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旅程の確認

 メイナードとペルペトゥア、それに<ワイド・フェード>の一行は食事を終えた後各々解散していった。

 二人は待たせていた御者を呼んで宿へ戻り、<ワイド・フェード>たちは街のどこかへ去る。

 それから二人は旅の準備を整えていった。

 ペルペトゥアは貰った書類から旅程の書かれたものを取り出し、メイナードへ説明する。

 地形について無知であっても、知っておいて損はなかった。


「わたしたちはまず街道沿いにひたすら南下していく。ジェルズ街道はここらの山の稜線に沿ってるから曲がりくねった道が続くからここらへんでの分断狙いの戦闘には気をつけろ」

「敵が来る可能性があるんです?」

「ないとは言い切れない。ルフィナとガリエル建設の仕事は恨みを買いやすい。敵もわんさくいるだろう」

「その上僕までいますしね」

「そうだな。敵が来たら自分狙いの可能性も考慮しろ。その場合はわざわざ一行から離れる必要はないから、わたしに背中を預けるつもりで戦え」

「戦わなきゃダメですか?」


 メイナードの声は何気なかったが、その実切実な思いが込められていた。

 そうした考えがあるということすら、誰かに咎められてしまう気がして、自然と声が小さくなる。

 しかしそれを見抜いているのか、ペルペトゥアは平然とした態度を崩さない。


「死にたくなかったら戦え。お前を殺そうとしている者は、お前が何を考えているかなんて気にかけてくれはしない」

「はあ」


 ペルペトゥアの強い言い切り表現は、自分に言い聞かせるような調子でもあった。

 しかしメイナードはそこに触れる真似はせず、話を聞く姿勢に戻る。

 彼女が何を考えているかは、未だにメイナードが計り知れるものではなかった。

 今ふいに触れたところで、何かが分かるわけでもない。


「それから最初の街に着く。ゲッテンスはオルケス川を挟むようにして作られた城塞都市だ。ガリエル建設が最初の十年で建設を予定し、着工、完成まで単独で完遂した初めての案件でもある。ガリエル建設はこれを時の円征行を遂行した軍の幹部に売り払った。バグリュッフェ大湿地周辺の広大な土地を領地としたフランシス・ウィドーソンはゲッテンス周辺を軍に売り渡し、ガリエル建設からゲッテンスを買い取った軍が今も城を使っている。ここで予定では三日滞在し、補給と護衛の増員を行い、今のゲッテンス領主を式典へ招待する予定になっている」

「護衛対象が増えると考えたほうがいいんですかね」

「当然そうなる、と考えてくれ。もちろんゲッテンスの領主も騎士達を駆り立てるだろうが、隊列が延びる分護衛の難易度はあがる。わたしたちにはそこまでの権限が与えられていないから、護衛としての責任は少ないはずだが、<ワイド・フェード>は多少緊張するだろうな。その空気に呑まれて変な気を興したりはするな。わたしたちはあくまで叡智の泉まで案内してもらうついでに護衛をするだけなんだからな」

「変な気って?」

「教会から離れる、とかの考えだ。護衛中はメイナードの力も使うことになるだろうから、相手もそれを観察し、勧誘してくるかもしれない。<ワイド・フェード>が仕事をできない状態にまで追い込まれた時に、相手は言葉巧みにメイナードを囲い込もうとしてくるかもしれない。しかしそれは罠だ。乗ってはいけない。なるべく自分たちは揉め事に首をつっこまないように、穏便に事を運ぶ」

「誰かが犠牲になったりしても、決して同情するなって?」


 メイナードの語調は少し鋭くなった。

 日本ではここまで人の命が軽くなかったから、ペルペトゥアの言葉には冷たさを感じてしまう。

 ペルペトゥアの反応こそが今の状況に即していると分かっていても、自然とメイナードはついつい感傷的になってしまうのだ。

 自分も見捨てられて死んだから。

 誰にも顧みられることなく、冷たい雨のなかに意識が沈んでいったから。

 動かない身体が痺れて、風景が霞んでいくのをただ見ることしかできなかったから。

 それでも、そんな感傷が今の二人にとって不必要だということは分かっていた。

 ただの、メイナードのわがままだ。


「そうだ。自分たちの目の前で死ぬ数十人より、視界に入らない――未来永劫続く数十億人の人間を優先する。悲しむのは全てが終わってからでもできる」

「うん、分かってる――大丈夫」


 敬語の剥がれたメイナードが自分へ信じ込ませるように頷いた。

 

「分かったなら良い。……それでゲッテンスを出ると次はオルケス川を下る。ここからは水路を使って南下していく。そこからさらに南部のピーゲンス砦へ着く。ここは元々前線として戦地だった場所だが、第六次円征行で戦線を南部へ下がらせることに成功し、今は補給基地として使用されている。ここはファリアス大運河建設の最前線になる予定で、今も川幅の拡張工事が行われている。ただ、今は完成していないためこれより以南は川を渡れない。そのためここからはまた陸路だ。最後はそこまで長くかからない。元々はピーゲンス砦で式典が行われる予定だったが、ガリエル建設が――いやルフィナがと言うべきだろうな、彼女が予定を変更して新興都市ジェティスに式典会場が移された。ここはガリエル建設が最初にファリアス大運河建設を予定した二十年前に、その計画が倒れた直後に立案された別の計画だ。第六次円征行での戦線南下を前提としており、バグリュッフェ大湿地周辺の誰も領地として扱っていなかった場所に新たに都市を建造するという前代未聞の都市計画だった。ルフィナは賭けに大勝ちして、ここに自分の――自分だけの街を建てることに成功した。実質王国領土ですらない場所に、彼女は新たな街を作ったわけだ。もちろん地図上じゃ王国領土だから、建築が終わった今は彼女がこの周辺を領土として地図を作成し、領土として治めて税を払うと国に申請しているらしい。王国内じゃ相当意見が割れてるが、彼女を体のいい防波堤扱いしたい周辺領主は多いから、事実上はもう彼女の街みたいなものだ。ここで彼女は、ファリアス大運河の着工式典をやる予定だ。そこまでがガリエル建設との同行旅程で、その先は土地勘のある彼らが叡智の泉まで案内してくれる。場所はジェティスのすぐ東にあるそうだ」


 ペルペトゥアが書類を見ながら、縮尺も何もないまま適当な線を書いて道のりを示した。

 メイナードは頷きつつ、最後まで聞いた。

 ひたすら長いルートだということと、ガリエル建設が円征行を通してバグリュッフェ大湿地周辺を掌握しつつあることだけは何とか理解した。

 細かい地名やその経緯なんかはまだあまり飲み込めていなかったが、目的は叡智の泉である以上、そこまで深く理解している必要はないだろうと勝手に判断する。

 メイナードには別段、このバグリュッフェ大湿地周辺で何が起ころうがあまり関係ない。

 あのルフィナがいる以上、どうしても揉め事は避けられないだろうが、なるべく穏便に旅が終わるのを願うほかなかった。


「ところでこの旅って往復でどのくらいかかるんですか?」

「着工式典が二ヶ月後だから、行きは少なくともそれだけ掛かる。帰りは叡智の泉で何が起きるか次第だ。すぐに帰ることになるかもしれないし、長い旅が続くかもしれない」

「しばらくは実家にも帰れないんでしょうか?」


 ペルペトゥアがメイナードの身体を上から下まで眺める。

 宿に戻ってから、動きやすいゆったりとした襟ぐりの服を着ていたメイナードは、自分の身体に何かがついているのかと服を引っ張ってみた。

 しかし何もついていない。

 ペルペトゥアはメイナードの、背格好を見ていたのだ。

 まだ六歳の。


 メイナードはまだ六歳なのだ。

 親や実家が恋しくなることだってある年齢で、しかしペルペトゥアはそれをすっかり忘れていた。

 今の今まで頭の中からメイナードがまだ少年と幼児の中間くらいの歳であることがすっぽ抜けていて、それに対策を講じるのも忘れていた。

 ペルペトゥアの顔色は一つも変わらなかったが、メイナードはその裏で猛然と彼女がなにか考えを巡らしているのが分かった。

 彼女は表情にこそ何も表さないが、いつも考え事をしている。

 そうして、その時は目があまり動かなくなる。

 周囲の観察に乱れが生じて、外界への注意が疎かになるのだ。

 いつも気を張っていて、何かあっても大丈夫なように警戒を怠らないからこそ、そういう注意散漫な態度が目立った。


 ようやく口を開いた頃には、メイナードは彼女が何を言おうとしているのかいくつか想像がつくほどだった。

 実家にはすでに連絡している、とか。

 大義のためには捨てなければいけないものもある、とか。

 もう実家はないと思ってくれ、とか。

 そういう割り切りが必要な世界だから、メイナードもそれを押し付けられるのではないかという不安でいっぱいになった。

 前世のころの本当の親と違って、アシュベリー家の親との親交はまだ浅い。

 それでも彼にとって、あそこは実家だった。

 何より、人質にまでされたカルラが気にかかっていた。

 ペルペトゥアは安心しろ、と言っていたが安全が確認できていない以上、心配なものは心配だった。

 もしかするとメイナードが逃げた腹いせに、報復として殺害されているかもしれない。

 そうなっていたとしたら、ペルペトゥアは決してメイナードにその事を話さないだろう。

 そう思うと、余計に不安が募った。

 

 しかしペルペトゥアの答えは意外なものだった。


「じゃあ出発前に手紙を書くと良い。親と使用人に伝えておきたいことがあるだろう」

「え!? 良いんですか?」

「任務の内容は書かないでくれ。それと事前に確認もさせて欲しい。他人の手紙を見るのは心苦しいし、メイナードも嫌だろうが、いざとなった時に困るのはわたしたちとメイナードの家族だ。頼む」

「あ、はい」

 

 意外とあっさりした対応だった。

 彼女にも、そこまでの冷酷さはないのかもしれない。

 初対面が衝撃的だったから、少し過剰に彼女の凶暴性を見ていたのかもしれなかった。

 メイナードはそうして少しだけ安心し、両親とカルラに手紙を書いた。

 

 どちらに宛てた手紙もひとまとめに便箋へ入れて、最後に他の使用人たちにも感謝の言葉を書いた。

 全員に教会で預かってもらっているから、安心して欲しいと伝える。

 無用な心配はしてもらいたくなかった。

 

 そうして手紙を教会に渡して送ってもらうよう頼み、旅の準備が終わった。

 一夜が過ぎて、ついにこの街を出るときがやってきた。

 着替えや保存食を軽く詰め込んだ背嚢を背負い、短剣を腰に差して旅を迎えた。

 メイナードはペルペトゥアに対して、多少安心を覚えはじめていた。

 ペルペトゥアは厳しい一面もあるが、実際は優しくてある程度の寛容さもあるという印象を抱いた。

 しかしそれが大きな間違いだと知ることになるとは、この時まだ考えてもいなかった。

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