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震える女

 ペルペトゥアはメイナードの手を引いて、騎士たちが取り囲んだ輪を綺麗に抜けた。

 騎士長であるパーシバルが手で制したため、騎士は誰一人動かずに、お互い戦闘には発展しなかった。

 メイナードだけがまだ困惑しているなか、二人は悠々と城の外へ出る。

 

 まだ復興が始まったばかりの街の中をペルペトゥアは迷いなく進んでいく。

 片腕に斧、もう片方にメイナードの手を握っている。


「ちょ、ちょっと待ってください!」

「待たない。早いところ逃げないと追っ手が来る」

「それより大事なことがあるんです! 城に人質がいて、僕が逃げたら命が危ない」

「そいつは誰だ?」

「父の使用人で僕の護衛をしてくれた人です」

「獣人? 魔族? ただの人が一人で護衛するわけないよな。使用人だから魔法もたいしたことないだろうし」

「魔族です。そのうえ魔法も使えます」

「じゃあそいつは使用人じゃない。それに人質の価値はもうない」

「何でそう言い切れるんですか」


 メイナードが足を止めた。

 足を突っ張って、ペルペトゥアの足も止めさせる。

 彼女が銀髪から覗く瞳をメイナードへ向けた。

 モスグリーンの濁った目が、じっとりとメイナードを見つめる。


「今のお前の行動を選択しているのがお前自身じゃないからだ。いざとなればわたしが強引に連れ出せる以上、お前の行動を縛るための人質の価値はない。分かったか?」


 理路整然とした態度で、お前が逆らうことはできない、と告げていた。

 再び街の外へと歩き出すペルペトゥアの腕にはメイナードと斧がある。

 メイナードも斧と同様に彼女の制御下に置かれていると、彼女自身が考えていることが伺えた。


 **


 正々堂々、門から街を出た二人は、すぐに道なき道を歩き出した。

 街道は乾獣と荷車の轍に踏みしめられ、ある程度木が取り除かれて、枝葉が払われているにすぎなかったが、その道すらペルペトゥアは選ばなかった。

 メイナードの背よりも高い雑草がみっしりと生い茂り、柔らかい土には大量の水分が含まれている。

 一歩踏みしめるごとに、靴が沈み込むような森の中を、ただひたすらに進んでいった。

 木々の影が太陽の光を遮り、綺麗に晴れた日にも関わらず、仄暗い曇空のようだった。

 

「どこへ向かってるんですか? というかあなたは誰で何のために僕を……助けたんです?」

「静かに。声を出したら狙われるぞ」


 メイナードのほうを見もせずにペルペトゥアが忠告する。

 彼女のことを信用していいのか、メイナードは測りかねていた。

 確かに助けてくれるとは言っていたし、脅されていたところから抜け出させてくれたのは事実だ。

 しかし彼女が単に敵の敵でしかなく、味方ではない可能性も捨てきれない。

 メイナードが本来帰るべきである修道院に行くわけでもなく、街の外へ出たのだ。

 何か目的があるのは確かだったが、それがメイナードにとって利益のある行動なのかは分からなかった。

 

 それでもペルペトゥアの忠告に従わなければならない、という嫌な予感があった。

 彼女は扉を開ける時にぶち壊して中へ入るタイプの人間だが――だからこそ、野蛮な状況では信頼できるのかもしれないという期待があった。

 

 そしてメイナードは間もなくその結論を得ることになる。


「伏せろ! 側方から敵が四人、挟み撃ちのつもりだぞ!」


 何も言う暇などなく、ただ黙って頭を抱えながら縮こまった。

 その瞬間先ほどまでメイナードの頭があった位置に、斧が振り下ろされる。


 鈍い金属音とともに、何かが斧によってへし折られた。

 地面に落ちたものを眺める。


「弓使いがいる! 敵は四人一組で襲撃するつもりだ、メイナードはそこでしゃがんで木の陰に隠れろ。全て片付けるから、自分が生きることだけ考えて魔法を使え」

「何か攻撃したほうがいいですか!?」

「黙って寝てろ!」


 もう一度風を切りながら、矢が飛んでくる。

 ペルペトゥアは斧の側面で矢を受け止めて、分厚い刃を身体の真正面に晒した。

 刃は折れなかった。

 

 メイナードは草むらに身体をうずめながら、あたりを見渡す。

 どこにも敵がいるようには見えなかった。

 魔法使いに見つかれば、攻撃の対象になりかねないから、隠れているのだ。

 敵が魔法使いであることを念頭に置いた戦略としては、まずまずだった。


 しかしペルペトゥアは斧を持って城へ乗り込むような人間だ。

 常識は通用しない。


 彼女の腕まくりした片腕に、稲光が落ちる。

 空からの雷光が腕を狙って落ち、森中に響き渡るほどの大音量が辺りへ撒き散らされる。

 

「ああああぁぁぁぁああああああ!!!!」


 喉が潰れそうな勢いで絶叫しながら、ペルペトゥアの腕が焼けた。

 黒くなった腕は深部まで炭化し、二の腕は筋肉が激しく痙攣(・・・・・)した。

 近くにいたメイナードは焦げた肉の臭いが漂い、異臭が充満し始めたことに気づく。

 相当な破壊力だ。

 敵の魔法か、とメイナードは一瞬考える。

 しかしそれが絶対に違うと確信できる行為が、今まさに行われていた。

 それをメイナードは見てしまった。

 

 ペルペトゥアは満面の笑みを浮かべて、立っていた。


 そしてメイナードの視界から一瞬で消えた。土煙が木に打ち付けられ、バン、と大きな音があがる。

 次に起きたのは、落雷よりも激しい炸裂音の応酬だ。

 眼の前の木が真っ二つに引き裂かれ、枝葉が地面に落ちるよりも前に二人分の断末魔が響く。

 さらに地面が何度も振動し、木の葉の影に隠れていた虫たちが一斉に地面へと身を隠した。

 鳥たちが木々を飛び立ち、森の中でうねりや羽ばたきといった動きが生まれる。

 それらが一度に音として立ち上がるせいで、森全体に意思があるとすら錯覚が起きるほどだった。

 騒がしい一人の来訪者に、みなが驚いて戸惑っているといった印象。

 だが本当は多くの動物や虫たちが織りなす音の連なりであって、決して一個の生き物が生起する音ではない。


 その中でも断続的な振動と木が折れる乾燥した音だけはいつまで経っても鳴り止まない。

 もう二人分の悲鳴があがって、薄くたなびく煙と土砂が滑る重々しい音が遠くから止んだところで、ようやく狂った騒ぎが収まる。


 メイナードは何が起きたのかわからず、ただキョロキョロと周りを見渡すことしかできなかった。

 しばらくして消えたはずのペルペトゥアが焼け焦げた腕を綺麗にして、戻ってきた。


「追っ手は排除した。こちらに攻撃さえしなければ、わたしも対処するつもりはなかったのに」

「今のって魔法?」


 ペルペトゥアは頷いた。


「もうしばらくは時間に余裕が生まれるだろうな。わたしはペルペトゥア・ボニージャ。中央教会宣教局広域情報管理部1課の魔法使い司祭。役職こそ司祭だが、区を受け持ってるわけじゃない。よろしくメイナード」

「あー、なんで僕の名前を?」


 色々聞きたいことはあったが、何から聞けばいいのか分からなかった。


「修道院で名乗ってただろ? 上から書類をもらって名前を見ただけだよ。ファミリーネームの方は知らないけど」

「アシュベリーです」


 ペルペトゥアが血のついた斧を木の皮で拭いながら、片眉をあげる。


「アシュベリー? 珍しい名前だな」

「そうですか。あんまり珍しいかどうかって分からなくて」

「昔お世話になった人がその名前だったよ。ま、流石に関係ないだろうけど」


 そういって二人はまた歩き出しはじめる。

 メイナードはどこへ向かっているから分からないから、追いすがりつつも不安を抱えていた。


「どこへ向かってるんです? というか何の目的があって僕を助けて、これから何をしようとしてるんですか」

「質問が多いなー」

「急に色々あって混乱してるんです」


 昨日の今頃は修道院で訓練を積んでいたと考えると、一日でこうも様変わりするかと驚きを隠せない。


「まず何で助けたか。メイナードが強い魔法使いだからだ。おそらく各国が十数日前の火魔法を見ているが、いずれもメイナードをマークするくらいにはありえない(・・・・・)出力だった。超級とはいえあそこまで強い魔法は文献にも存在しないかもしれない」

「それで確保しようとしたのが領主ですよね? それをペルペトゥアさんは阻止しようと来てくれたってことですか」

「ペルでいい。まあ、それも目的の一つかな。実際領主に奪われるのは避けたかった。だがそれだけじゃない」


 なにか他にも? とメイナードが言う前に、ペルペトゥアは話を進めた。


「他にもメイナードを狙う組織や人物は多い。おそらく魔人たちも一部は狙っているだろうし、人族の各都市やこの国も狙うはずだ。いずれも殺処分か有用な兵器として扱うだろうし、そんなことをして今のバランスをぶち壊されたらたまらない」


 メイナードではなく、メイナードの魔法を見ている人たちが多いということだ。

 一度放てば、街一つ葬ることすら容易いこの力を必要としている人々は少なくない。


「それで僕を守ってくれたと?」

「いいや。メイナード自身をより有用に扱うべく、もっとも正しい方法で使うためにわたしが回収に来た」


 メイナードはしばらくの間ペルペトゥアの後ろ姿をじっと見つめて、黙り込んだ。

 領主からの束縛から解放してくれた相手が、新しい捕縛網ではないかという疑念が浮かんだ。

 

「どういう意味です?」

「また質問か……まあいいが。それに答えるにはわたしの仕事から説明しなければならないが、いいか?」

「聞く時間はたっぷりありますし、大丈夫です」


 メイナードはしっかりと全ての事情を把握する必要性を感じた。

 莫大な魔法の力は、メイナードが責任を負うことのできる領域をはるかに凌駕している。

 誰のいうことを聞くか、という問題は魔法を使った結果にすら影響する大きな問題だから、たとえ六歳児であっても考え続けなければならない。

 メイナードの判断が失敗すれば、大きな被害が出るのは自明だからだ。


「わたしが所属してるのはさっきも言ったように宣教局だ。主に色んな地域へ行って、教えを広めたり教会を建てたりするのが仕事だ」

「それがなぜ僕の救出に?」

「最後まで聞けよ。主にって言っただろ。わたしの仕事は違う。宣教局の司祭たちが多くの場合遠方へ長期間出ていくのを利用して隠れ蓑として使い続けているってだけさ。わたしが所属してる広域情報管理部では、主に教会の影響力が及ばない場所での秘密業務をこなすんだよ」


 メイナードは意味が上手くつかめておらず、まだキョトンとしていた。

 察しの悪いメイナードに、イライラしたペルペトゥアがもっとはっきりと口にする。


「ようは、教会にとって必要な情報を集めたり、現地の協力者に頼んで有利になる状況を整備したりして、教会の勢力拡散の先鞭をつける仕事だよ。ちょっとした工作が仕事ってわけ」

「もしかしてスパイ!?」

「そーそ。察し悪いなあ。そういうのあんまり言いたくないから、色々話したのに」

「そんなのの仲間って嫌ですよ! 僕は戦争なんてしたくないですし」


 ペルペトゥアが斧を持ったまま、どうどう、とメイナードをなだめる。


「まあ、まだ話には続きがあるから聞いてくれ。メイナードに関する話だよ」

「これ以上何かあるんですか?」

「むしろここからが本題だ」


 そう言うペルペトゥアの声音にはかなりの真剣味があり、メイナードは思わずたじろいた。


「明らかに異常な出力な魔法に、わたしたち教会は過去の文献を探した。それらのなかに興味深い一説があり、それのためにメイナードをわざわざ暗殺もせずに連れてきたってくらいには重要な文言だった」

「なんです、それ」

「”人類が滅びを迎えようとした際、天から捧げられし才を持つものが、世界を救うための力を携えてやってくるだろう。”ってな。まあ与太話みたいな話だし、これは文献の中でも警句みたいなものに過ぎないだろうってのが長年の神学者の意見だ。しかしこうして実際にあり得ない出力を見た以上、教会としては確かめてみたくなるのが、当然のことだ」

「それが僕だと?」

「”叡智の泉にてかの者、完全なる者より言葉を得る。”これは同じ文献内で登場したもう一つの文言。全体を通してこの文献は世界が滅びを迎えるときに関する話をしていて、それらの中にはたびたび”かの者”が出てくるんだ」

「でも、ただの与太話かもしれませんよ。そもそもそんなの教典には載ってないですよね?」


 メイナードは教会で生まれ育ち、修道院で過ごした身だ。

 一通り教典を読んだことはあるが、こんな言葉は見たこともない。

 しかしそんな懐疑的な態度を意にも介さないペルペトゥアが、にやりと笑う。


「そうだ。これは教典じゃない。ただの文献で、中央教会で保管されていた、いつか必要になると想定された文献の一つだ。そして思い出して欲しい。この世界には自然を覆す存在(・・・・・・・)がいることを。もし、本来は誰も想定することができないはずの、はるか先のことを予見することができる対抗魔法所持者がいたら」

 

 ペルペトゥアの言に熱がこもる。


「もしこれが与太話ではなく、本当に誰かが予想した先の出来事であるなら、今の状況はとんでもない危機だ。”天から捧げられし才を持つもの”がいるってことはつまり――人類が滅びを迎えようとした際に他ならない」

「じゃあ今向かおうとしてるのは……」


 メイナードにぐっと顔を近づけていたペルペトゥアが遠くへ視線を移してから、南のさらに先のほうを指さした。

 そうして、雷に打たれたときと同様に凄絶な笑みを浮かべる。


「ケンテ大陸最南の半島、ファリアス半島に叡智の泉と呼ばれる世界一澄んだ水の泉がある。目的地はそこだ。世界を救うぞ」


 そうしてメイナードは家へ帰ることも修道院へ戻ることもできないまま、新たな地へと向かうことになった。

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