アーリンの魔法
爆発が収まってすぐに、ルフィナとメイナード、ペルペトゥア、そしてアーリンはルフィナの駕籠に入って話し合うことになった。
状況が状況であることに加えて、これ以上の爆発が懸念されるということもあって、話し合いをせざるを得ない状況だった。
ペルペトゥア専用の駕籠は垂らした布で内部に仕切りをしており、入ってすぐの空間は四人が車座になって座っても十分のスペースだった。
寝る時用にゆったりとした服を着たルフィナはその上からコートを羽織り、仕切りの向こうからクッションを持ち出してその上に腰を落ち着けている。
外では護衛が出入り口に張り付いている。
ペルペトゥアとメイナードも護衛ではあるが、あまり積極的に関わる立場ではないはずだった。
それでもこんな状況では、関係ないので寝ます――とは言い出せなかった。
「爆発した頭部の破片は全部なるべく早く回収しなさい。なにか手がかりが見つかるかもしれないわ」
「魔法による爆発では見込みは薄い。それよりも戦闘が始まってから先程までの状況を全部見直して、何が引き金になって爆発したのか推測するべきだ」
「これに関しては社長よりもペルペトゥアに賛成です。次の爆発を未然に防いで、相手がどういう意図を持っているのか確かめる方が建設的ですよ」
アーリンはルフィナがいるから敬語だ。
駕籠の外ではあらためて火が焚かれ、フィルが二十九人を監視していた。
ルフィナの指示だ。
彼女は<ワイド・フェード>全員の魔法を知っている。
つまり誰が監視業務に向いているかもきちんと把握している。
メイナードはこの状況で<ワイド・フェード>のリーダーが話し合いに参加しないというのは、フィルの魔法が監視に相当向いているのだろうと予想した。
「それでも頭部は回収しなさい。後回しでも構わないわ。いま捕縛している二十九人にその姿をきちんと見せるのよ。頭の破片が散らばったまま慌ただしく護衛が走り回ってるのを見せたくはないわ」
「どうせ奴らを逃がす気がないなら、そういった小細工は無意味じゃないか?」
「いいえ。<まだら雲>の話を聞くまでは、わたしたちが完璧な守備体制を整えていて、どんな人間も見逃さず、敵は必ず捕まえて始末するような優秀な集団だと見せつけておきたいわ。彼らの心を徹底的に折り潰して、知っていることを全て話させなさい」
「なるほど。それならフィルが適任でしょう。わたしたちは爆発がどういう形で起きた事象なのかを考えて、次の手を打つことに専念しましょう」
「敵の魔法によるものだと仮定して考えるのが最適だ。あれはどう見たってトリガーによって爆発が起きるタイプの魔法に違いない」
「それってフィルさんが言ってたみたいな?」
メイナードが口を挟む。
ペルペトゥアは軽く頷いた。
「恐らくは彼が言っていた、死体が一定以上味方から離れたら爆発する、というのは正しい。十中八九、敵は味方を巻き込まないように爆発する仕掛けを施しているはずだ」
「それをあの一回だけで判断するのは危険よ。社長、複数の条件が施されており、その都度爆発の規模が変わる可能性も否めませんし、敵魔法使いがトリガーを握っていて、森の中からそれを使う可能性もあるはずです。死体はすぐにこの駕籠から離しておく必要があると思います」
ルフィナがコートの前を合わせて、腕を組む。
「今のところはフィルが言っていた条件は正しいように思えるわ。合理的だし、条件さえ揃えば、魔法使い自身がその場にいる必要はない。ただペルペトゥアの言ってることも正しいように思える。複数の条件の内、フィルが言ったことはその一つに過ぎない可能性も考慮すべきね」
「そんなに条件を考える必要ってあるんですか?」
メイナードの言葉に、三人がぎょっとした表情で答えた。
ルフィナは呆れたように薄笑いを浮かべ、ペルペトゥアとアーリンは顔を手でおさえる。
メイナードを除く三人は真剣に爆発条件について考えていた。
しかしメイナードには、そうする意味がよく分からなかった。
爆発してもしなくても、彼らが危険であることには変わりない。
ルフィナたちなら、爆発の可能性があると判断した時点で彼らを皆殺しにしてもおかしくない。
そうしない理由が、メイナードには分からなかったのだ。
といってもそれでも問題はなかったし、むしろ彼にとっては好都合ですらあった。
自分が捕まえた敵が、ルフィナたちに皆殺しにされるということは、その行為に加担する形になるからだ。
メイナードはまだ人殺しに慣れていない。
これから慣れるかも分からない。
「別の条件でも爆発する場合、<まだら雲>のことを迂闊に聞くこともできないし、ましてや全員始末するのも難しいからですわ。分かるかしら」
「<まだら雲>に深入りする質問がトリガーになって爆発するかもしれないし、皆殺しにした時点で爆発する可能性もある。複数条件があるということは、相手へ取れる行動が制限されるってことよ。対策を講じるには、ある程度相手の出方を予想しなくちゃいけないの」
ルフィナとアーリンが言い聞かせるような口調で、メイナードを諭した。
「ただ、魔法は自然の原則で推し量れるようなものじゃない。全部の可能性を考慮した上で、それを乗り越える無茶をやらなきゃいけないことに変わりない。わたしたちができるのは、相手に行動を誘導されないように、注意することだけだ」
「こうして話し合いの時間を設けて、時間をいたずらに消費させるのも相手の手の内である可能性は大いにあるのですわ」
「そうした考えを持つだろうことも考慮して、焦って短慮に行動を起こさせるのも想定されているかもしれませんしね」
魔法使い同士の戦闘は、普通ならあり得ないことばかり起こる。
そもそも魔法というものが、自然の現象ではなく、あり得ない事象だからだ。
だからこそ、戦うときには想定できる全てを考えた上で、それを抑え込む必要があるのだった。
「とにかく複数の条件があるとすれば、わたしたちは手を出しにくい。さっきの爆発よりも大きなものが起きた場合に<ワイド・フェード>で抑え込めるものはいるか?」
ペルペトゥアの問いにルフィナは首を横に振った。
「メイナードさんの壁でどうにかならないんですの? あれなら爆発しても問題ないと思いますわ」
メイナードが答えるよりも前に、ペルペトゥアが口を挟んだ。
「爆発は防げるが質問ができない。<まだら雲>についての情報を集めておきたいし、そのためには壁が邪魔だ」
水魔法による壁は、障壁の素材が水である以上、ただ張るだけではあまり意味がない。
圧力をかけて、過剰なまでの対流を巻き起こして、全てを弾き飛ばせるような重みをもたせる必要があった。
しかしその場合、水が光を散乱させ、乱れた水流が渦をおこす。
そのせいでまともに向こう側が透けることはない。
水の量を増やして、大量の熱を逃す場合でも同じことが言える。
莫大な厚みを持った水の向こう側にいれば、相手の声は聞こえない。
相手を始末するだけならメイナードの水魔法は有用だが、話を聞き出すのには向いていなかった。
「じゃあ最後の手段にしましょうか。とりあえずわたしたちがやりたいこと、すべきことをまとめて、その上で何をやったらまずいかを考えたほうが手っ取り早いかもしれませんわ」
「そうですね。じゃあ、やるべきことは――」
アーリンが<ワイド・フェード>として――護衛をまとめる人員として彼らに施したい処置をだいたいまとめた。
<まだら雲>について知っていることを聞き出す。
弓矢の部隊がどこに隠れているか聞く。
どこからルフィナの旅程を知ったのか聞く。
どのタイミングで攻撃指示が出たのか聞く。
装備はどこから仕入れたのか聞く。
そして誰も巻き込まれないように二十九人を始末する。
「このうち情報と装備の仕入れは同一ルートの可能性が非常に高いはずです。さらに言うなら、全てが<まだら雲>のお膳立てだったとしてもおかしくない。その辺の戦闘経験がない人間が、すぐに装備を揃えて戦えるのは、誰かが一から教えたからというのが一番自然ですし」
「じゃあまず<まだら雲>について聞くのが一番早そうだ。問題はどうやって聞き出すかってところに尽きる」
「深いところへ入り込んだ途端に爆発しかねないってのはもどかしいものね。まず最初に全て吐くように指示した上で、わたしたちはある程度安全圏まで離れるというのは?」
「なら爆発規模を正確に確認した上でやりたいですね」
メイナードの言うことは三人にとっても納得のいくものだったらしく、ルフィナは黙って頷いた。
アーリンがしばらく形の良い顎を手の甲にのせて思案している。
そのうち、ペルペトゥアが話を再開した。
「じゃあまだ大部分が残ってる最初の男の胴体を使おう。あれもまだ爆発する可能性がある」
アーリンが軽く目を見開いて、何度も頷いた。
「それなら大体の規模が分かりそうね。それにあれが爆発しないなら、殺した後に頭だけ切り取って遠くへ投げれば簡単に始末できるわ」
物騒な話だった。
しかし仲間の犠牲を減らしたいならば、敵に情けをかけるべきではない。
「動かすのはメイナードさんに任せてもらってもいいかしら? あいつらの足を引っ掛けたときみたいに身体を吊るして遠くへ投げるの。できるかしら?」
ペルペトゥアがメイナードに向かって小さく頷いた。
魔法の強さがある程度バレた今、ある程度なら隠さなくても問題ないということだった。
それに今なら有用性を示すだけで、信頼を得られる可能性が十分にあった。
「分かりました、やりましょう」
メイナードは重々しく頷いた。
覚悟の決まった表情だった。
これは、この場のみなを守る行動でもあるからだ。
そう言い聞かせていないと、死体を運べそうになかった。
**
外へ出た四人はフィルと護衛たちを呼んで、二十九人の捕縛した敵から距離を取るように伝えた。
「メイナードがやるのか。大丈夫か?」
フィルは能力の不足を心配しているのではなさそうだった。
メイナードが彼を見る。
夜の闇をぼんやりと吹き払う灯りに照らされた、眉尻の下がったフィルの表情が伺えた。
フィルはメイナードがまだ子どもなのに、死体が爆発する実験に手伝わされていることを心配しているのだった。
「大丈夫です。みんなのためですから」
メイナードは気合でフィルの心配を払いのけた。
本当は怖くてたまらない。
まだ頭が吹き飛んだ時の臭いがあたりに垂れ込めている。
地面のあちこちに風邪を引いた時の鼻水みたいに色のついた、べっとりと粘質な液体が散らばっている。
黒い塊がこびりついた骨の痕ようなものがいくつも散乱しているし、血でできた染みも多い。
それでもメイナードは気丈に振る舞うことを選んだ。
そうしなければ、爆発に誰かが巻き込まれるかもしれないのだ。
ここで引けば、もっと大きな犠牲が出るかもしれない。
それだけは嫌だった。
メイナードはもう、誰にも迷惑をかけたくなかった。
「行きますよ」
「了解」
ルフィナの駕籠を背に、一行は半円状に集まっていた。
その右手には、捕縛した二十九人がずらりと並んでいる。
死体はその中だ。
メイナードは半円の中心に立って、みなによく見えるように死体を動かした。
太い幹が地面から生えてくる。
しっかり根の張った幹は、無数の枝を生やしながら首なし死体に絡み、蝶のさなぎのように死体を稠密な網で巻き取る。
若く靭やかな枝葉が死体を丸々包んだ後、今度は幹の方が伸び上がっていった。
「爆発は下よりも上に飛ぶでしょうし、このまま上に持ち上げますね」
「いや、待ってくださる? 距離を測るには横方向のほうが楽だから、水平に動かしてほしいの」
こんな状況でも、ルフィナは冷静だ。
胸の前で腕を組んで、ほっそりとした身体を抱くようにして死体を眺めている。
メイナードは彼らのあまりの無頓着さにくらくらしつつも、指示に従って平行移動させた。
幹が途中で横移動に耐えきれなくなって垂れ下がりそうになるたびに、さらに幹を生やして、横倒しになったはしごのように幹を並べた。
どんどん二十九人から離れた死体は、街道から出る直前に前触れなく爆発した。
激しい音と共に爆風がメイナードたちにまで届き、死体を抱え込んでいた枝葉が折れた。
頭部が爆発した時よりもずっと大きい爆発だった。
身体は木っ端微塵に吹き飛び、夜の闇より濃い黒煙が空へのぼった。
飛び散った身体は街道に散乱し、二十九人の敵たちにまで血しぶきがかかった。
遠巻きに見ていたメイナードたちにも爆風に伴う死体片が降り注ぎ、護衛の一人は目に入りかけた骨にうめき声をあげた。
「だいたいこの辺で爆発するんだな」
ペルペトゥアは何の感慨もなさそうに呟いた。
二十九人と死体の距離はだいたい十五メートル。
死体と間近に対面した者を狙いにしたような爆発規模だった。
「もしこれが戦闘中に起きてたら相当まずかったわね。混戦になって全滅させた途端、こちらも大損害を被るところだったわ」
アーリンがあらためて、相手の狡猾さを呪うように顔をしかめる。
「逆に言えばこの程度の爆発ということですわ。じゃあ早速話を聞きましょう、ね?」
「話まとまったんですか?」
外で監視していたフィルがルフィナに訊ねる。
ルフィナは答える前に、アーリンが話をした。
<まだら雲>について聞くことが彼らのことを知る上で重要だ、という風にアーリンは話をまとめた。
「それじゃアーリンがやってくれ。それが一番手っ取り早い」
フィルはルフィナに向かって、目顔で許可を求めた。
ルフィナはメイナードたちを直接見ることはしなかったが、少しの間だけ迷った風に言葉をとざした。
しかし軽く首を振って何かを決断すると、すぐにアーリンを見た。
「じゃあ頼むことにしますわ。それでいいですよね、お二人も」
「ああ」
ペルペトゥアは重々しく頷いた。
これはアーリンの魔法を披露するから、メイナードに手伝わせたのはチャラにしてくれと言ってるようなものである。
メイナードも自分に話が振られていることは分かったから、ペルペトゥアと同様に頷いた。
「メイナードには世話になったからね。今度はわたしの番ってわけだ」
誰に言うわけでもなく、独り言のように呟いたアーリンが二十九人に近づいていった。
怯えた彼らは一様に震えたり、泣き言を言ったり、命乞いをしていたが、アーリンは一切頓着しなかった。
「<まだら雲>について知ってることを全部言いなさい。端から順に、大声で言うのよ」
そう言って彼らを見渡したアーリンは、一番端の若い男に向かって目線を投げかけた。
それから少しだけ後退りして、もし爆発しても大丈夫なように距離を取った。
若い男はそれを見て、自暴自棄になったようにせせら笑い、縛られた身体を震わせた。
「爆発が怖いんだ……本当は嘘だろ? お前らが俺らのことを分断して、先生のことを喋らせるためにやってるんだろ? 先生はそんなことをしない。先生は俺らのために動いてくれてたんだ。親切で、なんでも知りたいことを教えてくれた。俺たちの村のために全部用立ててくれたんだ」
「用意したってのは、その装備のこと?」
彼らはみな揃いの装備を纏っていた。
胸当て、篭手、兜。
急所を守り、武器を取る手を保護するための装備。
足首や脇をまもるようなものは一切身につけていなかった。
彼らには一回戦うだけの装備はあっても、怪我をしないように保護されてはいなかった。
すぐに死なないように守られてはいたが、手厚く保護はされていない。
「装備だけじゃない。心構えとか、戦うためのやり方とか、ガリエル建設がいかにクソかを教えてくれた。悪者はお前らだよ。今更先生のことを疑わせようたってそうはいかな――」
アーリンが手を前にかざしていた。
腕の先の宙に、透明な光が浮いたかと思うと、それがひとっ飛びで若い男の胸に刺さった。
氷だった。
冷気が若い男の胸に刺さり、一気に広がったかと思うと、全身が氷漬けになった。
捕縛された者たちは一瞬何が起きたかも分からず、混乱の中に落とされた。
その中にアーリンは勝ち気な目を向けて、勝利の笑みを浮かべた。
「裏を取りたいから全員に同じ質問をするわ。被っててもいいから全員ちゃんと答えるのよ」
若い男は、恐怖に打ち勝つために浮かべていた笑みを最期まで張り付けていた。