた。


 **


 メイナードは隊列の後ろあたりでぶらぶらしているところだったが、ちょうどそこに五人の男たちが走り込んでくるところだった。

 五人は全員軽装で、鎧も胸当て程度しかつけていない。

 かなりの速度で走り込んではきていたが、メイナードが捕まえられないほどではなかった。

 彼らの足元へ一気に罠を張り、一瞬で刈り取る。

 羊歯(しだ)植物のような細い枝葉が彼らの足首に絡みつき、動きを絡め取った。

 うめき声をあげて崩れ落ちる彼らが、物凄い反応速度で足首に剣をかざして枝を切り取っていく。

 しかしそうしている間にもメイナードは枝葉を伸ばし続け、彼らを地面に縫い付けた。


「上にも!」


 近くで剣を構えていた護衛が盾を構えつつ、メイナードに大声をかけた。

 とっさに空を見上げると、無数の矢尻が一行に向かって飛んでいた。

 数をかぞえるのが難しいほどの量だ。

 そのうえ、今度は一面を覆うような飛ばし方ではなく、一行を囲んでそれぞれ飛ばしているようだった。

 メイナードは個別の矢を正確に把握するのは諦めて、天井のような水壁を張って対処する。

 矢尻が壁に当たって砕ける硬質な音ともに、敵の雄叫びが散発した。


 五人以外もいたるところに敵襲が迫っているのだ。

 前の方を守るアーリン隊がルフィナの駕籠を護衛の荷車で囲い、即席のバリケードを作って対処している。

 そこへ層になって攻撃するわけではなく、断続的な個として敵集団はぶつかっていた。

 集まって攻撃するとメイナードに刈り取られるのが分かっているのだ。

 だから、彼らは一点突破で集団をぶつける戦法をやめて、個別の小集団を作って別個に対処されるよう仕向けたのだった。

 メイナードは風魔法で浮き上がり、全体を俯瞰で見つつ全員に対処しようとしたが、そこで鬼の形相を浮かべたペルペトゥアと目があった。


「走れ!」


 曖昧な表現だったが、ペルペトゥアの言わんとすることは理解できた。

 目立たず動け、と言っているのだ。

 この場でメイナードが飛んでも、敵が対処するのは難しいだろう。

 しかしメイナードが前回の木魔法を操り、水魔法で障壁を作った魔法使いだとバレてしまうリスクがある。 

 ゲッテンス到着前にその事実がバレるよりは、隠し通していたほうがこちらにとって有利だった。

 

 しかしメイナードがここで飛べば、ずいぶんと戦闘は楽になる。

 もしかしたら今のこの瞬間に斬り殺される護衛だっているかもしれないのだ。

 それを見捨ててまで、情報隠蔽を選ぶべきなのだろうか。

 メイナードは迷って、一瞬動きが止まる。

 視界の端に映った敵影をとっさに木魔法で捕まえ、地面に結び止める。

 飛べばもっとはやく、全員に同じことができる。

 もしかすると弓矢部隊も何人か見えるかもしれない。

 

 だが、結局メイナードは動けなかった。

 ペルペトゥアの指示を無視してメイナードの魔法が相手にバレた場合、メイナードに責任が取れないからだ。

 敵がメイナードに絞って猛攻をくわえたり、メイナードの油断を狙ってきたときにメイナード自身が対処するのはとても難しい。

 それならペルペトゥアの言うことに従い、今回は護衛たちの強さにすがっても良いかもしれなかった。


「こっち助けてくれ!」


 メイナードに向けた声だと気づいて、アーリン隊のほうへ走る。

 今はこうして個別の助けになれば、それでよかった。

 

 走って声のほうへ向かうと、そこには同じように五人組の敵が護衛たちと剣を交えていた。

 硬い音が山間に響き渡るような剣の間合い。

 軽装の彼らは鋭く足を踏み込んで、護衛たちを翻弄した。

 押し切った彼らを一度突き放してあらためて剣を振っているころには、別の相手がフォローに入ってくるといった具合で、間合いを掴ませない。

 メイナードの足を引っ掛けるやり方も、次々に立ち位置を組み替える彼らのやり方にはついて行けそうもなかった。

 捕まえる方法を変えるしかない。

 足は早くても、胴体はあまり動きがない。

 彼らはあくまでも体幹を維持して激しい動きに力を乗せていた。

 その裏をかいてメイナードは胴に枝葉を巻き付かせた。

 そして地面から伸ばした枝葉と絡み合わせて、思い切り後ろへ引っ張る。

 散歩中にはしゃぎすぎた犬がリードに引っ張られるように、いきなり後ろへ引き戻された彼らがたたらを踏む。

 その隙を逃すほど護衛たちは甘くなかった。

 激しい踏み込みとともに一気に剣を振り下ろし、足の止まった彼らを切り裂いた。

 血が街道を染めていく。


 そうしているうちに彼らの数はどんどん減っていった。

 五人組の集団が実に七組。

 そのうち三組が全滅し、さらに三組の中で八人は躯を晒して街道に倒れた。

 四人が怪我負いつつも逃げ切り、メイナードたちの前から姿を消した。

 そして三人と一組が生きたまま捕らえられ、メイナードたちの前で縛られることになった。


「また偵察かな」

「恐らくそうでしょうね。今回は前回のミスを踏まえて、魔法使いを探りに来たみたい」


 アーリンとフィルはそれぞれクロスボウを携え、頬に垂れた返り血を拭った。

 今回もまた魔法を使わずに対処したのだ。

 それはペルペトゥアも同じで、二本のショートソードについた血と肉を捕まえた彼らの服で拭っていた。

 胸の前で仲間を殺した剣がぬらりと光っていることに、男は怯えていた。

 

「五人組で分けたのはどこの隊が前回と同じやられ方をするか見てたってとこか」

「じゃあサンディ隊のほうにいた連中まわりって絞られたわけね」


 そういいつつ彼らはメイナードを見た。


「多分。僕がいたことを後ろに控えてる誰かに見られた可能性はありそう」

「まあそれは仕方ないかもしれない。どうせ全組の後ろに偵察班がいただろうし、どこにいてもバレた時はバレたよ」

「次の襲撃に備えてメイナードの位置は<ワイド・フェード>で共有しといたほうがいいかもね」

「うん、分かった」


 フィルとアーリンの話に頷きつつ、横目でちらりとペルペトゥアを伺った。

 ペルペトゥアは何も言わずにただただ見つめ返すばかりで、何も言ってはこなかった。

 <ワイド・フェード>とルフィナが揃っている場で発言するのは憚られたということだろう。


 今度はフィルが仲間にむいていた身体を捕まえた彼らに向けて、話し始めた。

 

「ところでお前らは次にいつ襲撃するか聞いていないのか?」


 彼らのうちの一人に狙いを定め、フィルは目を合わせた。

 相手の方は怯えつつもひたすら首を振り、助けてくれ、と細い声で漏らした。

 彼にはすでに腕がなかった。

 血を止めるためにメイナードが腕の根本を枝で縛っている。

 もし今殺さなくても、放っておけば死ぬような状態だった。


「他の奴らは? <まだら雲>は何もお前らに教えてくれなかったのか?」


 声を張り上げるといった露骨な行為を取らなくても、クロスボウを持っているだけで、フィルの声は十分威圧的だった。

 次々に彼らと目を合わせ、怯える彼らの言葉を待った。

 喉が震えて声の出ない彼らだったが、何も喋らなければ次の瞬間には殺されるという確信があった。

 一番勇気のある者が、どうにか声を絞り出した。

 

「<まだら雲>ってなんですか……」


 フィルがせせら笑う。

 相手が面白い冗談を言っているかのように、口元を歪めた。


「おいおい、今更とぼけるのはナシだろ」

「え、えっと、本当にわからないです……」

「だから、てめえらの指導をした男だよ。<まだら雲>って名乗ってるんだろ」


 男は首を横に振った。


「ぼ、僕らに戦い方を教えてくれたのは<針食い(フィード・ニードル)>っていう女の人です……<まだら雲>ってのは聞いたことありません」


 今度こそフィルが笑うのをやめた。

 へらへらと笑っていた<ワイド・フェード>の面々は顔を硬質な仮面で覆ったかのように無表情と化す。

 ルフィナとペルペトゥアは興味深そうに眉尻を下げた。

 

「どういうことだ? お前ら地元民だろ? <まだら雲>ってやつに戦術指導してもらったんじゃねえのか」

「え、なんのことですか。僕らはそんなの知らないです。僕らは教会ジェムシス派の正規僧兵ですよ! 地元土民と一緒くたにするな!」


 おどおどしていた男のどこにそんな元気があったのかも分からないほどに大声をあげて、怒り狂っていた。

 他の捕まった連中も蜂の巣をつついたように怒り出し、教義を叫んだ。

 メイナードが知っている教会の話とはぜんぜん違うもので、何を言っているのかさっぱり分からない。

 しかし彼らが地元住民とは相容れない存在であり、教会ともまた敵対していることだけは分かった。

 ペルペトゥアも首を傾げて、彼らの話を聞き流していた。

 

 だがこれは大問題だった。

 <ワイド・フェード>もルフィナも苦い顔で、彼らを睨んでいた。

 もう誰も彼らの話を聞いてはいなかったが、事態が混乱の只中に叩き込まれたことだけは理解していた。

 

 敵は一集団だけではない。

 敵対する思想を持った集団が、ルフィナを狙ってそれぞれに攻撃を加えようとしているのだった。

 そのうえ何故か、指揮する連中が情報だけは共有している。

 地元住民と敵対しているはずの彼らが、なぜ危険な魔法使いが存在することを知っていたのか。

 この場の誰もが疑問を抱きつつ、何も知らない人間ばかりを捕まえることになった不明瞭さを恨んでいた。

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