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カルラの状況判断

 カルラは、修道院へ入る許可が貰えなかった時点でこの都市に留まることを決意していた。

 アシュベリー家当主であるティモシーの命に従うためである。

 メイナードが狙われているにもかかわらず、おめおめとアルセムに帰るわけにはいかないし、原因を排除し、安全を確保するのが仕事だと思っていた。

 そのためにはまず、拠点が必要だ。

 下手するとかなりの長期間、ここにいる必要があるから、泊まる場所を探しさなければならない。

 修道院の周辺を二周してだいたいの地形を把握したカルラは、一度街の中心に戻ってから、修道院に近くて、なおかつ窓から修道院が覗ける場所を探すことにした。

 

 常時監視で、中へ入る敵を見極めるほかない。

 修道院がもし味方なら、内部での犯行を気にする必要はないだろう。

 ロイドの言によれば、機密性は安全を考慮してのことらしいし、それを信じる以外に外で待っているカルラにやれることはない。

 ティモシーが教会勢力の一端を担っている以上、たとえ外様の魔族でも教会をむやみに貶める行為は取れない。

 修道院に百人や二百人詰めていようが、カルラならメイナードを拐える自信があった。

 しかし、今はそうして敵を増やしている場合ではないのだ。

 じっくり待って、敵が誰なのかを見極める必要がある。


 カルラはひとまず見つけた宿に話をつけ、表のテーブルを借りて手紙をしたためた。

 相手はティモシーだ。

 メイナードが何者かに狙われた旨、修道院に入れず、今は離れている旨、それと修道院に入る許可と都合をつける手紙がほしいということを書いて、手紙に封をした。

 それから商人たちの同盟が借りている商会の建物へ向かう。

 手紙を送るには、商隊の協力が不可避だ。

 カルラの故郷であるトゥアグレス大陸なら、郵便を運ぶための専用ネットワークがすでに実用化しているが、ここではまだ発達していない。

 そもそも、人間は弱い割にここら一帯の山間部は危険すぎるのだ。

 安全を保証した上で手紙を運ぶためのネットワークを築くには、それなりの戦力が必要だ。

 その要求レベルが高い上に、人間は平均的に貧弱だ。

 環境が文明を抑圧し、発達を阻害していると言っても良かった。

 

 レンガで作られた比較的新しい建物は、鎧戸が開いており、まだ人がいるのが確認できた。

 正面ドアをくぐると、右手にカウンターがあり、若い女が詰めていた。


「何か御用でしょうか?」

「手紙をアルセムまで送りたい。こちらで今日か明日に出る商隊を紹介して欲しい」


 若い女は承知しました、と言ってカウンターの奥へ引っ込んだ。

 その間、外を眺めながら待とうとカルラは、何気なく鎧戸の先を見た。

 遠くに見える領主の城。

 それに、北へ伸びるアッシュベリー山脈が雲の傘を被っているような様相を見せていた。

 カルラは、あまり代わり映えのしない景色にため息をつく。

 そもそも旅をするのが好きな性質だから、このところほとんど一箇所に留まっているのが、結構窮屈なのだ。

 遠くを見ながら、その先を想像する。

 アッシュベリー山脈を見ながら、旅に思いを馳せていた。


「すいません、お待たせしちゃって」


 そこにようやく奥から帰ってきたカウンターの女が声をかけてきた。

 一気に現実へ引き戻されるカルラがカウンターへ身体を向けようとしたとき、異変が起きた。


「えっ!?」


 女が声をあげ、カルラも空を凝視した。

 落ちかけていた太陽の代わりに、煌々と照る激しい炎が、線条に伸びていた。

 さらに激しい振動。

 ぱらぱらと天井から砂埃が落ちてきて、女はカウンターの向こうでしゃがみこんで悲鳴をあげた。

 カルラは勢いをつけて正面の扉を飛び出し、外で光条を見上げる。

 同じように外へ飛び出した住人たちが、通りに大勢いた。

 さらには、窓から顔を出した婦人たちも大勢いる。

 

 莫大な明かりを放つ炎は、修道院の方から伸びていた。

 それに向かう先は、アッシュベリー山脈。

 遠く、遠くへ伸びている炎。

 先細ることも、歪みが地面へはじけ飛ぶわけでもなく、力強く頭上へ伸びていた。

 

 魔法だった。

 それも、カルラには一発でこれを誰が撃ったのか見当がついていた。

 メイナードである。

 攻撃のために放っているのか、試し撃ちでやっているのかも判別がつかなかったが、少なくともここまでの大規模な魔法行使が可能な存在はメイナードのほかにはいなかった。

 魔族ですら、ここまで強大な魔法を使えるものはいない。

 カルラが見る、世界で一番強大な魔法行使だった。

 やはり、メイナードはとてつもない才能を秘めていたのだ。

 しかし、それが今なぜ使われるのかは分からない。

 

 それからしばらくは、修道院の方向で断続的な爆発音が鳴り止まず、街にも熱を伴った激しい熱風が吹き荒れた。

 幸いにも街全体が炎上することはなかったが、遠くに見えるアッシュベリー山脈に直撃した炎は莫大な煙を噴き上げて、灰褐色の巨大な雲をつくっていた。

 振動や熱風がやみ、街にも静寂がもどってきたとき、次に起こったのは人々の騒ぎだった。

 商会へ戻ったカルラは、髪を整えてさきほどの動揺を詫びる女が申し訳無さそうな顔で、


「明日に出発する予定ですが、もしかしたらずれるかもしれないので保証できないです」


 と話すのを聞いて、顔をしかめた。

 さっきの魔法の余波で、まだ騒動はやんでいない。

 商会は現状の把握に忙しいらしく、カウンターの奥では慌ただしく足音が聞こえてきた。

 ときおり声を張り上げるのも聞こえてくる。

 カルラは分かりました、とだけ伝えて商会を後にした。

 朝一番にもう一度商会へ行き、出発するか確認しなければならない。

 もし出発しない場合、カルラは自分の足でアルセムまで戻るほかにない。

 修道院がメイナードを守ってくれると信じて。

 しかし、あれだけの莫大な力を使える魔法使いを誰が放って置いてくれるだろうか。


 **


 その日は宿で一夜を過ごしたカルラだったが、寝ることはなかった。

 宿の一番高い階の端の部屋をとり、一晩中修道院を見ていたのだ。

 城にならぶほどの、ひときわ高い塔が修道院の敷地中央に聳えている。

 闇に溶かされて沈む街の家々とちがい、月明かりを浴びて燦然と輝いていた。

 それを見ながら、カルラは窓のサッシに肘を預けて水を飲む。

 持ち物のなかに食事や酒もあったが、その夜は何にも手を付けなかった。


 一夜明けた早朝、まだ開いていない商会のドアを乱暴に叩いて開けてもらい、今日の予定を聞く。

 出迎えてくれたのは昨日の若い女ではなく、年を食ったのんびりした印象の初老男性だった。

 事務仕事で、昨日から帰っていなさそうな疲れ切った表情をしている。


「いや、それが今日はちょっと出られないみたいで」

「出れない?」

「そうそう。商会とか色んな所に通知が回ったんだけど、昨日のアレでしばらくは都市への出入りを制限するんだって」

「それは、商隊関係だけをですか?」

「いんや、一般もだよ。手紙も当分は外へ出せないと思うから、ごめんね」

「アレってそんなに問題になるほどですかね」

「いやー、問題だと思うよ。今頃は騎士連が修道院に事情を聞きに行ってるだろうし、街も大騒ぎだよ」

「大騒ぎ?」

 

 男は少しだけ唇を上へあげて笑う。

 

「なんか噂だけどさ、なんでもアレのせいで、竜が目覚めただの怒ってるだのって言われてるんだよ」


 全然脈絡のない話に、カルラは首をかしげた。


「それってどこからの情報なんですか?」

「いやあ、そんなの知らないよ。わたしも知り合いづてに聞いただけだしね。なんでも山のほうへ直撃したアレが、竜に当たったとか何とかで」

「誰が確認したんです、それ」

「分からないけど、騎士たちじゃないかな。城壁には塔もあるし、そこで見つけたとか?」

 

 いかにも信憑性に欠ける話だった。

 しかし街から出られないという情報に関しては、商会のいうことを信じられる。

 礼と謝罪をして、カルラは外へ出た。

 それから向かったのは、正門だった。

 もちろん、先ほどの情報の裏を取るためである。


 正門の騎士たちがいる詰め所のまわりには大勢が集まっていた。

 しかし詰め所自体の前には騎士が物々しい様子で立っており、商人風情の男たちは遠巻きに見るだけである。

 おそらく、街から出るために抗議をしようと詰めかけたのだろう。

 そんなことは騎士たちも予想できるから、あらかじめ防衛を固くして、威圧に務めているに違いない。

 もしくは、すでに誰かが見せしめに捕まり、反逆罪かなにかでしばらく監禁されることになったのかもしれない。

 カルラはアシュベリー家の力を信じて、輪をかき分ける。

 前へ出た。


「下がれ、今は緊急事態で詰め所は関係者以外立入禁止だ」


 こちらに目もくれない騎士が、最初から用意していたのであろう言葉を放った。

 カルラも負けじと、言葉を返す。


「わたしはアルセムから来た、アシュベリー家の使用人です。教会関係の用事があってこれから街を出なければなりません」

「なんだと?」


 騎士は聞き返してきた。

 カルラの思い通りだった。

 まずはこの騎士が融通の利かないところをみせて、揉め事に発展するまで押し問答させるだろうと判断していた。

 カルラがごねれば、騎士は捕まえようとするだろう。

 そこで彼女がおとなしく捕まり、他の騎士にも同じようにアシュベリー家の名前をだせば、そのうちアシュベリーの名前の重要性を理解する上まで声が届くだろう、という判断だった。

 旅で揉まれた、乱暴なやり口である。

 

 しかし騎士のその後の反応は予想とはちがうものだった。


「ちょっと来い。貴様、本当にアシュベリー家の者か?」

「ええ」

「詰め所に来てくれ。こちらも貴様を探していた」

「なぜ?」

「いいから、入ってくれ」


 あんまりにもすんなり受け入れられて、カルラのなかでわずかに疑問が生まれた。

 しかし、状況が状況だ。

 迷っている暇などないから、とにかく進むしかない。

 門とくらべて、簡素で実用的なつくりの詰め所に入ると、出迎えてくれた騎士は再び外へ戻った。

 中には、数人の騎士がテーブルを囲んでおり、話し合いがされていた。

 テーブルには大量の資料と、皿いっぱいのパン。

 パンがまだ手を付けられていない様子なのに、テーブルにはパンくずが転がっていることから、昨日からずっとここで会議が行われていたことが理解できた。


「アシュベリー家の使用人ってのはあなたか?」

「そうです」


 その中から一歩前へ出てきてカルラの手を掴む強引な握手をしてきた男がいた。

 短く刈り込んだ金髪に、顔に残る傷跡が物々しい、騎士だ。

 甲冑こそ脱いでいるが、腰に佩いた剣は寝る時以外手放していなさそうな印象だった。

 他の騎士達が話し合いをしている間に男は抜け、カルラを別室へ通した。

 テーブルと向かい合ったソファがあり、会議をしている場所よりは小奇麗な印象だ。

 おそらく応接室かなにかなのだろう。


「わたしはクリス。クロネリー家の騎士をやらせてもらっている」

「私はアシュベリー家の使用人、カルラです」


 男はカルラの捻れた角をみて、少し目を瞬かせた。


「魔族なのに使用人をやっているってのは珍しいね」

「まあ、流れで。それより、今日は頼みがあり、来ました」


 クリスはソファに沈めた身体を起こし、柔らかい表情をつくった。


「聞こう。といっても今はこちらも忙しい。あまり面倒なことは引き受けられないかもしれない」

「簡単なことです。私に外へ出る許可が欲しいのです。実はティモシー・アシュベリー様へ緊急の連絡があり、今すぐ手紙を送らねばならないので」

「それは、昨日の一件と関係あるのかな?」


 クリスは、じっとカルラを見た。


「いえ、アシュベリー家の問題です」

「……なるほど。それなら構わない……と言いたいところだが、実はそうもできない事情があってね」

「なぜです?」


 クリスは膝においた人差し指でとんとんとリズムを取りながら、


「昨日の一件で竜が目覚めたという噂があるのは知っているね?」

「まあ」

「その情報は、実はかなり正しい。より正確に言うなら、竜の子どもをあの一撃が落としたせいで、親の竜が今、こちらへ向かっているんだ。山脈の向こうからだから想定される日数は、十日。もしかするともっと早いかもしれないが、これより遅れることはない、というのが今の騎士連の想定だ。それで、こちらもバタバタしていて、国軍への要請まで検討している」

「なるほど」

「それで、この騒ぎが噂以上のものにならないように、なるべく黙っていたい。ましてや、この噂が街の外へ広がるのは絶対に避けたい。なにが契機になって戦争が起こるかわからない時勢だからね。もしかすると噂を嗅ぎつけた獣族たちがこのタイミングで襲撃してくるかもしれない。さらにいえば、国軍がクロネリー家をお取り潰しする可能性も無きにしもあらずだ」

「最悪の状況ということですか」

「まあ、そうなる。それで、なるべく今は不確定要素を出したくない」


 クリスが話をまとめにかかっていた。


「だから、今はたとえアシュベリー家の関係者でも外へは出せないんだ。それに、あなたはあの一件の関係者でもある」


 カルラは思わず立ち上がった。

 話がどういう方向へ進もうとしているか、気づいたからだ。

 しかしもう間に合わない。

 クリスはなおも話を続けた。


「なので、わたしたちとしては事態が収束まで、あなたを保護するつもりだ」


 応接室に一つだけある扉から大勢の甲冑姿――騎士達が入ってきた。

 それからあくまでも紳士的な様子を崩さないクリスが、カルラに向かって恭しく頭を下げた。

 

「どうかご同行を」


 カルラはだいたいの状況を察した。

 これは、領主と修道院の綱引きだ。

 メイナードの両手を互いに引き合って、どちらかが離すまで終わらない地獄の戦争。

 騎士が昨日の魔法をメイナードの仕業だと知っているのは、修道院に昨日入った新入りの素性をあらかじめ知っていたからにほかならない。

 つまり、彼らは昨日の一件が起こる前からメイナードのことを知っていたのだ。

 じゃあいつから知っていたのか、と考えれば当然街へ入る前には既に知っていたことへ思い至る。

 盗賊が襲ってきた件も、証拠こそないが、下手すれば領主の手引きの可能性がある。

 最悪の場合、領主と教会以外の第三勢力がいる、ということになるが、それを考えなければ街へ入る前に――修道院にメイナードが入る前に確保しようとした意向が透けてみえる。

 修道院が鉄壁の守りであることを想定できるのは、その脅威を知っているものだけだ。

 そして、街のなかに自分の思い通りにならない勢力があることに一番敏感でいられるのは、領主をおいてほかにいない。

 カルラは自分が面倒な事態に巻き込まれたことを悟って、思わず天を仰いだ。

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