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風呂場危機

 二人がデフィラージュに着いてからまず最初に探したのは、当座をしのぐ宿だった。

 特にメイナードは、数日の旅だったが相当疲れている。

 六歳児の身体には限界があるから、どれだけ魔法が強くても、過酷な環境にはあまり適していない。


「この街で一番良い宿を教えて欲しい」

「はあ」


 街の案内所は市場が開かれている広場の隅にあり、適当な額を払えばきちんとした情報を教えてくれる。

 商工会と自警団、領主代理としての騎士連が参画して、共同で運営しているきちんとした施設だった。

 

 ペルペトゥアはそこへ入って一番にカウンターの女に詰め寄り、そう口にした。

 子供連れの若い女が銀髪を振り乱してカウンターに近づいたのを見て、危険と判断したのか、横に立っていた紳士がそっと女を後ろへ下がらせて、にこやかな笑みを浮かべた。


「えっと、宿をお探しでしょうか?」

「そう言っている。金はあるからいいところを紹介してもらいたい。物凄く疲れていて、さっさと良い宿で身体を休めたい」

「なるほど。それなら<カーラックス>がいいでしょう。この街で一番、というのは正直申し上げまして甲乙つけがたいので何とも言えないのですが、最上級の宿を五つあげろと言われたらまず最初にここの名が上がるでしょうから」

「他のとどう違うんだ?」

「単にここから一番近い、というのがあります。広場から見て西にある通りを少し行けばすぐに分かります」

「分かった。ありがとう」


 ペルペトゥアは物々しい見た目とは裏腹に丁寧に礼を言うと、男にチップを渡す。

 それから、最初に話しかけたがすぐに後ろへ下がった女の分も出して、案内所を出た。


「どうして最初の女の子にも渡したの?」


 広場を横断して西へ行こうとする間、メイナードは気になって話をした。

 ペルペトゥアは何でもないとでも言うように答える。


「単に金があるからだ。別に渡したところで困らない」

「でも自分の使う分が減るじゃん」

「なくなったら宣教局に申請すれば追加分が貰える。メイナードも宣教局に入ったことになってるから、申請すればいくらでも金が貰えるぞ」

「んな無茶な……」


 なんのことはない、ペルペトゥアは自分の金じゃないからと散財していただけだった。

 宿も同じような要領で進んでいった。

 最上階からは広場どころか街を一望できるような大きな建物で、一晩で金貨が十枚は飛んでいくような宿代を支払わされたのだ。

 それを苦にもしないペルペトゥアが無造作に袋から金貨を取り出していたせいで、カウンターに立っていた女は苦い顔をしていた。

 金の扱いが雑なのだ。

 金貨一枚でも一ヶ月過ごせる人はいる。

 アシュベリー家の使用人たちは金貨換算でだいたい一枚と少し分程度しか貰っていなかったはずだ。

 金貨一枚が日本でいう十万円くらいの感覚でメイナードはいたから、無造作に金貨を使うペルペトゥアには頭がくらくらした。

 もしかしたら金貨は金貨でも価値の違う硬貨が複数使われているのかもしれないと思い、部屋に入ったあとに袋から一枚取り出して触らせてもらったが、違いは特になかった。

 刻まれている刻印も特に変わらない。

 

 ペルペトゥアはとんでもない浪費癖の持ち主で、それはもはや散財魔とでも言うべき悪癖だった。

 

「どうせなら美味いものを食べに行こう。宿の人なら色々知ってるはずだ」


 宿のサービスで食事は少し安くしてもらえるにも関わらず、そこで食事は取らなかった。

 どうせなら一番美味しいものを食べよう、と言い始めたのだ。

 そうして宿のコンシェルジュに無理を言って一番のおすすめを聞き出し、乾獣の牽く車に乗ってレストランに繰り出した。

 最低限の荷物だけ持って、残りは全て宿へ置いていく。

 芋虫の干物も斧も櫛も、旅に必要なものは全部宿に預けた。

 広場をぐるりと回りこんで、大きな通りの反対側まで行ったところにそのレストランはあった。

 そこでまた御者にたっぷり金を払ったペルペトゥアは堂々とした足取りで、レストラン<ディリスイン>へ入った。

 

 そこは夜が更けても決して暗くはならないというくらいあちこちに燭台があり、採光のために天井に大きな窓が据えられているほど、外装にも内装にも金をかけていた。

 二人はテーブルについて、ウェイターに注文の全てを任せた。

 そして彼にも金を払う。


「本当に金を使いますね」

「こうして贅沢してないとやってられないからな。半年も盗賊グループの潜入調査をして、どこが出資元になってるかを探ったりした時は地獄だったよ。そいつらと死に場所まで共有しようってくらい深い仲になった上で、最後には一人残らず殺したりしなきゃいけない」


 そういうペルペトゥアは椅子に深く腰掛けて背中を伸ばしており、あまり張りつめている様子は見えない。

 本当は決して苦ではないのか、それとも本当に苦しい日々だからこそこうしてリラックスできる時間が大事だと思っているのか、メイナードに判別することはできなかった。

 あまり会話を広げられる話題でもなかったので、メイナードはレストランのあちこちをきょろきょろと見渡していた。

 あちこちの壁にかけられた燭台はそれぞれに綺麗な金細工が施されており、その間に立派な額縁に架けられた絵画も飾られていた。

 峡谷の間を流れる水の澄んだ川の風景だ。

 誰が描いたかは分からなかったが、メイナードは何となく心惹かれた。

 

 そうして内装を眺めている内に、料理が続々とテーブルに並びはじめた。


「エピタの冷製スープとペリアガのサラダです」


 橙色のスープに緑の葉が散っているものと、薄く切られた白い肉が皿に沿って並べられた料理がやってきた。

 日本とはぜんぜん違う名前の料理だから、メイナードはそれが美味しいものなのかどうかすら分からない。

 ペルペトゥアは食前も食後も酒は出すな、とウェイターに言いつけてから食事に取り掛かる。

 スプーンが皿に当たって音が立たないようにしながら、スープを掬った。


「うわあ、今までわたしたちが食ってたのは何だったんだ」

「その言い方ひどくないですか?」


 そう言いつつ、メイナードはペルペトゥアの食べ方を真似して口に入れてみる。

 

「うわ、ほんとだ」

「わたしたちが食ってたのは別に料理じゃなかったよ、これと比べりゃ」

「本当に美味いです」


 橙色ということで警戒していたが、これはちょっとカボチャの味に似ていた。

 甘く煮付けたカボチャの味が、この冷製スープからはするのだ。

 そもそも冷蔵庫や冷凍庫といったものが存在しないこの世界では、冷製スープを作れるレストランというのは魔法を使えるシェフが居ることを示す。

 それなりの給金を払えるだけの、高級さを担保していると言っても過言ではないのだ。


 それからペリアガのサラダ、というのも食べてみる。

 こちらは生ハムサラダみたいな味だった。

 見た目は薄く切ったささみのサラダみたいだったから、塩辛さは予想しておらず、メイナードはちょっと面食らった。

 しかし味を堪能する方向へ舵を切ると、素直にレストランを楽しめることができた。


 それからも豚肉のトマト煮みたいな味の魚料理やアヒージョみたいな見た目のカレーを楽しんだ。

 ペルペトゥアも大いに食べまくり、メイナードは六歳児なりに腹いっぱいになるまで食べ尽くした。

 食べ終わってしばらく味の話をして、自分たちの自炊がいかに貧相だったものかを再確認して笑い合う。


「やっぱりアレは何も食べないよりはマシ、みたいなところがありましたよね」

「というか美味いってより楽しいのほうが大きかった気がする」

「それ! 自分たちで作ってるから美味く感じてるだけみたいな気がします」

「そりゃあ空腹のときに肉焼いてる匂いを長時間嗅ぎまくったら、なんでも美味く感じるよな」


 それですよそれ、とメイナードは同意しながら最後にエラスのジュース――葡萄ジュースのようなものを飲み干した。

 二人が気持ちよく金を払ってレストランを出て、宿を戻った頃にはもう外は真っ暗だった。


「これから湯浴みをしたいから湯船を貸してくれ」


 カウンターには夜にもかかわらず明るく照らされており、その明かりの下には男が立っていた。

 帰ってきた二人を丁寧に迎えた彼は、


「お湯はこちらで用意できますがどうなさいますか?」


 と言った。

 この宿では湯を沸かすための窯か常時仕事のために待機している魔法使いもいるのだろう。

 しかしこの宿はかなり上層に向けたサービスを提供しているから、そもそも自前で魔法使いを用意できる客もいる。

 そういった客層は自分の魔法使いを使うことを好むから、あえてこうして尋ねているのだ。

 

 もちろんメイナードたちは断って、自分たちで湯船を用意した。

 浴室はホテルの一階、エントランスから伸びる廊下を一番奥まで行ったところ、街を横断する川の近くに用意されていた。

 大浴場というわけではないが、ホテルにはここしか用意されていなかった。

 そもそも大きな浴場はパン屋などの大きな窯がある場所か、水魔法を使える奇特な人物が経営している場所以外では存在しない。

 ホテルに浴場がついている時点で、相当とんでもないのだ。

 

「じゃあ先に僕が湯船を張るんで終わったら言ってくださいね。部屋で待ってますんで」

「えー、一緒に入ってくれよ」


 メイナードは一瞬ぎょっとしたが、自分が六歳児としか思われていないから仕方ないのだと思い直して、どうやって断ろうかと思案した。

 しかし考えている内に、ペルペトゥアが変な動きを始める。


「あれだよ、アレ。強い魔法使いならできるだろ?」

「なんですか、その蛇みたいなやつ」

「小さい滝みたいなのをバシバシ出してさ、頭とか身体にぶつけるんだよ」


 シャワーのことらしい。

 ペルペトゥアは以前、水魔法使いにシャワー体験をさせてもらって以降、ドはまりしたという。

 確かにメイナードも同じようなことをできるから、少し戸惑った。

 そもそも一緒に入るのが嫌、というわけではないのだ。

 実年齢で二十代のメイナードにとって、若い女と風呂を一緒にというのは嬉しいことであって嫌がることではない。

 ただ、相手の善意に漬けこむような形で風呂を一緒にするのは、騙しているようで申し訳なかった。

 その罪悪感を抱えたまま風呂を楽しめるか、というと疑問だった。

 相手に申し訳ないから一緒に入れないというより、申し訳無さで自分の気分が害されるのが嫌なのだ。


 メイナードは一瞬迷って、首を横に振る。


「いや、僕性欲強いんでやめときます」

「なにその断り文句!? 性欲ってなにか分かってる!?」


 結局その日は一緒に風呂へ入らなかった。

 ペルペトゥアにはむしろ変な気分にさせてしまった気がした。


 **


 先に風呂へ入ったペルペトゥアがベッドを占領してぐっすり寝ていたせいで、メイナードは彼女の足元にうずくまるようにして寝ることになった。

 大の字で大きなベッドを占領する彼女がシーツをごっそり掴んで離さないから、メイナードは結局エントランスに戻って追加のシーツを貰うしかなかった。

 一日中対応してくれるカウンターに感謝しつつ、その日を終えたメイナードは翌日、窓から差し込む明かりで目を覚ました。


「よし、今日は協力者に会いに行く。ファリアス半島までの道案内をしてくれる人だ」


 昨日ベッドを占領していたことなど一つも気にかけていない様子のペルペトゥアは早速修道服に着替えて身支度を済ませていた。

 メイナードが朝支度を済ませる間に宿が運んでくれた朝ごはんを食べつつ、ベッドで足をばたつかせている。


「道案内ってどんな人なんです?」

「社長だよ。土木工事やら建設業を一手に引き受ける会社の社長」


 この世界にも建設業なんてあるんだな、と感心しつつメイナードは服を着替える。

 よく考えれば当たり前だ。

 街を取り囲む城壁だって、作っている人達がいるし、この宿だって当然誰かが設計、建築をしているのだ。

 日本では意識しなかったからこの世界でも気に留めていなかったが、世界というのは多くの仕事の積み重ねで出来ている。

 そのなかに、建設業があってもおかしくはない。


「どんな人なのか楽しみですね」

「そうだなー。キレやすい奴じゃなきゃいいけど」


 そう言いながらペルペトゥアはパンを頬張る。

 日本のものより甘くない、普段の食事向けの味だった。


 **


 宿を出たのはかなり早い時間だった。

 もう街はかなり賑わっていたが、今から起きる者も相当いる。

 まだ開いていない店も結構あるなか、通りを車で移動する。

 広場や昨日行ったレストランを通り過ぎて、繁華街を離れたところに目的の建物はあった。

 

 宿と引けを取らない大きな建物だった。

 しかし外装が特段派手なところはなく、堅実な雰囲気が全体に漂っている。

 鎧戸はもう開かれており、中では相当数の従業員がすでに働いているのが見えた。

 ペルペトゥアが正面の扉を開いて、カウンターに向かう。

 一階はかなり慌ただしく、何かの準備に追われているような様相を呈していた。

 大声で怒鳴るようなのもそこかしこで見られ、若い男たちが木箱を抱えて右往左往したり、書類の束を抱えてスカートを抑えている女性がせかせかと階段をのぼっていたりする。

 メイナードがこの世界で見た光景の中では一番日本に近いのではないか、と感じた。

 

 そんな中、カウンターにいた男に呼ばれて階段を降りてきた女がいた。

 一輪の花が空から降ってきたような、派手な印象。

 水のように透明な肌に、朝日を透かしとったかのような金色の髪の毛、すらりと伸びた足には品のいいヒール。

 隅々にまで気を使ったような柔らかい印象を与える服装。

 室内にも関わらず大きめの(シェード)のような帽子を被っていることだけ違和感があったが、それを差し置いても恐ろしいほど強い印象を残す美女だった。


 その女がつかつかと二人の前までやってきて、頭を下げる。


「始めまして。わたしはルフィナ・スレンコヴァ。ガリエル建設の社長をやらさせていただいていますわ。これから長い旅になりますが、よろしくお願いします」


 そう言って彼女はつばの広い帽子を脱ぐ。

 長い耳が伸びていた。

 エルフだった。

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